第一二九話 三国同盟杯 武者競馬(参)

「さあ体制が完了しました」


各馬がスタートラインに並んだのを確認する。

そうして俺はおもむろにスタートの火縄銃に手をかけ…秋の空に向かって空砲を響かせた。そうして音と共に各馬一斉にコースへ雄々しく飛び出す。


「今開始の砲が轟きました」

「揃った出だし、そこから抜きん出てきたのは…山県、馬場、香坂、甲斐の面々」


前評判の通り武田の騎馬隊が躍り出てきた。背中には風林火山の旗を差して正しく『疾きこと風の如し』を体現している。信玄にウィンクをしていた玖番の香坂。俺からするとわけのわからん男だが信玄の側近であり、実力の程は間違いないようだ。トップ集団にしっかりと食らいついている。


「躍り出たのは赤備え」

「山県早くも馬場に二馬身差、甲斐の輩にも差をつける走りだ」


最初からあんなにトバしてペース配分は大丈夫だろうか?と他人事ながら少々心配になる。まぁ実戦経験豊富な武田の騎馬隊だ、俺のようなド素人に心配などされる云われなどないだろう。馬は間違いなく良馬でなにより俺にはない戦場での経験とか気合とかガッツとか根性とかあるハズだ。そうして集団はコーナーを過ぎていく。


「先頭は山県、続く二番手に馬場、そして三番手は香坂」

「先頭集団は武田の騎馬隊によるまさしく大関競馬」


…なんだ大関競馬って?横綱じゃないのか?


「そして外周からは北条、多目、内には朝比奈、そして大道寺が続いております」

「さぁここからどう動く」


龍興は八番手に甘んじている。その辺りでほどほどに完走してくれればと思うのだが、どうも走り方が馬の体力を温存して流しているように見える。角の立たない無事な負け方を願うというのも複雑だが大丈夫だろうか…

そしてカーブを曲がっての直線、少々下り坂になっている此処を好機とみたか皆スピードを上げていく。


「先頭の山県に…香坂が迫る二馬身…一馬身!上げていく!」

「先頭に香坂!続いて山県二馬身差で馬場、大道寺、朝比奈、北条、千秋、鵜殿そして多目、天野」


音に聞く武田の騎馬隊の赤備えに迫る力強い走りを魅せた香坂に会場は強い熱気を帯びる。その走りに貴賓席からも歓声が沸いていた。流石は武田の騎馬隊、鎧は戦場での正装とばかりの力強い走りを見せている。

当の騎馬隊の主である武田信玄も一見平静を装ってはいるが扇子を持つ手が自然と固くなっているのが見て取れた。


龍興も地味に順位を上げているが中頃の塊の後ろ辺りを目立つ事もなく走っている。


「弧を曲がっての上り坂」

「先頭を香坂、続いて山県、馬場、そして外から大道寺が迫る」


だが最終コーナーを回り、緩い上りに差し掛かった所で事態は豹変した。流石の甲斐の良馬であってもスタミナは無尽蔵ではなく、そして乗り手の気合もガッツも根性も届かなかったようでペースを落としていく。今までトバしたツケがこの坂で文字通り枷となり重荷となったようだ。


「ここからが正念場」

「果たしてどう動く」


武田の面々の当初あった勢いも差も既になく、後は残った馬のスタミナを信じて走るしかなかった。だがそこに今までほどほどに流して走りスタミナを温存してきたであろう馬が大きく外から差し込んできた。全力で。


「外から大きく、大きく入ってきた!千秋!」


あのバカ…俺の顔からは表情が抜け落ちた。この時の俺はまるで悟りでも開いて解脱でもするのではないかと思ったと後に秀さんから聞かされた。


「残り百間!」

「外からきた千秋!千秋!」

「早い!速い!千秋!!追い上げる!追い抜いた!!差をつける!三馬身差!四馬身差!速い!圧倒的!!」

「七馬身!千秋ーーー!!!!」


大穴の一着に一般席は大盛り上がりである。乱れ飛ぶ外れ馬券、振り回される衣服や褌。馬場には入れないようにしてはいるが武田の騎馬隊を抑えてトップを搔っ攫ったダークホースに暴動も止む無しの盛り上がりであった。


馬場ではドヤ顔で猛り吠える龍興。


そんな一般席の熱狂とは裏腹に貴賓席の空気は凍り付いていた。

渋い顔の北條氏政。

眉間に深い皺を作り睨む今川氏真。

そして…おしろい越しでも分かる憤怒の色に染まった武田信玄。


三者三様ではあるが場を凍てつかせるその視線は全て俺に集中していた。文句を言うべきはこのレースの大波乱の元凶の騎手、位の高い斎藤龍興…ではなく三下の俺。胃がキリキリと痛むのを感じる。この死地から生還する為の身の振り方を頭をフル回転させ考える。

…そうして俺はおもむろに懐から『玖番』甲斐の香坂の外れ馬券を命乞いとばかりに取り出しその場に示した。


「どうやら私の予想は外れてしまったようで…」


俺が意外な馬券を出した事に氏真と氏政は虚を突かれたようだったが、最悪な事に信玄の逆鱗に触れたようだった。


「貴様ァ!儂を莫迦にしておるのかぁ!!!!」


「ウボァーー!?」


信玄の怒声と共に俺は蹴飛ばされた。


「御屋形様!」「御屋形様!!」


臣下が信玄を止めようと必死になっているようだったが俺を庇う…とみせかけるつもりもないのか、俺は武田の家臣らに袋叩きにされ貴賓室から叩き出された。

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