第一三〇話 三国同盟杯 反省会

三国同盟杯から一夜が明け、武田の連中のおかけで俺は顔は倍くらいになるわ内出血が酷いわで過去一ボコボコにされたが一応骨や頭には問題がなかった。そうして俺は彼らをなんとか見送り、鳴海競馬場にて腫れた顔に水で濡らした手拭いを当てて反省会をしていた。


「くっそ武田の連中め…人をサッカーボール扱いしやがって…」


「なんじゃさっかーぼーるとは?」


この時代にサッカーはなかったようだ。


「…力強い蹴鞠だ」


「また殿は雅なモンしっちょるな」


うーん…サッカーは雅か?


「それにしても刀を抜かれなくてよかったの」


水に浸した新しい手拭いを寄越して秀さんがこぼす。それを俺はまだまだ腫れた顔に当てる。


「…そりゃあな」


流石に三国同盟の主が一同に介する催しで刃傷沙汰は避けたかったのだろう。最後の一線は越えなかった…という事にしよう。

おしろいの上からでも解る激昂の色を見せる信玄の貌、あの修羅場の空気を知るのはここにいる面子では俺と秀さんだけだ。


「そんな場で懐から出したのが香坂の馬券か…」


圧倒的な一等の馬の走りに誰もが目を奪われていたが最後の坂では波乱が起こっていた。特に前半飛ばして体力が厳しくなった馬はペースを崩して件の香坂は七番手まで順位を落としていた。


「なんだよ旦那、俺には賭けてくれなかったのかよ?」


ふてくされたように龍興が文句を言う。


「俺はああいう場では全部の馬券を購入しておいてイザという時に角が立たないようにしてるんだよ。本命はお前だ。」


それはそれで場に微妙な空気が流れた。


「…そのイザという時でその体たらくか?」


うるせーな。

俺の愚痴を聞いていた皆が口々に言う。


「殿も煽りよるなぁ…」

「いやぁ嫌味じゃろそれは」

「どうせ頭下げるのなら先手を打って意味不明でも頭をこすりつけて謝っておけば良かったんじゃないか?」


こいつら結果論ばかり語りやがって…あの場で咄嗟の選択としては悪くないハズだぞ?


「それに相手が悪ぃ。その香坂ってのは武田のお殿様のお気に入りだったそうじゃねーか」


小平太の言葉に俺は頭が痛くなる。お気に入りって小姓とかホモ的な意味でか?後出しで重要な情報出すんじゃねーよ。確かになんだか妙な雰囲気あったけど。

俺が全面的に反省をする流れになっていた所で龍興が割って入ってきた。


「俺は負けたほうが良かったんか?」


珍しくしおらしくそんな事を言うが俺はそれを即座に否定する。


「賭け事に八百長なんてあってはならん、全力で走ったお前は悪くねぇ」


こっちは賭けの胴元だ。もし八百長なんて事が露見でもしたら今まで何も考えずに遊んできた者に無用な疑念を毎度抱かせる事になる。失った信用は簡単には取り戻せない。


「悪いのは負けを甘受出来ず暴力という手段で憂さを晴らそうとした武田の連中だ」

「…というかだ、どうして武者鎧を完全装備して旗まで差して出てくるんだよ!こちとら競馬であって戦じゃないんだぞ!?」


「まぁ…最初はどうかとおもっちょったがあんな重い恰好であの距離を全速力で走るとなったら軽い方が有利じゃもんな」


最近の三河と鳴海を中心にした武者競馬では鎧を着てくる者はいなくなっていたので完全に失念していた。服装に規定を作ろうか考えていたが鎧を着て走るのもNGにした方がよさそうだ。


「だが俺の最後の走りは格好良かったろ!?」


前評判最下位だった男が蓋を開けてみたら七馬身差をつけて圧倒的な走りを魅せてのゴールだ。正直近年ここまでの走りはなかっただろう。

ちなみにその後騎手の控室でひと悶着あったようだが、謎の騎手が斎藤龍興だという事を知って皆大人しくなった。


「おうよ!アレは鳴海の歴史に残る立派な走りじゃったぞ!!」


ガハハと小平太と龍興が笑う。


そんな気持ちよく笑う二人だがその影にボコボコにされた可哀そうな子もいるんですよ?


「ああそういえば殿、北条様に酒を融通出来んかと話を貰ったぞ」


秀さんがあくせくと方々に酒を注いで回っているのは知っていたがいつのまにか北条氏政と話をしていたようだ。


「なんでも北条様の親父様が朝から酒を嗜むほど酒の好きな方らしくてな」


こりゃまたダメそうな親父だな…


「北条様に『これだけの美酒、親父殿にも一口飲ませてやりたかったものだ』などとしんみりと言われましてな」


俺が武田の野郎共にしこたまぶん殴られている横で秀さんはなんだか上手く立ち回っていたようだ。

まぁハナからこういう縁を繋ぐ話は断るつもりはないが北条の親父様って亡くなってるのか?


「ならその北条様の亡き御父上の為に酒を送ればいいのか?」


「いや…それがその後確認したらどうやら元気に生きちょるらしい」


「えぇぇ……?」


「ありゃクニで留守番をしている父親をダシに使ったほうが話を通しやすいと踏んだんじゃなかろうか、それとも…」


それとも北条ジョークかおちゃめさんか。


「確かに死んだなどとは一言も言っておらんかったし場の勢いでこちらも勘違いしてしもうたが…もしかしたら今頃笑っているかもしれん」


北条氏政はあの場ではあまり話をすることが出来なかったが案外面白そうな男のようだ。今川氏真の心証は悪く、武田信玄の心証はそれに輪をかけてクソほど悪い。そんな中で少しでも友好的にして貰えるなら酒くらい安いものだ。

そうして元気に生きているという北条の親父様の為に酒とつまみを贈ることにして俺はまだ痛む頬にそっと濡れ手拭いを押し当てた。

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