第一二二話 ねぎらいの稲葉山城

今川義元が稲葉山城に入る。それに対して挨拶をするのは城主のうしおこと織田信長の嫡男奇妙丸。半年ほど会えなかったが少し大きくなったろうか?小さな城主として微笑ましくも立派に挨拶をしている。そしてその後ろに控えるのは後見人である明智光秀だ。

見事に織田信長を中心とした歴史の主役達である。


織田信長の子である奇妙丸。

織田信長に殺された今川義元。

織田信長を殺した明智光秀。


歴史に全く自信がないのだが、この奇妙なスリーショットはお目に掛かる事は出来ないのではないだろうか?つーか家臣団の中に何気なく秀さんこと豊臣秀吉まで混じっている。これに家康こと元康が何処かにいれば完璧だったな…そんな俺から見たらやたらと豪華な面子だった。


『織田がつき羽柴がこねし天下餅、座りしままに食らうは徳川』


そんな歌があった気がする。つく者がいなくなったこの戦国時代に終わりは来るのだろうか?


◇ ◇ ◇


義元を無事に京へと送り、稲葉山城にて明智光秀と秀さんを囲み話をしていた。二人の労をねぎらう為だ。骨を折ってくれている後見人の明智光秀と秀さんには頭が上がらない。


「明智殿には美濃への安定への尽力、本当に感謝している」


実際美濃で土岐氏に連なる者という触れ込みは相当重く受け止められており、盤石たる支配とまではいかないが政情の安定への寄与は計り知れない。


「もったいないお言葉で御座います」


戦国時代にわか勢の俺としては光秀は信長と不仲なイメージもあるけれどそれは本能寺の変あっての結果論で、高い能力があって信長に頼りにされていたからこそ謀反が成功したのだろう。知性を感じ穏やかで人格者である光秀を見ていると心を許してしまう気持ちも分かる。ホント俺なんぞは気をつけねば…

しかし不仲の元ってなんだろう…食べ物を粗末にしたから?だっだろうか?正直この男のキレポイントが分からないのが怖い。


そして二人にはこの美濃攻略に関して残念なお知らせをしなければならない。特に猶子である秀さんこと千秋秀吉に大切な報告をする。


「秀さん…突然だがお前には良い知らせと悪い知らせがある」


「…殿…突然なんじゃ?」


「お前に…義理の叔父ができた」


「えええ…」


俺の義理の息子という立場である秀さんは困惑顔である。暫く頭を抱えた秀さんだったが報告が二つであった事を思い出したのか訊ねてくる。


「それで…良い知らせというのはなんじゃ?」


表情豊かに苦虫を噛み潰したような顔をする秀さんだったが、俺はその問いに多少の申し訳なさを感じ、暫し答えに窮する。


「…いや、今のは良い知らせの方だが?」


「ぇぇぇ…」


秀さんは頭を抱えた。


「じゃあもっと悪い知らせの方は…?」


こめかみを押さえて秀さんが問ってくる。「良い知らせと悪い知らせがある」という受け答えは一度はやりたくなると思うのだが、この場合内容が内容なだけに「悪い知らせと更に悪い知らせがある」といった方が良かっただろうか?そんな事を思いながら俺は悪い方の知らせを告げる。


「名を千秋龍興という」


「殿ォ……」


秀さんは三度頭を抱えた。


美濃乗っ取り計画の最後の一手、一色式部大輔、斎藤龍興を尾張で出家させる事で美濃に憂いを残さず安定化させる。その計画の失敗、今後の美濃の情勢に大きな不安の種を残す事が確定したのである。画竜点睛を欠くというのは正しくこのような事をいうのだろう、そしてその報告になった。


「殿の事じゃから何かお考えあっての事じゃろうが…お世辞にも今の美濃の政情が良いとは言い切れんぞ…」


申し訳ないがそのお考えとやらはあんまりない。龍興を出家させられなかったのは「酒が飲めなくなるなら出家なんてしない!」とゴネられたからである。だが秀さんの気持ちも分かる、俺も龍興がダメ人間過ぎて何度頭を抱えた事か…だがもう流石に開き直った。


「それは理解してる…が、既に龍興がいてもいなくても政情が不安である事に変わりはないだろう?」


現状美濃は斎藤龍興が居なくなり稲葉山城の明智光秀と濃姫を中心とした「土岐氏、斎藤家」と、西美濃三人衆と呼ばれた安藤守就が中心となった「美濃国人衆」で二分しつつあるようだ。

元々安藤守就は斎藤龍興アンチで今更旧国主である斎藤龍興を担ごうとはしないだろう。もしかしたら小規模の勢力が取り込むかもしれないが第三勢力までに発展する程斎藤龍興がカリスマを発揮するとも思えなかった。


「厳しいのは理解するが光秀は土岐氏に連なると聞く。道理としては斎藤家の帰蝶殿がいれば美濃は治まると考えている」


美濃守護である土岐氏と斎藤家の濃姫、彼らを中心に据える事で美濃支配への名分は立つ。ちなみに帰蝶殿は現在鷺山とやらに住んでいて此処稲葉山城にはいないようだった。


「もちろん尾張も後詰は出せるようにしておく。だが無理をする必要はない。一番の目的は京へ上った治部大輔様の帰りの安全だ」


「そして厳しい内情を理解して言うのはすまないが、これから尾張で駿河、甲斐、相模の三国同盟で競馬大会を開くにあたってうしおと秀さんには尾張に戻ってきてもらう」


秀さんは手が足りないのでこちらに引っ張ってくるのだが、うしおに関しては完全に方便だった。


「頼りにしている、よろしく頼んだぞ」


「ははっ!」


彼らの思惑とは別に俺は美濃の統一にこだわるつもりはなかった。必要があれば光秀を助け、二分する勢力で均衡を保てるのであればそれは平和と呼べるだろう。最悪東山道だけ抑えられれば良い、むしろ欲をかいて今川からも安藤からも突き上げが厳しくなるなんて未来は御免だった。


この時点での仮想敵は安藤守就、そして竹中なんちゃらであったが、事が明後日の方向に大きくなるとは予想だにしていなかった。

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