第一二八話 三国同盟杯 武者競馬(弐)

半刻程は雑談を交え馬を選ぶ時間である。各馬の倍率が掲示板で約十分毎に随時更新される。今回は分かりやすくする為に単勝のみだがこの場で「一番人気」という言葉は厳禁である。


そして人気は武田の騎馬隊に集まっているようだった。

音に聞く武田の騎馬隊…だがその走りを実際に見た者は少ない。今まで実戦でクソ重い鎧兜を着て数多の戦を渡ってきたのだ。この競馬では不利とされる武者姿だが培ってきた操馬術は相当なものだろうし、なにより甲斐は名馬の産地として有名なのだ。先ほどの検分席で間近で見ても甲斐の馬はどれも良馬である事は疑いようがなかった。それらを合わせて考えると人気を独り占めするのも頷ける。


だが武田信玄がおしろい塗りのおもしろ顔で文句を垂れてきた。


「甲斐の者の倍率が低すぎやせんか?」


どうやら出走する家臣の誰も彼もが倍率が低いのが気に食わないようでご機嫌斜めであった。ここは丁寧に説明してご理解頂かないと俺の首が飛びかねないポイントだ。


「はい。この倍率は何方にどれだけ賭けられたのかで計算をして出しております。多くの者が勝ちを予想した武者が勝った場合、集めた掛け金はやはり多くの者に分配されます。ですのでその分倍率が下がり一人当たりの配当が少なくなってしまいます。」


「ふぅむ…」


信玄は理解はしたようだがそれでもこの「低い」数字そのものにご不満のようだ。このままでは「なら倍率を上げろ」と無茶振りをされかねない。しかもそれで甲斐の者に勝たれたら大赤字になりかねないので追加で説明を続けた。


「逆にこの倍率が高い者は勝てる見込みが薄く、賭ける者が少なく…有体に言いますと期待をされていないというあらわれになっております。ですが万が一勝った時にはこの高い倍率で配当が支払われる事になります」


そう言うと信玄…のみならずその場の皆が一様に掲示板に表示されている倍率を確認した。掲示板には拾番、千秋龍興が抜きん出て高い三十二倍をつけていた。「千秋」の文字を見て皆失笑しているようだ。

ただ本来なら五十倍くらいつけられていてもおかしくはないと思うのだが服装を見て龍興が大穴とみて賭けている者がそれなりにいるように思える。


「なるほど、人気の無い者に賭ける意味もあるという事か」


そんな周りの反応を見て信玄も鼻を鳴らし一応納得をしたようだ。


「時に千秋殿、千秋龍興とは何者ですかな?」


北条氏政が俺に問うてきた。


「私の義理の弟でございます」


「彼の馬術の心得は如何ほどで?」


俺はそう聞かれて困惑する。そういえば伴を連れて馬に乗る程度でアイツが速駆けしているの見た事がなかったな…

俺の知っている龍興は馬に乗るのではなく観客席で怒号を飛ばして手に汗を握り泣き叫んでいるクズである。ちなみに滝川のおっさんのオットセイのような奇行は見た事がないのでそれより若干マシなクズだと思っている。


「お、お恥ずかしながら…」


そんなろくでもない事を思い出してしまいつい言葉を濁してしまった。俺のあからさまな狼狽えように氏政は優しい笑顔で語る。


「いえ、一人軽い出で立ちで検分席でも不敵な笑みを浮かべられており、これは何か秘策があるのかと思いましてな」


なかなかの慧眼…だが冷静に考えたらちょっと服装にハンデがあるからといって龍興に賭けるのは無謀な気がしてきたな…とはいえ今回は順当に負けるのが目的だ、問題ない。


そんな俺に信玄が訝しみつつ問うてきた。


「…龍興……一色式部大輔…斎藤龍興殿か…?」


信玄の口からそのものズバリな正答がこぼれ出た。アイツも何気に有名人だな…だが既に氏真にはバレている。ここですぐにバレるウソをつくわけにもいかない、というか氏真はこっちを睨んできている。俺は素直に首肯した。


「はい。縁あって義兄弟となりました」


場は凍り付き皆微妙な顔をしている。三十二倍で失笑していた者も困惑し、バツが悪そうな顔をしている。

本当なら出家させてさっさと現世と縁を切らせるつもりの予定だったのにアイツが酒飲めないなんて嫌だなんてごねて何の因果かそれとも縁なのか「美濃に縁のある者」とかいう妙な条件を付けられたことで再び歴史の表舞台に登場する事になるとは…


本来ならこの貴賓席で一緒に観覧していてもおかしくない立場の人間を家臣らと一緒に走らせているのだ。彼らの胸中はどのようなものであろうか?

…やっぱり俺が走った方が良かっただろうか?


氏真が俺に向ける目が厳しい。

(美濃に縁のあるものと言ったのだ。誰が美濃の国主を出せと言うた!)

そんな心の声が聞こえる気がする。


そうして酒を交え誰に賭けるかを決める和やかで楽しい時間が過ぎた。

ちなみに俺は一応龍興の札を購入して、そして角が立たないよう全員分購入した。



『ぶぉーぶぉーぶぶぶぶぉーーぶぼぼぶぉーーーぶぼぶべぇーーー』


澄み渡る神無月の空にお馴染みとなった勇壮な曲が、法螺貝の間の抜けた音で奏でられる。

遂に出走の時間のようだ。各馬所定の位置へと歩いて行く。久々に見る武者姿の武者競馬だ…約一名を除いて。さてどうなる事やら。

そうしてそれぞれの家臣が観覧席に向って頭を下げる中、あのイケメンが信玄に向けてであろうウィンクをしていた。ちなみに信玄はその男、香坂虎綱の札を一番に買っていたのを俺は知っている。相思相愛か?

そして俺でなきゃ見逃す所だったが俺は全てを見なかった事にした。

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