第一四七話 遺失兵器
池田恒興は稲葉山城にうしおと帰蝶姫が居る事を掴んでいるだろう。奴の喫緊の勝利条件は稲葉山城に攻め入り彼女らの身柄を確保する事だ。だからいくら鷺山を要塞化しても守勢に回っていては勝利はない…のだが。
「殿!鷺山の連中動きましたぞ!」
「…え、早すぎない?」
どうやらコメを手に入れて元気になったのか池田恒興は高札を立ててから一週間も経たぬうちに兵を挙げてきた。
先日の一件で鉄砲は攻城戦に不向きと感じたのか、池田恒興は稲葉山城の眼下、長良川の対岸で鉄砲隊を布陣している。
「良い天気ですな」
「まぁ晴れていないとせっかくの鉄砲も宝の持ち腐れだからな」
別に白兵戦が出来ないという訳でもないだろうが雨になれば虎の子の鉄砲を封じての戦になる。そして今日は絶好の鉄砲スナイプ日和であった。
そんな訳で現在稲葉山城の麓に流れる天然の堀、長良川の対岸に鉄砲隊が布陣して構えている。
突っ込んでも川の中で狙い撃ちにされるのは間違いないのに、なんだか突っ込みたそうにしている空気を感じる。バカなのか?
もちろん俺はそんな空気は無視して適当な所に塹壕を掘れと命令しておいた。
見た所相手の兵の数は三〇〇程、前面に盾を設置しているガチガチの鉄砲隊だ。こちらは倍の六〇〇程だが川を挟んで三〇〇の鉄砲と相対しては正直戦いにならない。
さて池田の狙いは城に攻める前に兵の数を減らし、逃げた兵を追っての攻城戦だろうか?だが対岸の兵が思ったよりも少ない、伏兵でもいるのだろうか?
稲葉山城から周りを見渡してもそのような集団は確認出来ない、どんな策なんだこれ?
兵には塹壕に籠もらせ、竹を束にしたものを持たせてうろうろさせる。渡河して攻めるつもりなぞ毛頭ないが、即席で作った竹を束にした盾で相手を煽って無駄撃ちを誘う。
こちらも一〇〇丁ほど鉄砲を確保してはいるが、練度も低くそもそも数で負けている。一応献上品になるので戦力として考えてはいない。こちらの主力は弓、ちなみに現場指揮官は秀さんだ。
滝川のおっさんは池田の従兄弟だというので稲葉山城に控えさせている。この機に乗じて裏切り、俺を亡きものにすれば三〇〇貫を踏み倒せると判断されたら事だ。ただ少々解せないのはもう全く返す意思がなさそうな事か…
そして今回秘密のメカ…というには心許ないが投石機を一機、稲葉山城に運び込んでいた。
平地なら大体三百メートル程度…高台から放てば鉄砲の射程の外からでも余裕で砲撃出来る投射能力がある…のだが、川の対岸に届くかは微妙な所で一番の問題は風、あとは運次第だろう。
「これが今回殿の肝入の兵器ですか?」
なんだかんだウチの武力担当の光秀が物珍しそうに組まれた投石機を見ている。実際珍しい物だ。
「まぁうまくいかなかったら力押しになる、その時は頼むぞ」
「あい分かりました」
投石機一機で戦況が変わるとも思わないが、出来る事をやる。
川の両岸では騒いだり煽ったり、稀に鉄砲の発砲音が響くのどかな戦場に向かって稲葉山城から投石機の試射をする。最初はただの石の塊だ。
一〇キロ程の石は軽々と宙に舞い………ドスンと見事対岸に届いたようだ。山城と河原の高低差、それに風に助けられたのもあって思った以上に距離が出た。これは幸先が良い。
突然の落下物に池田の兵も一瞬驚きはしたようだったが何事もなかったかのように落ち着いて陣を組んでいる。正直こんな石を飛ばした所で兵がその気になれば避けられるだろうし、狙うべき破壊目標となる建造物などもない。
彼らも変わらず対岸で煽っている竹束の集団の動きを注視しているようだった。
「思った以上に反応がありませんな」
光秀は渋い物言いだ。
「まぁ弓矢の方が速度も脅威も上だしな」
そして二投目には焼き物の器を重ね、中に石礫を入れた物を投射する。射出時の勢いでも形が崩れる事もなく発射し……池田と思しき騎馬武者の遥か後方に落下し派手に割れたようだ。上出来である。
「…悪くないな」
本当に思ったより川の上の風が良いのか飛距離が出る。これなら敵陣一帯が射程範囲に入っている。
「それで次が本命で御座いますか?」
