第一三一話 京からの便り

寒さも厳しくなってきた師走も中頃、京に行っている滝川のおっさんから熱田へ文が届いた。届けてくれたのはおっさんのお目付け役として同行させたおっさんの姪「さや」である。


対応していたのは俺の妻の「たあ」で、鈴を転がすような声で話しをしているようだった。この声の時は機嫌の良く、さやはたあのなんらかのお眼鏡にかなったのだろう。


「ええ、あの人ったら無節操に外で種を蒔いてくるものですから貴女のような綺麗な方が訪ねて来られてもう気が気ではなくて…勘違いをしてしまってごめんなさいね」


俺は障子越しにそんな二人の会話を聞くともなしに聞いてしまい、ついそのまま動けずにいた。とても部屋に入りづらい。


「いいえ、奥方様の心中お察し致します」


そう言葉を綴ったのはさやのハズだが俺はこんなにも楽し気な彼女の声を聞いた覚えがなくて困惑する。


「ときに私、堺に良い鋏を売っている店を知っております」


何言ってんだこの女…?


「まぁ鋏?…いざという時の為に買っておいた方が良いのかしら…?」

「…そうね、もしさやさんがまた堺に行…」


「待たせてしまって済まないな!!滝川からの文か!?」


俺は勢いよく二人が談笑している部屋に乱入した。

たあの前には瀟洒で柔らかな笑みを浮かべて挨拶をする知らない女がいた…さやだと思われる。女は化粧で化けるというが変わりすぎだろう…だがそれだけでなくその顔にはいままで見たことがない笑顔まで作っていた。てっきりこの女は能面か般若の顔しか出来ないかと思っていただけに意外であった。固まっている俺に対してニコリと笑いかけてくるが不思議とその笑みに親愛の念が欠片もないように思える。

そんな彼女の顔を見て相当失礼な顔をしていたのだろう、固まっている俺に対してたあが不思議そうに言う。


「あら、旦那様どうされましたの?」


今この場で変に反応してさやとの関係などを疑われるのはよろしくない。


「…さやか?どうしてお前が…という事は滝川は野放しなのか?」


俺は少し仕事に悩む素振りをして全ての問題を滝川のおっさんのせいにする事にした。


「叔父の強い要望でございましたので」


どうやらさやも懸念はしていたようだ。そして「まるで詳しくは話せないが仕事のような雰囲気」となった。そんな雰囲気を察してたあは口を噤んだ。俺は彼女に気にかけつつさやに要件を聞く。


「ああ、歓談中にすまない。滝川の京からの報告か?」


「こちらでございます」


俺はそれを受け取り一瞥して懐にしまった。

本当は彼女から京での話を直接聞きたい所だが、さやとはいえたあの前で女と二人でいるのは極めて都合が悪いように思えた。


「俺はこれから秀さんと話をする。すまないがたあ、相手を頼んだぞ」


「はい、旦那様」


そうして廊下へ退避し障子を閉めた。


「…それで何の話だったかしら?」


少し呆けたようなたあの声。


「鋏の話でございます奥方様」


「そうそう、もしさやさんがこれから堺に行く機会があったら…」


「楠丸!かあちゃんが恋しいのか!?まだ甘えたい盛りか!?」


俺はそう言って障子を開けて鼻水を垂らした楠丸ばくだんを投入しその場を後にした。


◇ ◇ ◇


逃げるようにその場を後にし秀さんと滝川のおっさんから届いた文を秀さんと一緒に検めた。


「ただの現状報告なら良いんだが…派兵の要請だろうか?」


仮に六万の軍を送っている今川が苦戦を強いられているようなら俺みたいな木っ端が百か二百の兵を送ったとして何か変わるとも思えない。


「千秋の戦力なんて当てになるものでもなかろう、金の無心かの?」


なるほど…と、文に目を通す。それは京で起こったという報告書だった。


『事の発端は故・近衛前久の妻の父、久我晴通を後見人として朝廷から従五位下・左馬頭に叙任された足利義親が逆賊の討伐を発給した事』


どうやらどこからか次代の将軍となる足利の縁者を引っ張ってきたようだ。この分なら足利幕府は安泰か?


『そうしてこの度それに呼応し今川、畠山、上杉、六角、朝倉、武田等の面々が集う』


あれ?信玄も兵を出していたのか?俺このあいだボコられたと思ったんだが本隊は別にあったのか別動隊がいたのだろうか?

もしかしたら三国同盟杯には信玄が出て戦には誰か世継ぎが出ていたのかもしれない。北条もそんな感じで親父様を国に留守番に残していたようだし?


『三好は前年からの内部分裂により大幅に勢力を減らしており、この度の首魁たる三好三人衆、即ち三好長逸、三好宗渭、岩成友通は各地で徹底抗戦の末に三好宗渭、岩成友通の戦死を確認。現在行方不明となった三好長逸の足跡を追っている』

『実質三好家は滅亡』

『足利義親は年明けにも朝廷に挨拶をし、征夷大将軍に任じられる予定である』


…との事だった。首魁の一人は逃してしまったようだが次代の将軍もとりあえず居るようだし綺麗に纏まるのではなかろうか?

一段落して現在は残敵を掃討しつつ将軍就任まで残れる者は残るといった感じのようだ。


俺は文から目を話し暫し中空を見つめる。

これで足利義輝の仇討ちも終わったようだ。俺なんかとは住む世界も違うし背負っている物の大きさも違う男だった。

建造中だった二条御所の庭での朝練を思い出す。あそこも戦場となり一緒に剣を振るった彼らのほとんどが義輝と共に戦い死んだと聞いている。彼らの冥福も祈ってやりたいものだ。

機会があったら墓参りでもしたいものだが…墓は何処にあるのだろうか?


あとついでに近衛前久も。あの甲高いおじゃる声がもう聞けないと思うと少し残念に思えなくもない?それにもうカツアゲもされないと思うと胸がすく思いだ…いや真面目に冥福を祈りたい。

…さて


「それで最後のコレ…どう思う?」


「酒持ってこいって事じゃないかの?」


滝川のおっさんの文は『関東管領殿が熱田大宮司殿に会いたいとの旨、至急京に上られますよう』と〆てあった。

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