第一一八話 忠臣

今川義元が軍を率いて上京する。多分歴史に残る大イベントだが残念ながら俺にお声はかからなかった。俺の覇道は遠い。

だが経由地となる尾張、そして美濃で何かがあると俺の責任問題になる可能性がある。尾張は問題ないだろうが政情不安な美濃は正直かなり不安である。軍の行進を襲う馬鹿もそうはいないだろうが何かあったら俺の立場が悪くなるのは目に見えていた。一度安藤とやらにも警備や宿の話を通しておく必要がある。


だが俺にとっての一番の関心事は競馬大会だ。今川、武田、北条の三国の盟主が集い文化的?に平和の祭典を楽しむ。こちらも歴史に残る…かもしれない。

というか武田の兵と北条の兵そして今川氏真の兵が来るのだ。規模こそ分からないが癇癪でも起こされたら普通に戦場になる。そして例えそれが小規模でも起きれば今後に禍根を残し同盟関係にヒビが入る可能性すらある。

そしてこの時代の人間のモラルをあてにしてはいけない、むしろ恥をかかされたら全てを投げ打ちその場で斬り殺し自らも死ぬ…それを美徳と思っているフシすらある頭のおかしい連中である。

そんな蛮族集う競馬大会には警備の兵が必須だ。

そんなわけで俺は鳴海競馬場に縁の深い鳴海城へ警備の兵の強化を頼むべく岡部元信に挨拶をしに来ていた。


…なのにアテが外れた。


「ワシらは治部大輔様についていく」


岡部元信は開口一番わけのわからない事をのたまった。あたまおかしいかこのおっさん?


「えーと…正気でございますか?」


岡部は今川の重臣ではあるのだが今回のレースに馬を出すようには言われていないようだった。それでご機嫌がよろしくないのだろうか?そもそも騎手の選定は義元ではなく氏真が仕切っているようなのでもしかしたらイマイチ覚えが良く無いのかもしれない。

令和の文化的思考ならこういうイベントに私情をはさんで協力しないなんて「大人げない」といわれ後ろ指をさされそうなものだが、へそを曲げて協力しないなんてこの戦国野蛮人あるあるである。

一応鳴海城の城主なので岡部は尾張勢といえない事もないので俺の持っている一枠で参加させようにも美濃には縁がない。なので全く考えていなかったのだが警備の事を考えたらそれをチラつかせて交渉材料にするべきなのだろうか…?

何にしても岡部は競馬慣れした良い馬を多く抱えている。虫のいい話ではあるが馬だけを借りれないかとも考えていたのだが…それでも三国の盟主が集って開かれる競馬大会の警備を固めるべく話を進めた。


だが岡部の頭は驚いたことにお花畑に湧いていた。


「恩義ある殿に黙ってついていく、それが忠臣というものじゃ」


バカがドヤ顔をキメている。頭ハッピーセットか?しかも「黙ってついていく」という勝手についていくつもりのような発言、ストーカーの心理ではなかろうか?だが明治や大正の小説ではストーキングは愛という風潮まであった。この時代なら忠義の顕れと勘違いしているのかもしれない。


「…自分は今川様の軍議に口を出せるような立場ではございませぬが…治部大輔様からそのように仰せつかっておいでなので…?」


もし義元直々に岡部に京に同行するよう言われていたら鳴海競馬場の警備はどうしたら良いのか…義元は三国での競馬大会を軽視しているのだろうか…?


「ワシの独断じゃ!」


独断バカだった。

武田と北条が一応平和の祭典とはいえ兵を携えてやって来るのだ。それどころか同盟を結んでいるとはいえ何かの調子でぶつかったら事故どころか同盟破棄の戦になるかもしれないのだ。少しでも抑止力が欲しい。

それに何かの拍子でどこぞのアホが粗相をしないとも言い切れない。この時代の人間の民度には毎度驚かされる、勝っても負けても脱ぐわ踊るわ脱糞するわ、大乱闘が当たり前の蛮族仕草だ。子供が遊びで石投げ合戦なんてする頭のおかしい世界である。何かの事故が起こらないとも限らない。

勿論この男もいつもの鳴海競馬場の惨状を知らぬ筈もない、戦国蛮族共が暴れた時に対処出来るのは同じレベルのお前しかいないんだからな?

だが岡部のオッサンからは静かに達観したかのようなストーカー染みた発言が飛び出した。


「治部大輔様も何も言ずともワシが同行すると考えておられるであろう」


この時代の蛮族ってそういう所あるよね…俺は宇宙猫のような貌になりながら必死に岡部を引き留めるべく説得を試みる。


「何卒…三国の同盟の為に岡部様のお力をお借りは出来ませんか?」


「ならぬ!ワシは刀故、自らの意思でなく在るべき場所に収まるまでよ」


ダメだなコイツ…なんか完全に自分の世界に入ってるわ。


「岡部様、お言葉ですが治部大輔様はこの度の遠征におきまして岡部様には今川家の将来そのものである氏真様をお守りする事を望まれていらっしゃるのではないでしょうか?」


俺はストレート正論パンチを繰り出す。


「治部大輔様には松平も付いており…」

「知った風な口をきくな!!」


俺の言葉に被せるようにオッサンは激高した。


「松平の青二才などに後れをとってたまるか!!」


どうやら松平の名を出したのは悪手だったようだ…そして俺の言葉は岡部のオッサンの心に全く響かなかった。


「ワシは絶対についていくぞ!忠臣というものは黙っていても刀のようにイザという時は必ず殿の傍にあるものぞ!」


美談染みた話にしようと必死だが、俺にはいいトシしたオッサンがアイドルのおっかけ…を装ったストーカーじみた事をのたまっているようにしか見えない。本人が許可していないプライベートイベントに勝手についていくのはストーカーでいいだろう。甚だ迷惑である。


だが岡部のオッサンからは口答えは許さぬという目力とか圧が強い。その力強い瞳は京都旅行に行く気満々の学生のものであった…血走ってさえいなければ。説得は完全に失敗、思ったよりバカが深刻だった。

だが岡部のオッサンはふと何かを思いついたのか俺に向ってドヤ顔でのたまう。


「なに、良馬の一頭くらいは置いていってやろう!」


…え、まさかそれで許せと?馬一頭で俺を懐柔出来ると思っておられる?


「しからば熱田大宮司殿、留守は頼んだぞ!」


人手不足故に鳴海競馬場の警備を頼みに来たのに城の留守まで頼まれてどうしろというのか…文句しかなく俺は頬をひくつかせるのだが、オッサンの勢い的にこれ以上水を差したら闇討ちでもされかねない雰囲気だったので俺は文句を言いたいのを飲み込んだ。


◇ ◇ ◇


俺は鳴海城を出て思った以上に成果が得られず落胆する。とにかく人手が足りない、この時代警備会社か人材派遣会社はないものだろうか?無いなら今からでも作って将来に備えるか…

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