第一五一話 躁な飲み会
酒の席で今日の謙信は珍しくご機嫌のようだった。気難しく一言も喋らず酒をただ飲んでいるという日もあるとの話だが、何日かに一回妙にハイテンションで機嫌が良く口数の多い日があるとの話だったがそれが今日だったようだ。俺からするとどうも躁鬱ではないかと勘繰ってしまう。
「…鉄砲は好かぬ」
「大量の火薬と弾が必要とし、潤沢に使うと戦は今以上に陰惨に、民には今以上に負担を強いる事になる」
「疋田は其方が鉄砲の時代が来ると言っておったが…真か?」
「はっ、確かです」
「馬は増やし育てるのが非常に難しく、時間も数年単位でかかります。ですが鉄砲は弾も火薬も含めて作る設備を整え、その設備を増やせば…いずれ全ての兵に行き渡る必須の装備となります」
ずっと未来の世界大戦の主役は銃だった。それどころか戦国時代だって銃で幕を下ろしている。
火薬の作り方だってあったはずだ。俺はしらんが。それともこの時代全量海外からの輸入頼りだったのだろうか?
「……む」
「…武田も北条も戦で鉄砲を用いておった」
「鉄砲の音に馬は怯え、一度当たれば鎧をも通す」
「…だが武田の馬も鉄砲の音に怯えておった」
くくくと笑う謙信。口数も多いしやはりいつもよりテンションが高いようだ。
「しかし…当たらなければどうということもなし」
なんかいきなりどっかの赤そうな仮面の人みたいな事言ってんな…
「…将器があれば弾など避けて通る」
…なんだかよくわからん理論きたな…
「ですが皆が皆、謙信公のような将器を持っている訳ではございませぬ」
「知っているのか疋田!?」
黙って頷く疋田。正直将器とやらの意味が分からないので俺は説明を求めた。
「謙信公は小田原攻めの際に数多の鉄砲に狙われ、幾度幾千撃たれてもまるで全て弾が避けるかのように弾は逸れ体には一度も当たらなかった…そう聞き及んでおります」
「…毘沙門天の御加護である」
俺、上杉謙信のドヤ顔なんて見れると思わなかったわ…なるほど将器ねぇ…俺には無さそうだし試したくもないな…あと大宮司としてどうかとは思うが神を信用しない方がいい。昔のど偉い人も「神を試すことなかれ」とか言ってた気がする。分かり易く言うと神頼みをしてロシアンルーレットはするな…という事だ。
「そういった事もあって謙信公は鉄砲の効果に懐疑的なようです」
「なに」(言ってんだコイツ)
「…なにほどぉ」
危ない、つい本音が漏れる所だった…まさか自分が弾に当たらないから鉄砲の脅威を過小評価しているのか?上に変な奴がいると下も大変だな…
そうして謙信はぐびりと酒を呷って宣った。
「…某も鉄砲を過小評価している訳ではない」
うそこけ…俺は空になった盃に酒を注ぎながら心中毒づく。
「…あの轟音に兵は肝を冷やし、馬は怯え、勢いが削がれる」
「小田原も確かに堅城ではあったが鉄砲に一方的に撃たれ…音を聞いただけで震え上がる始末」
「影響は絶大…」
まぁ鉄砲は鎧を貫通しどんな剛の者でも当たり所が悪ければ一撃で死ぬ事すらある。謙信が言っていた謎の『将器』とやらでガード?出来ない一般兵は脅威に感じるのはやむを得ないだろう。
「…して其方は川の対岸の鉄砲三〇〇を相手にどのように立ち回った?」
どうも謙信は兵を出す気はないのに先日の戦の事を聞きたいようだ。
この時代自らの戦働きを自慢気に語りたがる
だが個人的には手の内は明かしたくない。むしろ過小評価してもらって構わない、せっかくの秘密兵器なのだ。そうは思うものの、今俺が黙っていてもあの戦場にいた数百名のうちの誰かの自慢話から『てつはう』の話が漏れて謙信の耳に入る事になるだろう。人の口に戸は立てられない。なら下手に隠して心証を悪くするよりこの場で俺自らオブラートに包んで話して好感度を稼ぐのが良いだろう。
俺は覚悟を決めて軍事機密の一部を明らかにした。
「一般的に刀と槍では丈の長い槍の方が有利でしょう」
「…道理ぞ」
「ですので鉄砲より射程の長い武器をもって敵の大将を直接狙いました」
軽く投石機の原理と稲葉山城から対岸を狙った事を話す。色々と端折りながら、元寇で使われたという火薬を使った幻の遺失兵器『てつはう』の構造を軽く説明した。
「……とまぁそんなわけで当たったのは本当にたまたまだったのですが」
実際川の上空に向かい風が吹いていたら対岸まで届かなかっただろう。風にも助けられたが何より運が良かった。
だが謙信はなにかツボに入ったのかくっくっくと笑っている。
「千秋、それこそ神の御加護じゃ」
「弾など当たらぬ時には当たらぬ…だがいざ当たる時には、当たるべくして当たる…」
…それっぽそうな事を言っているみたいだが適当な事言ってるようにしか聞こえない。
「…もっておるの」
まさか遂に闇の厨二能力バトル開始なのだろうか…?だが俺はもうそんなに若くはない。俺は甘い妄想を脳裏から振り払った。
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