第一一九話 那古野孤児院

思い立ったので人材派遣会社を作ろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。


「そういうわけでお裕殿、この子らの面倒をみては貰えないだろうか?」


「…何を考えておりますの?」


お裕殿は眉間に皺を刻み絶句していた。

握り飯で釣ってきたのは十になるかならないか程度の小汚い子供が十人、この那古野にのさばる孤児の面々であった。


「社会奉仕…のような?」


俺は何故か孤児院もどきを作る事になっていた。

元々は人材派遣業を考えていたのだが、この時代暇な人というのは存外少ない。物乞いであっても食っていける宛てを持っているという事は大抵何処かのコミュニティに属しており、こちらの労働条件を提示すると嫌な顔をしたのだ。ではコミュニティに属していない者を探すと…それが孤児だった。

勿論彼らも遅かれ早かれ何処かのコミュニティに属する。そしてヤクザの鉄砲玉になって死んだり、体を売って死んだり、無頼漢となりその腕一本で成り上がって死んだり…とまぁ戦国仕草である。なら俺が釣ってきても問題はないだろう。


今は忌諱感しかないだろうが何事も最初は問題しかない。そして俺はその忌諱感を少しでも取り除くべく孤児らに号令をかける。


「お前ら…臭いから水浴びするぞ!」


彼女が嫌な顔をする理由の一つは確実にこれだろう。家に上げれば家にその臭いがついてしまうのではなかろうか?ちなみに腋臭のような臭いではなくそれはどちらかというと糞便の臭いであった。不衛生極まりない。

そうしてそこから十人の子供を丸洗いする騒ぎとなったが、俺は握り飯をチラつかせつつなんとか一仕事終えた。


◇ ◇ ◇


「私に説明もなくこれだけの孤児を連れてきて…季忠様にはお考えがあっての事でしょうがその説明を頂きたいですわ」


俺は真昼間から正座をして絞られていた。ちなみに孤児達は丸洗いの後に握り飯を食べて今は昼寝中である。

この孤児院もどきの創設に俺は人材確保だけでなく別の思惑もあった。


「お裕殿の持つ「人を育てる才」を使って良い人を、良い兵を、良い将を育てて貰いたい」


俺はお裕殿に深々と頭を下げた。まぁこの計画…といっていいものかも不明な事業は丸投げされた方としては不機嫌にもなるだろう。


「うしおに格別の情を注いでくれた事は本当にありがたく思っている。だがその才を持て余す今のお裕殿を見て余りに勿体無いと感じている」

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方…という」


…んーコレ誰が言ったんだっけ?


「お裕殿にはその力で国を発展させ富ませる事が出来る人を育てて貰いたいのだ」


うしおの健全な成長は生まれの良さもあるだろう。だが彼女は人を育てるという事に生きがいやらやりがいを感じているようだった。何より彼女の才能を放っておくことは国にとっての損失だ。


「わ、私にそのような大仕事が出来ましょうか」


大風呂敷を広げて彼女の為みたいな事を言ってはいるが面倒事の押し付けでしかない。だがお裕殿もうしおが出て行ってからというもの如何せん覇気がないのだ。その才能を活かせる場を作りたい。

そして俺は彼女が育てた立派な人材を使う…まぁ人材としてまともに活用出来るようになるには時間がかかるだろうが。


「優秀な人を育てるにはそれだけの才が必要だ、これはお裕殿以外に出来る事ではないと確信している」


俺は色々と口上を述べる。

そうして彼女は俺の目をしっかりと見据えた。俺の真意を探ろうとしているのかもしれない。その目には人を育てる事の大切さと責任を量りにかけているようにも感じた。


「余り難しく考えないで欲しい、彼らがここから出て行きたいというのならそれでも良いのだ。だが一つでも手習いがあれば世の役に立つだろう、読み書きが出来れば彼らは何処かで必要とされる。それは土地が富む事に繋がり巡り巡ってきっとお裕殿を助けてくれる」


この時代寺子屋なんて上等な物はない。いや、探せばあるのかもしれないが多分あれはもう少し時代が進んで安定した江戸時代になってから広まるのではないだろうか?少なくとも俺は見かけた覚えがなかった。


「はぁ…分かりました。季忠様も一蓮托生で御座いますからね?ゆめゆめお忘れになりませぬよう」


お裕殿は深い溜息をついて呆れ半分そう言ったのだが、その言葉とは裏腹に語気は優しかった。


◇ ◇ ◇


那古野で孤児院もどきを作り最低限の支援、そしてお裕殿に頼んで教育を施してもらう事になった。


そんな彼らには城の水汲みやら掃除やら草むしりやら料理の下ごしらえ等の雑事をさせ、猫の手も借りたいという場所に派遣業務を行う。そして毎日一時間程度読み書き等の手習いをさせる。

令和ではポリスメンがコンニチワしそうではあるが此処は基本的人権というものは欠片も存在しないし労働基準法や児童福祉法なども存在ない蛮族世界。自らが食うだけで精一杯な上に死と日常が近い戦国時代だ。当然見知らぬ孤児の事など社会問題どころか話題にもならない。

そんな末法の世せいきまつでこの孤児院もどきはどうも慈善事業に当たるようだ。那古野の住人はこの井伊のお姫様を外からやって来た為政者として快くは思っていなかったようなのだが、彼女を慕う孤児達を見て態度が次第に柔らかくなる。きっと皆心の中では飢えた子らを見て「なんとかしてあげたい」とは思っていたのだろう。


しかし俺は人材派遣業を営みたかったのにどうしてこうなったのか…内心頭を抱えてはいたのだが…ふと仏頂面だった孤児の子が笑みを見せたのを見てしまい「まぁ未来への投資だな」と割り切る事にした。



ちなみに長期的な展望は壮大で慈悲深いものだが短期的には別の思惑もあった。

お裕殿は覇気はないものの元気は余っていたのだ。彼女は立派な女城主として公務に勤しんではいるが、うしおを鍛えていた頃と違い教鞭を取る事が無くなった。彼女自身で剣術や槍術、馬術のような体を動かす事が無くなった分、力を持て余しストレスを抱えていたようだ。

そしてその余った元気とストレスの矛先は俺へ向けられた。それは一方的なエネルギーの搾取であり、このまま対策を講じなければ俺が絞られ大変になるであろうことは明白だった。


この事は誰にも伝えず心の中だけに留めておく。

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