第一二七話 三国同盟杯 武者競馬(壱)

正午の合図と共に甲相駿三国の同盟による競馬大会が始まる。

厳かに出場者の名前を書いた木札を掲示した。


鵜殿長照(駿河)壱番

山県昌景(甲斐)弐番

北条氏規(相模)参番


馬場昌房(甲斐)肆番

多目元忠(相模)伍番

天野藤秀(駿河)陸番


大道寺政繁(相模)漆番

朝比奈泰朝(駿河)捌番

香坂虎綱(甲斐)玖番


千秋龍興(尾張)拾番


うーんドリームマッチ的な?シャッフルはしたがそれでも一人浮いている気がする…が、それも身内を色眼鏡で見ているからかもしれない。

そうして出場者一覧を見ていると今川氏真が怪訝な顔でちょいちょいと目と扇子で俺を呼んでいるのを察知した。面倒だが俺は氏真の下に寄って平伏する。


「其方は出んのか?」


「はっ馬は苦手なものでして」


あからさまに嫌な顔をされる。もうちょっと感情を顔に出さない方が良いのでは…?と思うがそれとなく…というかわりと直球で俺に馬に乗れと言われていたので少しバツが悪い。

そうして扇子で口元を隠して俺の耳にだけ伝わるように顔を近付けてくる。うざい。


「…それで千秋龍興という者は何者ぞ?」


「義理の弟にございます」


「美濃に縁はあるのであろうな?」


「そこは大丈夫です」

「元々美濃の国主ですので」


すると暫し逡巡した後…氏真の目が少女漫画のように見開かれた。


「斎藤龍……」


名前を叫びかけてわざとらしく咳ばらいをし、眉間を揉んで唇の下に梅干しのようなものを作った表情をしている。義元なら笑ってみせて目が笑ってないみたいな表情で内心を誤魔化すだろう。

いつの間にか閉じた扇子を俺の横っ面を叩くように広げて耳元で囁き叫ぶ。


「其方は阿呆か!!」


囁いて叫ぶとは本当に器用な…と変な関心をしてしまう。


「此処に居る三国の盟主と同格の者を勝手に呼ぶとは……」


義元と違ってホント表情豊かである。氏真は俺と比べて十歳くらいは年下のように思える。感情の制御が苦手なのかもしれない。


「ご安心下さい、正式にこの場に招いた訳ではなく騎手として参加するだけです」

「駿河も甲斐も相模も錚々たる武者に立派な馬をご用意されております。尾張と美濃が格下である事を印象付ける事ができることでしょう」


俺も俺で訳の分からない適当理論を捲し立てて有耶無耶にしようとする。

賭けの手前龍興にわざと負けろなどとは口が裂けても言えないが負けないと自負する程度の実力者ばかりを選抜し参加させている筈だ。まぁ多少は家の格とか政治的な配慮みたいなものはあるだろうが。


「…ふむ」


氏真は熟考し…相変わらず渋い表情をしていたがなんだか納得したようだ。

襖が開き秀さんが入ってきて俺に耳打ちをする。


「殿、準備が整いましたぞ」


それを聞いて俺は三国の盟主に向って頭を下げ具申する。


「皆々様、検分席の準備が整いまして御座います。家臣の方へ激励を希望されます方は検分席までお越し下さいませ」


検分席は出走前の騎手と馬を近くで見る事でコンディションを確認する事でどの馬に賭けるかの最終判断をする場だ。競馬の常連であればこの確認は出来るだけ念入りに行って最終判断をしたいところだが今回は主君が臣下に激励する場でしかない。昨晩の酒を抜くためにここで休んでいるかと思ったが意外にも最初に動いたのは具合の悪そうな顔を白粉で隠したであろう信玄だった。そしてそれに追従するように他の盟主も動いた。


そうして俺は皆を検分席へと誘う。検分席は騎乗したままでもこちらが二段ほど高くなっているので頭が高くならない戦国蛮族に配慮した形になっている。

足を踏み入れるとそこには駿河代表である壱番の鵜殿長照が勇壮な騎馬武者という雰囲気を纏っていた。物理的に。具体的にいうとフル装備の甲冑姿だった。背中には旗を差し、腰にも刀を差している。莫迦か?デモンストレーションの町衆競馬の格好を見て何も思わなかったのか?俺の表情が一瞬抜け落ちる。

氏真はそんな勇壮な家臣の姿を見て気を良くしているようだ。近くに寄り柵越しに激励をしている。楽しそうでなによりだがそんなクソ重い甲冑着たら肝心の馬はスピードも出せないしスタミナももたない、良い所無しだからな?俺は内心そんな「あ、コイツしんだわ」みたいな事を考えていたのだが次に来た甲斐の連中など更に重そうな槍まで担いでいた。欲張りセットやめろや。

俺は頭を抱えたくなった。

そうして次々に検分席に来る勇壮()な騎馬武者を見て三国の盟主は皆気分良く激励していく。


そして玖番、昨日信玄を引き取っていったイケおじが騎手として参加していた。香坂虎綱というらしい。信玄に激励…というか談笑しているように見える。…仲良過ぎねーか?

そうして香坂某が馬房から出る時に信玄に向けていた爽やか笑顔を消して俺に向って鋭い眼光で睨み舌打ちをしやがった。え?なんで俺そんなに目の敵にされてるの?


そして最後に入ってきたのは普段から競馬場に入り浸っている龍興。当然のように軽くて動きやすい服装だ。烏帽子を被っているのはサラリーマンのネクタイ的な感覚であろうか?だがその出で立ちは武者鎧に身を包んだ三国の錚々たる面子の中においては少々浮いた装いとなっていた。

空気読めよ…これはこれで俺は頭を抱えたくなった。


「尾張のうつけは健在であったか!!」


などと何処からかヤジが飛び笑いが起こるが龍興はどこ吹く風。そして龍興は俺を見つけると目で語ってくる。それは勝利を確信した瞳だった。手加減する気絶無だな…ここで「勝ったなガハハ」と言える胆力があれば俺ももう少し生き易いのかもしれないが俺は天竺に住まうという伝説のスナギツネのような表情をしていた。

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