第一四八話 何した人だったんだろう…?
将を射んと欲すればまず馬を射よという言葉通り遺失兵器『てつはう』はほとんどが馬に当たり、馬はその場で絶命し、池田恒興は河原に投げ出された。
彼は運が良かったのか、ほとんど榴弾を直接は食らってはおらず、ほぼ落馬だけの衝撃だったようだ。
とはいえ発見された当初は結構やばかった。派手に落馬して転がったからか手足が折れるわ脱臼するわ明らかに曲がってはいけない方向に四肢が曲がっていてぱっと見死んだと思われていた。だがよく診ると息があったので連れ帰ったのだ。結局左腕と肋骨が数本、それに大腿骨が骨折していてそれに加え全身を余すところなく打撲という重態であった。内臓や脳は全くわからん。この時代の医療技術だと生き永らえるかどうかは半々より下なのではなかろうか?
そして今は高熱にうなされ悪夢でも見ているようだ。
「今川の 首」
「上 様 墓前に 供 る」
「約束 した だ」
意識があるのか無いのか、不穏な言葉を呟いている。勝手に誰かと禄でもない約束をしているようでうわ言ながら聞き捨てならない。そもそも墓ってどこだよ…まさかウチが祀ってる神社の境内に勝手に首を供えるつもりじゃあるまいな?
そんな事を考えながら俺は何故か池田恒興の介抱をしていた。
俺は稲葉山城の城主でも代理でもましてや美濃の国主でもない。意外にここでやる事が無い…事はないのだが、俺の第一目的はこの池田恒興配下が持っている鉄砲の回収なのだ。コイツが部下を集めて上手く命令一つで鉄砲の回収が出来ないものかなどと余計な下心を出してうなされる池田を付きっきりという訳ではないが暇を見つけては介抱していた。
「……!」
「お?気が付いたか?」
「ここは……何処…だ?」
しゃがれた声でそう言うと、咽て咳をした。
「戦は…どうなった!?」
そして起き上がろうとして傷が痛んだのだろう、池田恒興は苦悶の表情を浮かべ固まった。
「落ち着け、傷に障る」
俺は言葉で制し落ち着かせ、介助してゆっくりと再び床に寝かせる。
「全身に深い傷を受けている、無理は禁物だ」
「先ずは水でも飲んで落ち着け」
そうして口元に水を湛えた椀をあてがう。
「す…すまぬ……」
しゃがれた声で礼を言う池田は殊勝なものであった。
「お前は落馬して気を失い三日寝ていた」
「…三日…そうか…」
「落馬したお前は酷い有様だった、兵はその様子を見て散り散りに逃げていった」
「……」
「残されたお前は我々によって保護され一応の怪我の処置はしておいた」
「そうか…ここは稲葉山…か」
「無謀なのは分っていた。ただ…上様が揃えた鉄砲が…今川に一矢報いる夢を捨てられずにいた」
涙が池田の頬を伝う。
中途半端に鉄砲という武力が残っていたからこそ変に欲を出してレジスタンス化してしまったのかもしれない。それも捕らえられ兵が散り散りになったと聞いて諦めがついたのだろう。
「どなたかは知らぬが、礼を言う」
そうして池田は俺の顔をまじまじと見て何かに気が付いたようだ。
「………!」
「貴様千秋か!?」
「そうだが?」
コイツ今まで俺が誰だが知らずに話していたのか…まぁ相手からすれば起きたら敵の首魁が自らの傷の手当てをしているというのは想像の埒外かもしれないが。
「貴様!何故此処に…何をしている!?」
「いや怪我人の介抱を…」
「なんだと!?」
そして咽て咳き込む池田、それで全身に痛みが走ったようで全身を震わせている。まぁここには採光用の窓がある位で外の様子は窺えない座敷牢だ。この重症人に逃げられるという事はないだろう。
「落ち着け、そう憤るな。傷を治さないとなんも出来んだろう。そんな元気があるのなら先ずはメシを食って傷を癒せ」
そうしてほどなくして朝の残りの飯をおかゆにして食わせる。あんなスプラッターな状態だったのに食欲はあるようで結構な量を食べた。
「兵は…どうなった」
「散り散りになって逃げた…のは確かなのだがどうやらほとんどは鷺山に籠っているようだ、中の様子まではわからん」
実は今回の戦の戦果は倒れていた池田恒興たった一人だけである。川を挟んで布陣していた残りの鉄砲兵は川を渡った頃には全員に逃げられていた。そして俺はその追撃を許さなかった。多分ほとんど全員が鷺山に籠っているのではなかろうか?
