第一四五話 混沌を招く男

なんだか敵の大将を討ち取ったみたいな雰囲気は良かったが現実は数多の敵兵に囲まれていた上にしかも敵将を討ち取ってもいない半端なものだった。

この状況を打破したのは稲葉山城に屯する明智光秀だった。城門から打って出て来た兵は、将を失い士気が下った竹中麾下の兵を瞬く間に追い散らした。


どうやらこの竹中某、稲葉山城を包囲していた鷺山の鉄砲兵の背後を攻め自らを熱田からの援軍と見せかけて城門が開いた所を中に攻め入ろうと企てていたようだ。

…それで中に敵兵を招き入れてしまうのは相当のうっかりさんではなかろうか?とはいえ旗まで作っていたのだから性質が悪い。

そしてその過去二回、同じような企てを食らって城を明け渡したその相当のうっかりさんが簀巻きにされた竹中を煽っていた。


「ん?んん?竹中?今どんな気持ちだ?」


ドヤ顔で煽る龍興。小者臭がプンプンするが二度も煮え湯を飲まされてきた相手だ、多少気持ちの悪い笑顔で煽ってしまうのも仕方がないかもしれない。


「お前の策は子供に見透かされてたようだぞ?」


「なん…だと?」


そうなのだ。どうやら今回の奇策は城から俯瞰していた数え六歳のうしおに見透かされ門を開けなかった事で失敗に終わったようだった。


「お前の策など六つの子にも見透かされる程度のモノなんだよ!このド低能が!」

「はーっはっはっはっはっはっはっ!」


…と、その奇策に二度も引っかかった低能が楽しそうに小者臭溢れる高笑いをした。それに対し一発逆転軍師はぐぬぬと簀巻きのうちで悔し気にその美麗な顔を歪めるのであった。人生万事塞翁が馬である。


◇ ◇ ◇


「父上!」

「ぼうは父上が先頭に立って戦うと信じておりました!」


なんだその妙な信頼感は…?そんなつもりは全くなかったのだが俺は数え六歳になるうしおのキラッキラの尊敬の眼差しを向けられ少々たじろいでいた。年の割に聡い子だがそれでもこの歳くらいの子は「ヒーロー」に憧れるのかもしれない。そんな事を考え「誰もついてきてくれなくて孤立してしまった」なんて事実を伝える事を躊躇ってしまった。


「そう…だな、確かに自ら先頭に立って戦う事は戦の誉れだ。だが本来将が戦場で一番に討ち取られては数多の兵が混乱し戦も立ち行かなくなる、軽はずみな己の行動を猛省せねばならない」


うしおはテンションの低い俺の様子を見て畏まっている。だがこれは龍興に対しての当て付けだ。


「だがそれでもお前の事が心配だった。一番にお前に見つけてもらい父として嬉しく思う」


いい話風にまとめてみたが…うしおはその瞳をキラキラさせており、それを光秀が尊いものを見るような目を向けていた。


「お前さんがハナシに聞く旦那自慢の方の息子か!」


そうしてこの場で最大の厄介者が口を開く。アル中でだらしない痛風まっしぐらだった男だが、今は引き締まった体に精悍な顔つきになってからからと笑っている。龍興は先程竹中某を煽り散らし機嫌がとても良いようで本当に晴れやかな顔をしていた。


「父上…こちらの方は…?」


うしおは不思議そうに謎の男を見て上目遣いで聞いてくる。


「俺は一色式部大輔、斎藤龍興、先のこの城の主だ!今は名を千秋龍興と改めた。お前の父の弟だ!」


その名乗りにうしおは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。城主云々より知らん奴から突然「俺が新しいおじさんだよ!!」と言われて困惑しているのかもしれない。なんと情操教育に悪い男だろうか…


「一色式部大輔様がこの城にお戻りになられた事には深い意味がございますのでしょう」


そう言って光秀は深々と頭を下げた。

土岐氏の流れを汲むといって美濃のとりまとめをぶん投げていたがその顔には…いや頭には苦労の多さが見て取れた。具体的に言うと白髪が減り前髪が数歩後退し、キンカン頭が一層映えていた。

ハゲいじりはタブーだ、戦争になってもおかしくない。それこそ本能寺の引き金になるかもしれないので俺は絶対にその事を口には出さないと下げた頭から一層後退した額…頭を眺めながら努めて心を無にした。


