第一二三話 羽豆崎の酒宴

俺達は羽豆崎で例年より早めの稲刈りに精を出していた。正直腰が痛くなる単純作業だ、偉い奴はやらないのだろうがなんだかんだ俺は毎年何処かで稲刈りをしていた。この時代米はイコールお金のようなものだ。しっかりこの手で刈り取る事で収穫を実感出来、満足感がある。単純に嬉しいのだ。

しかしそれでもやはり重労働、令和の人間としてはこの稲刈りをラクにするべくチート知識を使ってコンバイン無双したくなるものだが残念ながら俺の現代知識チートでコンバインは作れない。一体何度目の現代知識の敗北だろうか?


羽豆崎には当然のように秀さんも付き合ってくれているのだが、今年は珍しい人間もやってきていた。先日俺の義理の弟となった「千秋龍興」一色式部大輔…斎藤龍興である。


「旦那がやってるなら俺もやらないワケにはいかんだろ」


そういうものらしい?とはいえコイツも貴人の類のハズだが随分と農作業が身についたものだ。だがこの時代の人間らしく令和基準の俺からすると龍興もナチュラルに体力おばけである。


「旦那、刈り終わったら酒は出ないのか?」


そんな事をこぼしてチラチラと俺を見てくる。


「…少しだけだぞ?」


「やった!!」


龍興はこういう奴だ。扱いやすいというべきか案外可愛いというべきか…まぁせっかくだし新嘗祭でもやって収穫祭としゃれこもうか。それなら酒の一つでも出すのも吝かではない。


◇ ◇ ◇


さて俺の冴えた脳でもコンバインを作って無双は少々難易度が高く早々に諦めたのだが、それよりも兼ねてより気になっていた羽豆崎の真水不足の解消方法を考えていた。

秀さんが開発したコンクリートは鳴海競馬場の外周を補強して水の浸食を防いでいる実績もあり、これで小山の頂に小さいプールを作って雨水を確保出来ないものかと思ったのだ。コンクリートも細々と生産しているだけなのであまり大きな物を作る事は出来ないのだが、この施工には少し無理をしてもらった。問題なく使えるようであれば将来的にはこれを幾つか作って村民に真水が行き渡るようになればと思う。

だがコンクリートでプールを作るのは問題無いのだが溜めた水を開放する方法には随分頭を悩ませた。


「…水門とは画期的じゃとは思うがそんな大量の鉄を用意出来んじゃろ」


秀さんにそう一蹴されてしまった。結局コンクリートの栓を鉄のネジで開閉するような仕組みになった。すぐにゴミが詰まりそうな気もするがまぁ仕方がない。だがネジの仕組みには驚いていた。


だがそれより驚かれたのは濾過の概念だった。うろ覚えの知識から壊れた壺に小石を詰めてその上に砂利を詰め、炭を詰め、再度砂を詰めるという簡単なものだったが、濁っていた水をゆっくり通すとそれなりに綺麗な水になった。流石に沸かさないと飲用するのは危険だと思うが、ともかく溜め池と併用する事で安定した飲み水の確保が出来るのではなかろうか?心の中でそんな自画自賛をしていたが秀さんからは疑問の声が出た。


「殿は何処でこんな知識を身に着けたんじゃ…?」


「え……サバイバル?」


「さ、さばいばる?」


そんな名前のマンガに書いてあった気がする。一瞬「おばあちゃんの知恵袋」と答えようとして言葉を選んだのだが、流石に千秋のおばあちゃんはこんな事を教えてくれるほどサバイバーではなかったのでそれで誤魔化し押し通す事にした。


「小一郎、こんくりぃとの量には問題ないか?」


「はい 万事滞りなく」


秀さんが小一郎と呼んだ男は秀さんの実弟らしい。羽豆崎の村長は秀さんなのだが、俺の都合で稲葉山城に抑留されたりと村を空けてばかりなので最近はこの弟の小一郎という男が代理を務めていた。

体格は良いわりに人の好さそうな柔和な感じがある男で秀さんの弟という割にあまり似ていない。似ている点は有能だという所だろうか?方々を走り回って機転を利かせるのは秀さんに分があるだろうがとにかく調整役として頼りになる男で村長(代理)としてはうってつけの男だった。


そしてそこに足音を立てて入ってくる闖入者がいた。


「おうおう旦那!飲もうぜ飲もうぜ!!」


俺の義弟、秀さんの義理の伯父、龍興である。秀さんは複雑な表情を浮かべている。敢えて言葉にするなら苦い笑顔のようなもの?なかなか表現しづらい表情だった。


「お?お前が旦那の懐刀という秀吉とやらか?」


「龍興殿には挨拶が遅れました、千秋秀吉と申します」


秀さんは慇懃に頭を下げるが先ほどの苦い笑顔のようなものではなく何処となく空気が和らいでいた。見え透いたおだてに乗るタマではないとは思うのだが…


「おう!これからは親族だからな!ほれ、お前も一杯やろうぜ!!」


龍興は秀さんの肩を叩き盃を渡す。まだその表情は硬いものだったがやはりどこか険が取れているようだった。


「それでは私は何かつまみを探してまいりましょう」


そう言って小一郎は柔和な笑顔のまま立ち上がり、台所に向かって行った。


「気が利くねぇ」

「そういう所は兄弟なのかね」


龍興が何気なく、感心したように呟く。

弟をほめられて満更でもなさそうな秀さんだったが俺は龍興に驚いていた。これが人の上に立つ者の器というヤツなのだろうか?酒さえ程々にしておけばコイツは竹中に美濃を追われる事もなかったのではなかろうか?とはいえそれはたらればでしかない。酒に呑まれ正体を失わなければという仮定、別の世界線での話だ。


「何度も言うがお前は飲み過ぎるなよ?」


俺も盃を受け取りつつ龍興に釘を刺しておく。


「大丈夫大丈夫!心配性だな旦那は!!」


こうして俺は龍興の上げた評価を元に戻すのだった。

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