第一三六話 鉄砲探し

「話は聞かせてもらった」


そろそろ京を離れようかという時に俺は義元に呼ばれ建仁寺にやってきていた。偉い人が主語を抜いて話すと「何を?」と聞き辛いからマジでやめてほしい。


「なんでもそなたはこれからの戦は鉄砲の時代になると語ったそうだの」


俺と謙信と疋田の三人飲み会で話した内容じゃありませんか…誰からお聞きになったんだろう?まぁ俺に監視がついているのは知っているけどそれにしても聊かお耳が早すぎませんかね?


「あれは酒の席での戯れと言いますか…」


そんな来るかもわからない未来をさもあったかのように戯言を語るのは酒の席だから許される事だろう。だが義元は手を鳴らし「酒をもてい!」と外に向かって呼びかけた。


「関東管領には話せて儂には聞かせられぬ話と申すか?」


いつになく圧の強い義元を前に俺は観念して出来る限り下呂ろうと心に決めた。


実はこの時代余り鉄砲が普及していない。もちろん五年後十年後は分からないし、鉄砲自体の性能は変わらないだろうから戦場で相手が持っていてある日突然俺が鉄砲の前に歴史的大敗を喫して歴史に名を刻む未来もあるかもしれない。

鉄砲は個人としての殺傷力を飛びぬけて高める。量より質と少数精鋭でしっかり専門の訓練をしたスナイパーのような集団もいるようだが、軍として導入するのはまだ物好きが試験的にしている程度でその数も十丁~五〇丁程度のようだ。

なにせ鉄砲そのものが高価な上に更に火薬と玉までもが高価なので訓練と運用にもコストが嵩んでしまい本気で導入しようとするととんでもなく金がかかる。

そして五〇丁並べて突撃してくる兵に一斉掃射しても一〇人程度に当たるだけでその中で動けなくなる者は一人程度、敵の突撃は止められない。動いている目標に正確に当てるようしっかり訓練が出来れば良いが…まぁそれには時間と金がかかる。

射程距離は一〇〇メートル前後で次弾装填まで三〇秒程がかかり「いいから突っ込め!」と駆ける敵に装填が間に合わず突っ込まれてしまう。故に二射目は考えず高価な鉄砲を奪われまいと早々に前線から下げてしまい戦果も上がらない…なんてケースもあるようだ。

それに雨…というか火薬が湿気てしまうと使えない。まぁ大雨だと弓も使えないが。


「それで?騎馬を鉄砲で止めると?」


「合戦で無類の強さを誇る騎馬に対しての最善手と思います」


騎馬は人より断然早い。しかも馬に隠れて騎手を狙うのは難しい。だが突撃してくる騎馬に対して狙うべきは馬だ。引き付けての音と光、そして鎧も貫通する衝撃、それに驚いた馬は騎手を振り落とす。

塹壕を掘り木柵を設置し騎馬を牽制した上での三段撃ち。信長がやったというこの世界では架空の戦法をうろおぼえながらも俺は義元に出来るだけ丁寧に説明した。


「ふぅむ…」

「だが馬から降りて戦う者もおる中で騎馬突撃を迎え撃つその方の考え方は…」


…ええぇ?わざわざ馬から降りて戦うの?フェアプレー的な精神?と、内心プムークスクスと苦笑していたのだが義元の次の言葉で俺の背筋は凍り付いた。


「そなたは武田を敵として考えておるのか?」


義元の目は俺の目の奥…俺の真意を見透かさんとしていた。そこにいつもの気軽さはなく、簡単に人の首が飛ぶ戦国時代ならではの為政者が持つ威圧感があった。

俺は答えに窮したが下手に誤魔化しても不興を買う。ここは腹をくくるしかないと頭を下げて声を絞り出す。


「いつ、いかなる時も、備えが肝要かと思います…」


甲斐、相模、駿河、三国の盟主が互いに婚姻関係を結び子が育ち次代の盟主となるという二十年がかりで成した三国の同盟だ。武田を仮想敵にするにしてもそれを二十年かけて成した当の義元に勘付かれたのは軽率過ぎた…酒も手伝って口が滑ったのもあるが、この漢に対して気軽に接し過ぎていたと頭を床に擦り付けて猛省する。


「面を上げよ」


だが厳めしい表情とは裏腹にその声からは険が抜けていた。


「確かに信濃が一段落付き越中は手詰まり、次に攻めいる場を探すかのような不穏な気配があったのは確かじゃ」

「ま、儂の目が黒いうちは攻め入ってくるような事はあるまい」


義元はそう言うが俺などの立場で三国の同盟を疑うような言動は慎まねばならない。俺はすぐに調子に乗ってしまうからな…


「は…」


そう短く返答する事しか出来なかった。

史実?どっかの戦いで信長さんが武田の騎馬隊を打ち破った時の戦い方だが、俺が話した戦法の相手…仮想敵は確かに武田の騎馬隊だった。それを馬鹿正直に話してしまったのは不味かった。

そして暫くの沈黙の後、義元は口を開いた。


「…村木での戦でそのような報告があっての」


…?なんだか聞いた気がするような記憶があるが…もしかして千秋季忠も参加してたのか?


「村木砦にて我が方が籠城しておる所、織田軍によって鉄砲が雨あられのように撃ち込まれたと。幸い砦の壁に阻まれ鉄砲による死者はなかったと聞いておったがこちらから打って出る切っ掛けも掴めず仕舞いでな」

「相当な数の鉄砲を揃えていたのかと思ったが、なるほどそういうからくりであったか…」


唸る義元。

鉄砲で砦攻めは余り効果が見込めないのでは…と思ったが義元の言いようだと打って出られず負けたみたいなニュアンスだな?制圧射撃でも食らい続けたのだろうか?


「その戦で鉄砲による死者はいないと聞いて所詮は南蛮の兵器と侮んでおったが…」

「そなたは本当に鉄砲がこれからの戦の要になるというのだな?」


「なります」


それは断言できる。更に後の世では兵士には最低一人一丁銃を装備させないと戦場において無力とすらいえる時代になる。


「戦に更に金がかかるな…」


義元はため息を吐く。

銃と弾を別々に支給して倒れた兵士から補給するなんて話もあったというが、幸いなことにこの世界はアカい世界より命の値段が高い。


というか信長さん鉄砲を運用してたのか…なら尾張の何処かに鉄砲あるんか?五〇丁でも一〇〇丁でもあったら欲しいんだけど帰ったら探してみるか?

だが内心でそんなナメた事を考えていたのがバレたのか義元からお声がかかる。


「千秋の、そなた織田の鉄砲を隠し持ってはおらんだろうな?」


義元の目が俺を捉え不機嫌に歪む。


「め、滅相もございません!」


俺は再度頭を床に擦り付ける。


「では尾張に帰ったら織田が使った鉄砲を探し儂に献上せよ」


「は、はー!」


そもそも俺が持ってないなんて筒抜けだろうに…なんということでしょう、俺に鉄砲を探させた上に持つなと釘まで刺されてしまった。

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