第一一七話 騎手選定

さて、今川義元が京に上って三好とドンパチをするという事はこの三国同盟競馬大会はきっと現今川家当主、今川氏真が仕切る事になるのだろう。

俺は氏真とやらに会った事はないが一体どんなヤツなのだろうか?本当ならここで俺の前世知識が火を噴いてチート攻略法を考えたい所だが、残念なことに俺はこの今川氏真という男の一切を本当に全く何も知らない。

今川義元が桶狭間で敗れてから今川大帝国は一体どうなったのか?どうも聞いた話では義元は桶狭間の時点で家督を氏真に譲っていたようなのだが…史実()では三河の徳川家康の台頭でいつの間にか消えていたという印象だ。なら今川氏真が桶狭間の後、今も生きているというのは相当レアな未来なのかもしれない。もしかしたらこの世界では義元や氏真の他にも史実()では死んでいるヤツが大きなカオして生きているのかもしれないが…もし望めるならそんな面白いヤツの顔を拝んでみたいものだ。


そして今川氏真からの書状には他にも細々と要求が書いてあった。パワハラ上司的無茶振りだろうがブラック企業真っ青の連続就労時間だろうが出来なければ物理的に首が飛ぶヤベー世の中だ。三国同盟杯の開催は俺の一存でどうなるものではない、やれと言われたらやるしかない。長い物には巻かれる、それが長生きの秘訣だ。


「十枠のうち今川が三枠、武田が三枠、北条が三枠で残り一枠を会場となるウチから出せ…か」


鳴海競馬場の大きさから十枠くらいが妥当だと思ってずっとそれでやっているのだが何処から聞きつけたのか氏真はそれを増減させず律儀に平等に三枠ずつ、そして残り一枠を俺が決めて良い…みたいな事が書いてあった。


「十枠にこだわらずに九枠で走らせりゃ良いと思うんだがな…」


三国同盟の競馬になんで尾張の俺が入るのか意味がわからん。


「よ、よろしいのですか?」


「よろしいも何も三国同盟に尾張が顔出すのおかしくないか?」


滝川のオッサンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「いえ…そういう事ではなく…九枠で開催してもよろしいものなのでしょうか?」


…え?そこ?

俺の知っている競馬はもっと出走馬が多い印象だったのでむしろ十枠は少ないと感じていたのだが…九は「くるしむ」とかで嫌がった可能性もあるか?

ただ十枠というのを慣例にして永劫に守るつもりなのだろうか?まぁ丁稚の掛け率の計算が面倒になるから今まできっちり十枠で開催していたのだが…それを慣例と勘違いさせてしまったか?


「いや…俺は逆に何故十枠にこだわるのかがわからん…馬場の大きさ的に十二枠でも大丈夫だと思うんだが…」


とはいえ十枠でやる事自体はもう決定事項みたいなので俺も一枠選ぶ権利がある。だがそれにもやたらと注文が多かった。


「尾張の者で織田に縁がなく、なおかつ美濃に縁がある者が望ましい…ねぇ」


尾張が今川の勢力圏であるのは間違いないのだが、そこに美濃にも影響力を持っている事を誇示したいのだろう。

現在美濃は守護であった土岐頼芸とやらが斎藤道三に追われ、以降行方知れずとなっている。更に性質が悪いのが土岐氏嫡流を名乗る家がわれよわれよと名乗りを上げて美濃はわりと政情不安な状態だ。


「今川が尾張と美濃に影響力がある事を誇示したいのでしょうな」


一応「斎藤家のうしお」が「土岐氏嫡流である明智光秀」を後ろ盾として安定を図っているのだが…そんな思惑とは別に竹中なんとかとその叔父である安藤守就の影響力が大きくなっている。元々安藤守就は西美濃三人衆とやらに名を連ねる美濃の有力者で今回のクーデターの立役者の竹中一派としてその立場を強くしているようだ。

