第一二一話 義元上洛

長月、今川義元が京へ上る為、三河の松平と共に六万の兵を率いて尾張にやってきた。

義元は熱田神宮ウチに泊まるとしても六万もの人間を尾張の何処で野営させるんだ…と頭を悩ませていたが、鳴海競馬場に三万人程入れたらほとんどの兵を収容出来た。散り散りに小規模の野営を行っている軍はあるようだが、それでも二万人以上もの人間が一体何処に消えたのだろう…?そんな大勢の人が消えたミステリーはさておき、俺は尾張から美濃の稲葉山城まで先導役を仰せつかっていた。旅程としては一日だ。

三河の松平の連中は先発隊として那古野に逗留してもらい、そうして現在熱田神宮では小さな酒の席を設けていた。


「競馬大会には儂が顔を出したかったんじゃがの…」


いつものように澄酒を出していたら義元の口から愚痴が衝いて出た。俺もなんとなく新しい当主の今川氏真が戦に出て競馬大会には義元が来るべきでは…と思っていたが、本人も納得のいかない所があるようだ。


「じゃが此度の戦、御前で無様は晒せぬ」


数でも圧倒的有利な戦になるとは思うが、新将軍とそこに集ってきた諸侯の手前勝ち戦だからこそ手は抜けないという事だろう。


「負けて良い戦などないとはいえ、アレにはもっと戦慣れさせておくべきじゃった」


酒精を含んだため息を漏らす。戦場では何が起こるか分からない。どうやら義元にも葛藤があったようだ。既にアラフィフに足を突っ込んだこの時代なら老年といっても過言ではない義元は家督を息子氏真に譲って久しいハズだがそれでも老骨に鞭打って…と表現するのは些か力強い筋量を誇るこの世界での義元だ。俺の令和知識では蹴鞠とか好きそうだったのに…ともかく何の因果かこんな大軍を率いて京に上らないといけないのだった。


「其方は其方で将軍と友誼を結んでおったと思うが、此度の戦には関東管領も従軍する」


関東管領…俺も最近勉強したから分かる。コイツは長尾だの景虎だのコロコロ名前を変えていて分かり辛かったが多分上杉謙信だろう。俺は未来のチート知識もあるから分かってしまうんだ。(ドヤッ)


「関東管領と先の将軍は深い間柄でな、此度の遠征もその関東管領が弔い合戦を強く望んだ故に成った」


へぇ…それは知らんかった。三好三人衆とやらもとんでもない奴に目をつけられたもんだな。


「じゃが関東管領は武田と北条と長年争っている間柄。そこで両国と同盟にある今川に鉾を収めるようにと将軍から文が届いた。故に同盟の武田と北条に今年は戦をせぬという口利きをしたのじゃ」


それで三国での競馬大会と相成ったのか。今川、武田、北条の三国には血縁関係もあるらしいから一応親戚会みたいな感じになるのか?

俺がそんな益体もない事を考えていると改まった風に義元が話を続ける。


「其方も先の将軍と友誼を紡いだ故、思う所もあるであろう。じゃが此度は三国の盟約を深める為にもひと働き頼むぞ」


「は、はい…」


あの将軍様や近衛のおじゃるに関して思う所が無いかと問われればそりゃあるのだが、俺は首級とか自慢されるとフツーに夢に出る程度に弱い精神の持ち主だ。戦は苦手だし殺し合いも嫌いだ。というか弔い合戦とかいう蛮族文化を許していたらいつまで経っても戦は無くならんだろと考えてしまう程度には今も頭令和の人間なのである。

今回は戦働きなど求められずお留守番をして平和裏に三国の仲を深めるイベントを開催しろというのだからこれは大歓迎なのだが、そこに義元が戦国仕草をぶち込んできた。


「まぁ其方は戦好きとも思えぬが、少しでも兵を出しておけば勝ち馬に乗る事もできよう」

「迷惑をかける分悪いようにはせぬ、預かろうぞ」


そうして言葉を終えると義元は新製品の琥珀酒をあおったが、どうも表情からしてこちらは不評のようだった。


◇ ◇ ◇


小さな酒宴も終わり、俺は正しく自宅の警備をしていた。

義元の寝所周りには一宮さんや久野さんを始めとした信のおける者が固めており、俺達熱田の者は寝所には近付かぬよう神宮全体の警備をしていた。

そうして篝火の元、番をしている仏頂面の男を見つけた。疋田文五郎である。


「疋田」


この男はウチで剣術指南役なんて事をやってくれているのだが先の将軍、足利義輝はコイツの弟弟子に当たる。


「治部大輔様がウチからも兵を出す事を許してくれた」


疋田が目を見開き驚きの表情を浮かべる。余り表情を表に出す事のないコイツにしては珍しい。望むのならば出来る限り兵を揃えて送り出すつもりでいた。


「ついては俺の代わりに治部大輔様について従軍してはくれないか?」


「……よろしいのですか?」


自称六万の大軍の中に一人二人増えた所で大勢が変わる事などないだろうが、一応熱田からも兵を出して新しい将軍に恭順したという姿勢も見せる事が出来る。

何より俺は仇討ちなんて考えていないがこの時代に生きる者にとってはこのケジメの戦に参加する事自体に大きな意義があるだろう。


「ああ。お前が強いのは知っている…必ず生きて戻って来い」


「…かたじけのう御座います」


そうして翌日、疋田は三十名程の兵を率いて義元傘下の一武将として京に向かう事となった。

俺は彼らの背を見遣りながら思う、新しい将軍って誰なんだろうか?

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