「美濃を離れて分かった事がある」

「世界は広い」


なんだか龍興がいつになく真面目な口調で話をする。


「伊勢には伊勢の味があり…熱田には熱田の味がある」


神社巡りをして信仰心が篤そうにも聞こえるがコイツの言ってるのは酒の事だ。


「その事を季忠殿から教えて貰った」


熱田大宮司の俺の名前まで出しやがってまるで信仰心に目覚めたような事を言ってるが酒の事だ。俺はコイツにロクでもない遊びを教え過ぎたのかもしれん。


「稲葉山城の城主は其処に座ってなきゃならん、どうにも俺には窮屈だ。だが外を見て周って俺は生まれ育った美濃が好きだと思い知った。だから今、荒れているのを見て我慢ならん」


そうして俺は龍興と光秀に話をする。


「光秀と龍興の連名で『美濃の敵』安藤守成を共に討てとの書状を美濃中の国人衆に出す」


これで美濃が光秀を中心に纏まってくれるとありがたいのだが…


◇ ◇ ◇


さて、町で乱取りを行っていた鷺山の兵の捕縛は実はあまり芳しくなかった。捕らえた者は十数名、そして回収出来た鉄砲は五丁程だ。

捕らえた鷺山の池田兵を尋問したところ、事の経緯はどうやら行方を晦ました帰蝶姫の動向を探る為に威力偵察をしていたら流れで城を囲っての銃撃戦になり乱取りとなったようだ。完全に軍の統率が取れておらず、あたまおかしい蛮行に走っているがこの時代の民度はそんなものである。

ただどうやら乱取りに精を出していたのは深刻な兵糧不足からのようだ。鷺山は大きな村ではない、そこに突然やってきた四百以上の兵を養う余裕はなかったのだ。

ワンチャン城を落とせれば米が手に入ると思い城を攻めたがそもそも稲葉山城は堅城だ。早々に諦めて城下を漁りにいった…と、そのような顛末のようだ。

平成の時代にも警察署に強盗に入り、理由が「お金がありそうだから」という事件があったらしい。頭が痛くなるような連中が世の中には存在するのだ。

そして一連の流れを聞いて俺は良い事を思いついた。


「それなら鷺山に高札を立てよう」


「鷺山に高札…ですか?一体何を?」


光秀は困惑している。


「うむ、『鉄砲一丁につき米一斗を与える 稲葉山城城主明智光秀』 と」


「敵に米を与えるのですか?」


まぁ言いたいことも分かる、だが俺にも言い分がある。


「穏便に鉄砲を回収したい。というか鉄砲を回収さえ出来れば争う必要もないのだが…どうせ争うのだから戦力も減らしておきたい」


名前を使われる光秀としては納得いかない所があるようだが…結果からいうとこれがなんか上手くいった。夜中にこっそり立てた高札は昼前には速攻で引き抜かれたようだったが鷺山の狭いコミュニティにはあっという間に隅々にまで広がり稲葉山城に届けられた鉄砲は三日で百丁にもなった。

軍事物資を簡単に横流しするとは…この時代の民度は本当にヤバいな…これは他人事ではなくウチも重々気を付けないといけないと痛烈に感じる。

そして鉄砲を持ってきた者を捕らえる事はせず、労役に服せば衣食住を保証する事とした。敵の数を減らし兵器を回収する。正直ウチは兵が足りない、戦を前に数も確保したかった。

ちなみに中には一人で鉄砲を五丁も持ってきたバカもいた。米を五斗となると二俵半だ、どうやって持ち帰るつもりだったのだろう?正直こういう奴は味方にいてもロクな事にならないだろうし早めに放逐したい。

そして鷺山に帰ろうとするおかしなのもいた。それに対して俺は、


「其方の人生だ、信じる者の所へ行くがよい」


「…殿…それは!」


光秀は眉をしかめたが俺はそんな光秀を制し何人かの男を鷺山に帰した。納得のいかないといった光秀に軽く話をする。


「軍事物資を横流ししておめおめと帰れば斬首はまぬがれない。仲良く仲違いしてもらえれば鷺山の士気も下がるだろう」


…という話をしたら何故か引かれた。

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