第一二六話 三国同盟杯 町衆競馬

翌日、卯の刻には三国の盟主は鳴海競馬場に揃っていた。

今川氏真は前日の親睦会での酒がまだ残っているのか顔色の悪さを隠すためであろうおしろいをしていた。氏真はなんとなくおしろいをするキャラっぽい気がするのは分かるのだが武田信玄までおしろいをしていた。シュールである。

貴賓室にはトイレも設置してあり、度々護衛と入って出るを繰り返していた。俺も翌日に残るまで飲ませるつもりなどなかったのだが、そこは空の盃を求められれば拒否できない身分だ。そしてタチの悪い事にいざ二日酔いとなったら責められるのは俺である。家臣団からは「何してくれてんだこの莫迦」という感じのチクチク視線が刺さる。

唯一北条氏政だけは一人元気に朝から酒を飲んでいた。朝から酒を勧めた俺も悪いのだが朝から飲んだら一日中飲んでしまうのではなかろうか?


午前には町衆競馬、午後に武者競馬が行われるのがいつもの流れだ。そして町衆競馬は本番の三国の強者が集まる武者競馬を前にルール説明、デモンストレーションも兼ねている。

貴賓席から下った場所に作った馬を見て触れられる検分席で馬のコンディションを確認してもらう。その時、町衆の姿を見て氏真から声がかかった。


「珍妙な格好の者がおるな」


眉を顰めてこぼした。事実皆色彩豊かで服にたすきに母衣に屋号を描いた派手な傾奇者ばかりである。


「町衆は屋号が目立てば勝負はどうでも良いと考えている者もいるようで…」


元々エンジョイ勢は町衆競馬、ガチ勢は武者競馬…というエンターテイメントの分化を考えていた。だがこの所、勝つ事は諦めて最後尾でおどけてゆっくりゴールする者までいる。それでも一定の宣伝効果はあるようなので問題がないのだろうが、掛け率はいつも最高に振り切れている。

競馬という競技としては町衆競馬の娯楽要素を安易に潰すような真似をして良い物か悩んでしまう。処罰をするには弱いし他に出走出来る馬を用意出来る所が無いと困るし出入りを禁じたことで諍いが起きても困る。口頭注意くらいはしておいて服装規定や出走の心構えを考案して別途宣伝出走の時間を作ろう。


「名を上げたいのは武士も似たようなものでござろう」


そう言って話に入ってきたのは北条氏政だった。


「しかしこれほどまでに広大な練兵場を持つとは…今川殿の力の一端を垣間見た気分ですぞ」


そう言って氏政は競馬場を眺めた。目の前には鳴海城があり、ここら一帯は今川の忠臣岡部元信の支配域だ。イザとなれば六万()の兵をこの競馬場に収容出来る事も分かったし軍事拠点としてみれば東海道の要所であり三河を守る要害になる。

同盟の要人に自国の力を見せる事には成功したようだが肝心の鳴海城の主は義元に追従して京に上り不在である。そんな現状に氏真は渋い顔をしていた。


◇ ◇ ◇


「一刻で賭けは締め切り、迅速に掛け率を計算しその都度更新致します」


俺は各々方に競馬の説明をしていた。馬場の中央には野球場のバックスクリーンのような物を立てて掛け率を木札で掲示していた。客席や貴賓席からでは見えないが手旗信号で情報を送って随時更新させている。この距離ならば声でも遣り取りが出来る距離で余り意味はないが、この喧騒の中でも安定してなおかつ他人に気付かれずに通信が出来る。今後を考えれば距離も適当だし練習も兼ねて導入した。ちなみにこの手旗信号は滝川のおっさんと秀さんが考えた独自方式だ。

計算に無線通信、この先端技術の集大成への反応は今川氏真は俺にしょうもないモノを見る目を向けてきていたが、北条氏政は感心したような顔をしている。武田信玄は熱い目線を送ってきたのでスルーしておいた。ただそれでも三国の盟主自身からは一様に何の言葉も出てこなかったのだが家臣団からは「なんと無駄な労力を…」「武士らしくもない…」などと失笑まで漏れる始末であった。技術を理解しない戦国蛮族共め…俺は説明を続ける。


「また当選した場合掛け率に応じて払い戻される金額が変わります」

「十貫賭けた場合はこの十貫の札を受け取り、当選した場合札に書いてある賭けた者の掛け率に応じた金額が払い戻されます」


払い戻しの話になると皆傾注するようだ。


「…そしてこのように一番人気の者は勝つのが当然であると思われている為掛け率が低く設定され配当も多くはなりません」


瞬間場がざわついた。誰の声ともわからないが場に響く。


「一番人気…?」


何事かと思ったが俺は自らの安易な言葉選びに戦慄する。先ほどまで周りに流される事なく俺の言葉を大人しく聞いていた三国の盟主まで目の色が変わっていた。ヤメテ!私のために争わないで!…いやホントこんなどうでもいい事で争わないで欲しい。


「…期待を背負う者となりますが、賭けられる上限は千貫までとなります。これは掛け率が個人によって大きく変動してしまうと払い戻しが難しくなるかもしれないという運営上の理由になります」


俺は何気なく言い直し、そして適当な理由をつけて掛け金の上限設定をした。これで掛け金を泥沼に上乗せさせて贔屓の騎手を「一番人気」にする事は出来なくなるはずだ。


ともかく一通りのルールの説明をして町衆競馬が開催される。


「ぷぉーぷぉーぷぁーぷぱぱぱーぷぱぱぺぇーー」


神無月の空に間の抜けた法螺貝の音が勇壮な曲を響かせる。出走の空砲を撃つのは俺だ。三国の盟主に持ち回りをさせようにも二回の出走では不公平感しかないからである。発砲音が辺りに響き馬が一斉に馬場に飛び出す。なんだかんだ回数をこなしており町衆であろうとも練度は相当に高く馬場を駆ける速度は速い。レベルの高いレースを見て三国の盟主も家臣団も息を飲むのが分かる。


「一等!上の屋!!二等!岡本屋!」


終着を知らせる大音声に一般席から怒号が響き外れ木札が空に舞う。貴賓席では皆木札の数字とにらめっこをしていた。この時代ガッツポーズというのかは分からないが小さく喜びを表現している者、苦悶の表情を浮かべている者。主君の前だからかは分からないが在りし日の滝川のおっさんのような人間として恥ずかしい痴態を晒すような者はいなかった。…いなかったが何故か負けを俺になすりつけようとしているのか俺を睨んでくる者が数名いる事が気にかかった。

俺はわるくねぇだろ…


そして最後尾はいつものアホの富田屋だった。黄色に染めた母衣を纏い紙吹雪を舞わせて観客に向けて母衣にでかでかと描かれた富田屋の文字をアピールしている。今日は特に三国の盟主も来ているので宣伝も普段以上に張り切っているようだ。

空気読んでくれよ…

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