今川の思惑もあり帰蝶姫の気持ちもあって美濃を引っ掻き回す事になったが結局竹中に良い様にやられている気もする。


話が逸れたがそんな混沌としている美濃にも影響があると誇示したいとか欲張りさんにも程があるだろう。


「たったの一枠に夢詰め込み過ぎだろ…」


馬はピンからキリまであるが間違いなく高級品だ。更には今回のようなレースの騎手には乗馬の腕が求められるので自然と出場出来る者も限定される。普段から騎馬隊やら編成して修練している者が沢山いるのなら選り取り見取りだろうがウチは神社、神兵といえば聞こえはいいが工兵だ。


「この条件だとうしおも候補には上がるか…?まぁ年齢からしてないが同様に明智も歳がなぁ…」


うしおは五歳。逆に明智光秀は五十くらいだろうか?この時代では老年といっても過言ではない。

正直氏真が尾張代表の騎手に求めているのは名指しこそしていないが千秋季忠おれだろう。だが俺は転生者なのか転移者なのかしらんが馬術は不得手だ。馬に乗るだけ…少し走る程度ならなんとかなるが全力疾走となると話は別だ。原付以上のスピードでぶっ飛ばすわりにヘルメットも無い上に馬の背とか揺れるわ高いわで常識的に考えてあぶねぇだろ…俺は裏方に徹する。


そんな危険な役は誰かに任せるに限るのだが…


「あとは…一色式部大輔殿も候補になりますか」


龍興の名が出てきたか…まぁボンボンだし馬の扱いにはそれなりに長けてるかもしれないが流石に奴はダメだ。


「そもそもアイツ尾張に縁がないだろ」


そう、龍興は生粋の美濃っ子である。


「縁が無いなら作ってしまえば良いのでは?」


「簡単に言うな…たかだか競馬で斯波様に養子縁組を頼めというのか?」


斎藤龍興…もとい一色式部大輔。一色姓を名乗っていた男だ、エライ…らしい。縁の薄い木っ端な所の養子縁組など受ける筈もない。尾張で家格が合うとなると斯波だ。競馬大会には尾張と美濃に縁があるもの…という要望だが同時に三国より「下」に見られるのは間違いない。そこに斯波姓というのも不味い。


「いえ、殿の婿養子として迎えるとか」


「は?」


俺が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。


「静香の……婿!?ありえんだろう!?」


俺は激怒した。


「娘にロクデナシの相手なんて可哀想な結婚をさせたい父親がいるか!!というか静香はまだ三歳だぞ!?婚約にしても早すぎるだろう!?!?」


珍しく声を荒げる俺にオッサンがたじろぐ。


「それなら猶子として迎えるか…」


コイツ…千秋家ウチをゴミ箱と勘違いしてねぇか!?


「しゅ…出家をしない理由にもなります故」


「それは……俺はあきらめてねぇよ…!」


確かに斎藤家から抜けるなら政治的には美濃への支配を諦めるとも取れる。実際アイツは酒が飲みたいから出家したくないと駄々をこねているアホだ。付き合ってまだ短いが美濃への執着は不思議なくらい感じられない。

だが周りがそんな彼をどう見るかは分からない。それどころか出家をしない意味を深読みする者もいるだろう。

出家をしない龍興を匿っているのが俺となると竹中や安藤とやらが敵になる可能性もある。美濃にうしおがいる事を考えると軽はずみな事は出来ない。


「大会の開催は神無月か…」


龍興を出すかは考えるとしてもまだ三月程猶予がある。それなら万が一を考えてうしおと秀さんをとりあえず尾張に戻して稲葉山城は明智光秀に任せてしまおう…


お祐殿もうしおに会いたがっている…というかいい加減彼女の寂しさを紛らわそうにも俺が限界だ。

自分がそろそろ若くない事を自覚しつつ、うしおを尾張に呼び戻そうと心に決めたのだった。

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