第一四四話 籠城
稲葉山城は鷺山の鉄砲兵に囲まれていた。
稲葉山城は堅固な山城で到底鉄砲で城は落ちない。天然の塀に囲まれ高台からは相手の動きが丸見えである。そして城の食料等の物資に問題はない。
だが城の表門と裏門には鉄砲兵三十名ほどが距離をもって張っており、打って出る事も叶わず身動きが取れなくなっていた。
もちろん城門前に陣取り鉄砲で出待ちをするにしてもそう長くはもたない。それこそ雨でも降れば火薬が湿気て鷺山に逃げ帰るしかないだろう。
だが城下では鷺山の兵により乱捕りが始まっていた。城下の者を城に招き入れたのが幸か不幸か、守る者のいない家屋から手際良く熱心に何かないかと漁っているようで一部からは火の手が上がっていた。…これは戦ではなくただの火付け強盗だ、光秀は内心怒りを滾らせていた。
だが城門を固めていた鉄砲兵の背後を狙う一団があった。その旗印を見て誰かが叫ぶ。
「枝付き三つ柏…熱田の千秋の軍ぞ!」
「あれは…殿か!?」
「我らも打って出るぞ!続け!!」
鎧兜に身を包んだ明智光秀が鉄砲兵と遣り合う集団に加勢しようと号令をかけた…だがそれに待てと静止をかける幼子の声が響いた。
「おまちください明智様!あれは父上ではありませぬ!」
「うしお様、何故そう思われます?」
「父上ならかならず先頭に立って戦うはずです!先頭の者は父上ではございませぬ!」
「なんと!?」
思わず外を見遣るが光秀の目では辛うじて旗印が分かる程度、その者が誰なのかまではわからなかった。周りの者にも確認するがその騎馬武者が誰なのか分からないようだ。
もしうしお様の言う事が正しかったとすると今外で鉄砲兵と戦っている兵を援けようと門を開いた所で城内に雪崩れ込んで来るつもりかもしれない。味方が援けに来たフリをした茶番劇を打っているのか、それとも美濃三人衆の安藤でも動いたのだろうか?一度疑念が心の内に湧いてしまうと動く事を躊躇ってしまう。
そうして暫くの後、城門前を固めていた鉄砲兵は蜘蛛の子を散らすように潰走していった。これが真なのか茶番劇なのか、先ずは先頭に立つ騎馬武者が何者なのかを確認しなければならない。
◇ ◇ ◇
俺が稲葉山城城下に到着した時には想定外の事が起こっていた。
端的に言うと城は鉄砲隊に囲まれており、更にその背後をつくかのように謎の千秋の幟が攻め立てていた。なんだあの幟?俺ここにおるぞ?
「殿…なんかアレは不味いとちがうんか?」
そして稲葉山城城下で乱捕りをしているのは鉄砲を携えた鷺山の兵…元織田の兵で味方だったハズの者のようだ。乱捕り自体はまぁよくある事で城下の町からは火の手まで上がっている。だがそれに激昂する者がいた。
「ウチのシマで何やらかしてやがる!」
そういって目の色を変え駆け出したのは元稲葉山城城主の斎藤龍興だった。
「おいバカ止まれ!?」
俺はつい勢いで龍興の馬を追ってしまったがこの流れは不味い、後ろの兵まで慌てて俺について走ってきていた。後ろからは「殿!」という秀さんの静止の声が聞こえるがこうなるともう止まれない。俺は将棋倒しを警戒しながら駆け、後続の秀さんに向けて叫ぶ。
「乱捕りをしている兵を抑え鉄砲を回収しろ!一丁でも多く、一人でも鉄砲兵を減らせ!あと火を消せ!」
「滝川は姫を頼む!」
その命令を秀さんが受けてくれたようで後続の兵が街に散り散りになっていった。これで馬を急に止めても大丈夫だ…大丈夫だと思ったのだが俺についてくる兵すらいなくなった。あれ…俺って人望無さすぎ…?
そして問題の龍興は稲葉山城の城門前の謎の不審者兵、
「竹中ぁぁあ!」
突如現れた斎藤龍興に対して美形の若武者、竹中重治が反応する。
「斎藤龍興…生きていたのか!?」
「ったりめーだ!浄土から舞い戻ってきたぞ!」
二人が何やら因縁の応酬をしているようだが残念ながら馬は急には止まれない。俺は龍興を追っていて竹中某からは死角になっていたようだ。俺に注意を向けていないどころか竹中某の意識は完全に龍興に持っていかれているようだった。故に存在を気取られずその場に雪崩れ込んでしまい「よけて!」とも言えず体当たり気味に槍で突っ込んでしまった。
「おぶえっ!?」
竹中某は変な声を上げて軽く十メートルほど撥ね飛ばされた。派手に落馬し変な転がり方をした竹中某は地面に倒れたまま動かない…決着であった。その場の空気が悪くなる。何がおかしいって龍興まで俺に「なにしてやがんのコイツ?」みたいな呆れた目を向けてきている。コイツはコイツで頭に血が上っていて今まで俺が追走していた事に気が付いていなかったようだ。
そうしてその場の凍った空気を換える為に俺は大ぼらを吹いた。
「敵将!打ち取ったり!!」
敵将だったのかも分からないし打ち取ったのかも分からないがこの場にいる騎馬は一騎だけだったので…まぁ勢いは大切だ。そして背中を預けた龍興から耳打ちされる。
(旦那、打ち取ってない打ち取ってないまだ生きてるぞ)
目の端では竹中某が痙攣しているのが見えた。確かにどうやら死んではいないようだ。
(アホ、時間稼ぎだ。後続もおいて単騎で突入とか何考えてんだおまえ)
城門前は既に鉄砲兵は居らず、
「…勢いだけで生きてんな旦那は」
「お前にだけは言われたくねぇよ…」
多分俺も龍興も双方呆れているのだろうが、それでも俺達は堂々と互いの背を預け槍を構え、少しでも強く見えるよう悠然とその場を馬上から睥睨、闊歩し…ハッタリを決める。運が良い事に命令を出すべき司令塔はいまだ地に伏していた。そして兵の表情は一様に焦りの色が濃い。
だが無言というのも場が持たない。彼らが冷静になる前に速やかに後続の援軍が到着すれば良いのだがその時間を稼ぐ為もう少し混乱したままでいてくれるようにと更なる圧をかける。
「我は熱田大宮司、千秋季忠!我が旗印を騙る不届き者共!!神を騙るその行い、神罰が下るぞ!!」
ハッタリを効かせデカく出てはみたものの何度も言うが多勢に無勢なので今斬り合うのは御免である。だが俺に問われて気まずくなったのか一人、
その時場に変化が起こった。それは後ではなく前、稲葉山城の門が重い音を立てゆっくりと開いていく。その音に反応しその場にいる全員が門を見つめていると…門の向こうには五十程の兵、そしてその後ろには騎馬武者の姿があった。
「すわかかれ!殿を援護せよ!!」
場に明智光秀の号令が響いた。
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