第一三五話 メシ友
一五六七年二月
足利義親は朝廷より征夷大将軍に任じられ足利家第十四代将軍となり名を足利義栄と改めた。
今川義元は足利義栄の御相伴衆とやらに任じられたそうだ。なんだ御相伴衆って?メシ友みたいなもんか?メシ友に任じてやるよ!なんて俺にはありがたみがわからんがこの時代では意味があるのかもしれない。
俺はそんなメシ友にありつけるわけもなく、年末の寒い時期に二十人がかりで必死に京に持ち運んだ酒も謙信との三度の飲み会で早々に全てなくなってしまった。なのでさっさと熱田に帰ろうかと思ったのだが、謙信から酒の席に付き合えと疋田のお供で俺も付き合わされ続ける事になった。主従がどちらなのかもうわからん。そんなわけで将軍就任まで俺も京に滞在していた。
そうして謙信との何度目かの酒の席で俺は鋤剣法の事を突っ込まれていた。
「叩き、押し付け、捻り上げるというこれまでにない数多の動きを疋田は考え…信じられない事に自分の想像以上に鋤が有用であるという証明をしてくれました」
「ですが自分の考える鋤での戦い方は拠点防衛、そして騎馬と鉄砲に抗う為の物です」
「…ほう」
何度も武田の騎馬隊と相対していると思われる謙信の興味を少しは引けたようだ。
俺は正月の京、店もやってないしやることもなく暇なのもあって謙信や義元に呼ばれた時の為に未来知識から話のネタがないかと考えていた。まぁうろ覚えの適当三昧だが。
「…続けよ」
「はっ」
「まず穴を掘ります」
「…それは剣法か?」
謙信が初っ端から痛い所を突いてきた。
「剣では騎馬に勝てませぬ」
「まぁ疋田ならなんとかしてしまいそうですが」
チラリと見遣ると疋田は渋い顔をして応えた。
「…それは買いかぶり過ぎというものです」
よかった、疋田も騎馬には弱いらしい。
「穴を掘り繋げ、人が行き来出来る簡単な空堀にします」
「そうしてその掘の前に木槍で柵を組んで騎馬を阻み鉄砲と弓で騎馬を迎え撃ちます」
木槍を避けて跳び込んだ着地点に堀があればなお良かったり、柵を作るにも資材が必要だから結局堀が中心になるだろうとか…まぁ細かい点は色々ある。
だが話の肝はこの時代の掘は敵を誘い込む為の物で、俺の案では自分達が入って身を守る物という違いだ。
謙信は思うところがあるのか空堀…塹壕の有用性を検討しているようだった。
「…それでは攻め手に欠けるのでは?」
「自分は小さな土豪です。確かに一気呵成に他国に攻め入るという時にこの堀は使い物にならないでしょう」
「ですがこの堀は今後戦場の主力となる鉄砲に対する答えです」
謙信は訝し気な顔をして俺を見遣った。
「…鉄砲にそこまでの価値を見出すか」
今の時代まだ鉄砲は少ない。確かに当たれば鎧も貫くが照準の精度は悪くまぁわりと当たらない。上手く当たればヘッドショットもあるが兜や曲面になった装甲に弾かれる事も多い。
そして槍何本分かの近距離でなら大きな音で馬が驚いてワンチャン落馬が狙える…そんな武器だ。
鉄砲本体も火薬も玉もコストが高くつき訓練もままならない『鉄砲の利点は弓と違い訓練時間が短くても戦果を挙げる兵に仕立てられる』なんて話もあるが、この時代の蛮族性を甘く見てはいけない。一般兵にそんな高価な武器を預けたら次の日には質屋に駆け込む馬鹿が湧く。量産体制が整い潤沢に鉄砲の数を揃えられる財力があればそんなブルジョワな発言が出来るのかもしれないが。
「はい」
「今後数百丁、数千丁を揃えて幾つかの隊を組んで交互に撃つことであたかも連発が出来るようになっていきます。鉄砲は確実にその優位性を示していくでしょう」
ちなみに今の戦場で鉄砲と相対した時の対処方法は『次は来ないから無視して突っ込め』だ。無視されるのが基本で現状戦場の主流にはなっていない。
「複数の鉄砲を使用してあたかも連発が可能となった鉄砲隊は騎馬を蹂躙します」
「そして鉄砲の有用性が知られれば鉄砲と鉄砲の争いになります」
「その時にもこの堀が役に立ちます」
「…殿は戦場がそのようになると本気でお考えで?」
疋田は数百年以上続いた伝統的な騎馬と弓、そして盾と槍が主兵装の戦場が変わると聞いてなんともいえない表情をしている。
「なる。戦は変わる」
俺は偉そうにドヤって未来知識での鉄砲の時代を語ったが、そもそも鉄砲の数が揃わない事には戦果も挙げられない。織田信長が死んだこの時代、誰が高額な鉄砲と大量に購入して戦果を挙げるのだろうか?ドヤ顔を決めた手前鉄砲の時代は来ませんでしたでは格好がつかない。ちなみにこの世界明らかに鉄砲の普及が遅い気がする。どっかの金持ち大名が大量購入して虎視眈々と天下統一を狙っていたりするのだろうか?
「…ふむ」
上杉謙信は塹壕と鉄砲の話を聞いて頭の中で現代戦を思い描いているのだろうか?ドヤっておいて言うのもなんだが俺も詳しくない。
「殿、数多の玉が目にも止まらぬ速さで飛び交う戦場で某に求められるものは何でしょうか?」
それは疋田にしては珍しく気弱な声色だった。
鉄砲が主力となり銃弾が飛び交う戦場で槍や刀は無力だ。それどころか鎧すら貫通する銃弾に防御も無意味と最低限のヘルメットだけを被り、動きやすい服装での突撃を敢行する。それが数百年後には現実となるだろうが…とんでもなく狂った世界だな。そして残念ながらここは銃弾を斬って弾けるファンタジーではない…まぁ疋田なら一発くらいはやってのけそうだが。
「周りが土壁の狭い堀の中で鉄砲や槍は振るえない。そこで疋田の鋤剣法が活きる」
蛇行する塹壕の中は信じられない超接近戦になる。戦場で最も敵を倒したと揶揄されるスコップ。格闘術としてどこまで昇華されていたのか俺には知る由もないが、きっとこの男は未来を合わせても最強の武器で最強の格闘術を会得した天才だろう。塹壕内限定の話だが。
「お前には次の時代の戦の雄になって貰いたい」
「殿…」
疋田は珍しく俺に少し明るい表情を見せたが、謙信は相変わらずのダウナーっぷりで聞いているのか考えているのか良くわからない表情だった。
そして謙信の手前、勢いで疋田の活躍の場を想定した話なのになんだか泥沼の塹壕戦をやる事になっていた。
絶対そんなのやらんが。
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