そう、そしてこれが今回の本命…なんと元寇で使われたという古代兵器『てつはう』だ。俺は勝手に花火か榴弾みたいなものだと思っていたが…
「『てつはう』…と仰られましたか?」
開発には頭良さそうな明智光秀も情報通な滝川のおっさんも、目端の利く秀さんも一様に首を捻っていた。なんとこの『てつはう』製造方法や機構はもとより、存在すら誰も知らなかったのである。
まぁこの時代からでも三〇〇年前にもなる外国の兵器、その後国内で使われたという話もない遺失兵器なのだ。
…俺は歴史の教科書で習ったよな?しかしここまで情報が無いと『てつはう』の存在が俺の妄想であった可能性もでてきたな…だが榴弾自体は後世で大活躍したハズなので作ってみて損はないだろう…きっと。
外は素焼きの御椀を重ねて中に火薬と小石を詰めるという原始的な榴弾が完成した。
こうして作られた「たぶん」『てつはう』だが、火薬も貴重なので五個しか作っていない、不発弾が何発出るかもわからない完全な試作品である。
一応着弾までの時間を記録して空中で爆発するよう導火線を調整するが…そもそも上手く爆発するかどうかもあやしいので本当に運次第だ。
という事で稲葉山城から長良川の対岸の鉄砲隊に向けて本命の『てつはう』の投射を始める。
滝川のおっさんが手旗信号で現場の秀さんに『てつはう』が投射したら塹壕に籠るよう指示を出す。暴発した場合に備えて竹の束を上に向けて防御を固めてもらう。
正直この距離だと手旗信号より声のデカい者が叫んだ方が届きそうな気もするが、現場は対岸の悲鳴やら怒号もありで思ったより声は届かないらしい。
そうして先ずは一斉に矢を射かけた。それに混じるように『てつはう』を投射する。弓を斉射した後、味方の兵は塹壕に伏せて上部を警戒、防御…のハズだったが、上から見てるとよくわかってないのか普通に顔を出して見物してるやつばかりだ。あぶねーぞ…
「たーまやー」
投射された『てつはう』は計算通りに対岸の池田の鉄砲隊の中空で爆発した。鉄砲とは比較にならない爆発音を響かせ辺り一帯に石礫を撒き散らかした。思った以上に石礫が飛散した範囲は広く、轟音も相まって影響が大きかった。池田の兵は今の一撃で負傷者が一〇人単位で出たようで大混乱の様相だ。
「な、なんですかあれは!?」
だが場の空気を一変させる轟音に敵だけでなく味方までも浮足立っていた。普段冷静沈着な光秀すらも年甲斐もなく慌てている。
「あれが古代の遺失兵器『てつはう』だ」
かっこよく言ってみたが劣化版だ。
「なんじゃあああいまのは!?」
「雷様か!?」
「空で何か爆ぜたぞ!?」
そして敵どころか味方も突然の轟音に委縮してしまっている。これに乗じて追い打ちをかけねば将として名折れというものだろうが弓を射かけるよう滝川のおっさんに指示してもおっさんも受け手側の秀さんも反応が鈍かった。それでもなんとか手旗信号でやり取りをして更に反応できたの弓兵は半数以下だった。
そんな混乱の中、爆発した位置から調整してダメ元で池田恒興と思われる騎馬武者に向かって直接二投目の『てつはう』を投射する。普段であれば馬の脚で走れば絶対に当てる事など不可能なのだが、今は馬を抑える事に必死のようだった。怯え混乱し必死に暴れる馬に跨って落馬しないだけ凄い。というか俺ならとっくに落馬して馬に逃げられていただろう、悲しいかなそういう実績がある。
かくして投射された『てつはう』はまたもや空中で運良く爆発した。礫の当たり所が悪かったようで馬がその場に倒れ、その勢いで騎馬武者が河原に投げ出された。慌てて周りの兵が騎馬武者に駆け寄るが…暫くすると三々五々に散らばっていった。
「…これは敵の将を討ち取ったのではありませぬか?」
光秀が目を細めて対岸の様子を確認している。
「なんかそんな雰囲気だな?」
ラッキーパンチ多いな…これも俺の日頃の行いが良いからか?などと内心浮かれたが、ふと一番の目標であった回収するべき鉄砲が目の前で散らばっていく様に絶望した。
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