第一二五話 鳴海懇親会

鳴海競馬場近く、鳴海城には城主の岡部元信不在でありながら三つの貴人の輿が入ってきた。


城主の岡部のおっさんがいないのは命令もないのに勝手に義元について京都に行ったからである。文明人である俺の令和感覚だと独断専行で勝手に軍を動かすなんてありえないのだが、この時代だとこれを忠義者ともてはやす空気すらある。そんな戦国蛮族仕草に思わず半眼になってしまうが俺の方がおかしいのだろうか?

もちろん城の留守は岡部のおっさんの部下が城主代行として守ってはいる…だがこの三国の盟主の相手は熱田大宮司という立場のある俺がせざるをえず、忠義者とやらの尻ふきに奔走…というか平伏していた。


俺の前に鎮座するのは甲相駿三国同盟の盟主たる面々であった。


「そなたが噂に聞く熱田大宮司殿か、一度会ってみたかったぞ」


そう尊大に冷めた口調で声を出したのは義元の後継である今川氏真だった。俺の未来知識では歴史の教科書には一切出てこないくせに無駄に偉いから困る。あと口調に少しトゲがあるように感じるのは俺の思い過ごしであってほしい。


「今日良き日に皆々様に御拝謁を賜り恐悦至極に存じます」

「明日の競馬大会を控え旅の疲れを癒して頂きたく一席設けさせて頂きました」


ホントは長旅で疲れたろうしさっさと休みたいだろうが、鳴海としては一席懇親会を設けなければならない。鳴海城の代行でもないのに何をやっているのだ俺は…


「共に上杉の脅威に抗う為、三国の絆を深めるまたとない機会を設けてくれた事に感謝いたしますぞ」


北条氏政は三国同盟の親睦を深める為にここ尾張までやってきて国では父親が上杉…謙信?に備えて留守番のようだ。

北条氏政、今川氏真は歳の頃は俺より少し下だろうか?対する武田信玄は俺より明らかに歳上だった。


「尾張には旨い飯と美味い酒があると聞いておる。楽しみにしておるぞ」


武田信玄はそういって平伏する俺に声をかけた。同盟の懇親会とはいえメシの話題とは暢気だな…と思ったが戦国最強ともいう武田信玄の言だ、深い考えがあっての事だろうか?

だが深い考えというなら同年代を出してきた今川と北条と違って武田はその親世代である信玄本人が出てきた。これは次代の若者に三国の同盟を引き継いでいこうという気概が無いのか、それとも跡継ぎが決まっていないのか?

まぁこういういらぬ勘繰りは往々にして疑念になったりする。三国同盟なんて俺には関係ないのだし妙な事を考えるのは止めておこう。


そんな彼らを平等に上座を設けない円卓形式でもてなす。もちろん上座が無いなんていうのは上下を出来るだけ有耶無耶にする為の出まかせだが。そうして酒を交わしスタンダートに米、魚、漬物の中に一際異彩を放つ汁物を添えた。夜になると冷える時期なので温かい汁物…と用意したのはラーメンのようなものだ。


「ふむ…尾張にも美味い物があるのだな」


武田信玄はこちらにじっとりとした視線を向けてくる。

ラーメンのようなものと言ったが…なんというかラーメンを作ろうとしたのだが幾つか違う点がある。第一に麺が違う。ラーメンと呼べるほど細くはなく刀削麵とうどんの中間のようなものになってしまった。第二にスープが違う。鶏がらベースの醤油ラーメンと思ったのだがスープが全く再現出来ず結局鶏がらスープに味噌を混ぜ込んだ味噌汁のような…俺の記憶に一味も二味足りない味噌味になった。そして第三に具が違う。チャーシューやシナチク、なると等諸々手に入らなかったので里芋や人参、ネギとなった。総合するとラーメンと呼ぶにはおこがましい全く違う何かになってしまった…俺が理想とするラーメンの姿はここには微塵もない。

何故このような失敗作を出したのかというと身内にこの失敗作を試食という名の処理を任せたところ世辞抜きに好評だったからである。


「これはいくらでも食えるぞ!旦那!」


とは龍興の言。


「かあちゃんに食わせてやりてぇ…」


と涙ながらに語ったのは秀さん。


「殿にこのような才能がありましたとは…」


とは滝川のおっさんの言だ。

そういうわけで甚だ不本意なのだがここに戦国ラーメンが誕生したのである。もしかしたら日本で最初にラーメンを作った人になったかもしれない。全くラーメンじゃないが。


「奇妙な汁物と思ったがなかなか美味であるな」


と言ったのは今川氏真、どうやらご好評のようだがやはりどこかトゲがある。


「汁に味噌とは思えぬ深みがある」


信玄にも好評のようだ。


「ありがとうございます」


俺は頭を下げて謝意を示すが正直スープは一番自信がない。要改良のオンパレードだがよく考えたら麺も具にもあまり自信はなかったので全てを飲み込んだ。


「この澄酒も熱田大宮司殿が作ったと聞いておりますぞ」


俺の事を肯定的に語ってくれたのは北条氏政だ。持ち上げてくれたのは嬉しいが決定的な間違いとして俺が作った訳ではない。


「ほう」


信玄が比較的酒精の強い澄酒を飲んで頬を染めている。相変わらずこちらにじっとりとした視線を向けてくる。酒が顔に出やすいのだろうか?

そうしてこの時代では酒に当たり前にしている混ぜ物、それを全くしていない日本酒を美味い美味いと水のように飲み下していく。

そんなスピードで飲んで大丈夫かと少々心配をしていたのだが全く大丈夫ではなく賑やかで和やかな雰囲気だった三人はほどなくして潰れ、懇親会としては異例のスピードでお開きとなった。


特に酒に弱かったのは信玄で顔を真っ赤にしてつぶれてしまっていた。立ち上がるどころか座る事すらままならぬ有様で、このままこの場でアザラシのように転がるのは三国の盟主としての面子的に不味いと感じた俺は急いで近くに寄り肩を貸して上体を起こす。

この時代ナメられたというだけで人の上に立てなくなるしそんないらん面子を雪ぐだけの為に戦もする。頼むから三国同盟の懇親会でそんな不破の種を蒔かないで欲しい。俺はそんなアザラシを支え廊下に向って呼びかける。


「武田様のお付きの方はいらっしゃるか!」


するとほどなくして襖が開き美形の男がいそいそと入ってきた。


「御屋形様!」


美形は信玄の酩酊した様子を見て俺を邪魔者とばかりに突き飛ばし顔を真っ赤にした信玄に肩を抱く。


「少々酒に煽られたようでございます」


俺は安心させるように彼に優しく声をかけるが鋭い目つきで滅茶苦茶睨まれた。不条理な上に不作法じゃね?と思うがここで信玄に肩を貸すくらいだから武田では相当立場のある男なのだろう。

正論は意味をなさずキレたモン勝ちは今も昔も変わらない。この時代それはより顕著である。

お、俺は悪くないし…などと心の中で考えるがその考えは甘いと実感するのはもう少し先の事だった。

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