そうして俺は色々立場が変わった上で池田に問う。
「…織田家の再興に義元の首が必要か?」
「必要だ」
俺と池田は相変わらずこの一点において決定的に分かり合えなかった。
◇ ◇ ◇
さて、俺は鷺山攻め…ではなく再び鷺山に高札を立てた。
内容は前に書いた『稲葉山城まで鉄砲を持ってくれば米一斗と交換する』という旨、それに加えて今回は『織田家の再興を望むなら千秋は受け入れる』とも書き加えておいた。
前半は前回使った手だ。前ほどの集客は見込めないだろうが後半の文句があれば米欲しさに鉄砲を持ってきた不届き者と違い織田への忠義者もやってくる可能性が高くなる。何より前回鉄砲を持ってくれば米を渡し拘束もしなかったという実績もあるのだ。多少は信用があるかもしれない。
ただ千秋で受け入れるという事は今川に臣従するという事でもある。それを何処まで理解出来ているか…まぁそれは後に説明する事にしよう。
そうしてほどなくして三〇〇人程いた兵の大半が稲葉山城にやってきた。当初は攻めて来たのかと城に緊張が走ったが、どうやらほとんど全員が臣従の為に来たようだ。
「織田家の復興の芽があるのでしたら大半の者は殿に付いてくるでしょう。それだけを希望に生きてきた者達です」
とは滝川のおっさんの言だ。なるほど?
そうして俺は池田の兵の前で説得染みた話をする。
「もし織田家の再興に手を貸してくれるのならば迎え入れよう。だが我が千秋家は今川に臣従している身、もし今川に翻意があるというなら…」
「この場を離れよ…だが共に織田の臣下だった身だ、追わぬと誓おう」
場がざわつく。
正直追手をかける余裕なんてないのだが。
「しかし出来れば其方ら織田の忠臣には今一度この
自由意思を尊重すると見せかけて同調圧力で動きを制限する。この場で動かないのならそれは自らの意思で今川に楯突かないと意思表示をしたに等しい。そうして仕込んでおいたサクラが声を上げて腕を上げる。
「おおー!」
「「「おおお!」」」
「えいえいおー!」
「「「えいえいおー!!」」」
勢いに釣られて鬨の声を挙げる者共。まぁ織田家の再興が成るかは天に任せるしかない。努力はするがそれこそ今川が許さないというならのらりくらりと時を待とう。俺の知っている戦国時代ではなんかよくわからんちゃぶ台返しタイムが何度かあったハズだ。
なんにしてもこれで無事大半の鉄砲の回収に成功した。
◇ ◇ ◇
池田の兵の中には池田の怪我の具合が気になる者もいて希望する者には監視付きで座敷牢での面会を許していた。敵だった元上役にも慈悲を与え治療を施しているという事実を振れ回って貰う予定だったのだが…これが不味かった。
ほどなくして池田恒興は座敷牢にて腹を切った。
面会に訪れた者から小刀を受け取り、それで夜半に腹を切って果てたようだ。朝見つかった時には冷たくなっていた。
結局俺はこの忠臣が信長の下でどのような働きをし、どのような最期を遂げたのか全く知らない。だがきっと史実とは大きくかけ離れたであろう死を悼む事しか出来なかった。
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