第一一五話 斎藤家お家事情

辺りは夏を前に青々とした雑草が我よ我よと自由気ままに天に向かって伸びている。その猛烈な勢いに飲み込まれようとしている神社に俺達はいた。


「この神社は…」


鳴海競馬場から近く桶狭間にある小さな神社、第六天魔王神社。そこに俺と龍興はやってきていた。今日コイツを此処に連れて来たのは信長の御霊に詣る為ではない。草刈りだ。

護衛には小平太達を連れてきてはいるが護衛には護衛の仕事があるので彼らは草刈りなどしない…のだが、彼らは木の上や木陰で警戒という名目で悠々と昼寝などを嗜んでいる。イザという時に動いてくれるのは間違いなのだろうが…なんだろうこの釈然としない気持ちは…それを横目に俺達は炎天下で草刈りをしていた。

いつもなら秀さんを連れてくるのだが生憎今は美濃に張り付いている。そういう訳でバイト代を出すと言ったらこの男はホイホイとついてきたのだ。


「これはこの地で亡くなった織田弾正忠…それと戦死者を祀った神社だ」


俺達は気ままに伸びた草を刈りながら話す。龍興はもう野良仕事に慣れたもので俺と会話をしながら作業をしていた。


「俺も親父様も世話になったからな」


「へぇ」


戦死者に関しては同僚も敵もごっちゃだ。選り分けるのも無理だし人間死んでしまえば皆仏様の精神だ。

それに何の因果か当時はうんこを漏らされた今川の庇護下に入ってしまっている。そういえば俺がうんこ漏らした原因になった今川の将って誰なんだろう?

ちょっとセンチメンタルな気分になってしまった。


そうして龍興は神社の社号を見て呟いた。


「第六天魔王神社…」

「……変な名前だな」


…確かに。俺は内心同意する。龍興はそんな俺に気にした様子はなく、言葉を続けた。


「織田弾正忠は珍宝を描いた着物を着たり女装したり傾奇者だと聞いていたが…この名も生前何かをやらかしたからか?」


龍興は信長の奇行を何処からか聞いていたようでこの神社の名前もその一端ではないかと思っているようだ。そういえば龍興は信長からしたら義理の甥にあたるのか?美濃のマムシの道三とやらは信長を高く買って美濃譲り状とか出していたしその孫の龍興は全くの他人でもないのかもしれない。

というかなんだその珍宝を描いた着物って?


「生まれてきた子にも「奇妙丸」などと傾いた名付けをしたと聞いてはいたが…第六天魔王とはまた…」


龍興は神社の社号を見て勝手に深読みしているようだがそれは見当違いも甚だしい。何故なら俺が適当につけたものだからだ。我ながら酷い名だな…勢いとはいえ何故こんな名にしてしまったのか…


「…まぁそんな所だ」


だが俺は悩む青年から目を逸らし適当に流して信長のせいにした。死人に口なしとはこういった事だろう。そして俺は後ろめたさを隠す為に何食わぬ顔で草刈りに精を出すのだった。


そうして精を出したかいもあり神社周りは一刻程で大分すっきりした。そして小奇麗になった神社を見て龍興が言葉を紡ぐ。


「なぁ旦那、少し昔話をしても良いか?」


「ああ、構わんぞ」


力仕事の後で腰もいたいし休みたい、まぁ軽く聞き流してやるか。


「旦那も知っているかもしれないが俺の親父はさ、爺さんを殺したんだ」

「まぁまぁ爺さんはクズだったよ」

「家臣との柔和を図る親父を家臣の言いなりになるなと爺さんは親父を無能と断じていたが、そもそも爺さんは土岐の殿様を殺して美濃の国中から嫌われていた」

「結局親父は爺さんを無理矢理隠居させた。そして爺さんに味方する者はいなかった」

「国中が親父に味方したが…親父に求心力があった訳じゃない。家臣に焚きつけられても爺さんを殺す事に葛藤し、後悔もしていたよ」


…コイツの言ってる爺さんって斎藤道三の事だよな?


「爺さんは死ぬ前に美濃は織田弾正忠家にそっくり譲るなんて遺書を書いて国を売り払うような真似をする頭おかしいヤツだった。それも織田が滅びた事でひとまずは落ち着いたが…そんな爺さんでも殺した事を親父は随分悔いていたよ。親殺しの罪を贖えるものではないってな」

「気を病んで病に伏して「これは呪いだ俺は親不孝者だ」などとうわ言の様に呟いて「仏の道を違えていた」なんて残してコロッと逝ったさ」


思ったより龍興の家庭は大変だったようだ。


「酒に溺れる俺を排しようと美濃の国人衆が動いていたのも知っている」

「竹中は許さんが…アイツの行動も理解は出来る」


許さんらしい。


「叔母上の息子に斎藤家を継がせるようだが、外れ籤も良い所だ」


そう言って龍興は自嘲気味に笑う。始まりは帰蝶姫が美濃に帰りたいという気持ちだったが、斎藤龍興を廃し守護の土岐とやらがいない今、カタチだけでもまとめ役は必要だ。今更ながらうしおにはとんでもない火中の栗を拾わせているように思えてきた。


「思えば美濃に斎藤はいらなかったのかもしれないな…」


三代に渡って美濃を混乱させた斎藤の名は今や腫れ物扱いかもしれない。


「…俺は織田弾正忠が羨ましい」


なんだか突然話が飛んだ。


「そこらで昼寝してるおっさんらも元家臣か何かだろ?」

「社殿に足を向けてる奴は一人としていねぇし、そもそもきちんとお参りしてから護衛だなんて滑稽が過ぎる」


大のおっさんの護衛達がきちんと列を作って参拝したのだ。まぁ滑稽なものだった。


「死んでも祀られ偲んでくれる人がいる、これほど羨ましい事は無い」


コイツはまだ二十といった年の頃だ。将来を憂いて道に迷う、自分探しの厨二若者ムーブも仕方がないのかもしれない。


「なぁ、旦那。俺が死んだ後に俺もどこぞに祀ってはくれまいか?」


龍興はふとそんな事を言い出した。時代は戦国の世、死に急ごうと思えば切っ掛けも理由も幾らでもあるものだ。

俺は掃き掃除を止めて深呼吸を二度、三度。そうして顔を龍興に向け迫真の表情をもって言い放つ。


「アホか!!俺のが年上なんだから俺の方が先に死ぬに決まってるだろ!!」


龍興は驚きの表情をしている。


「死んだ後の事を考えるなんて十年…いや五十年はええ!!」

「むしろお前が俺を祀れ…というかさっさと仏門に入って俺を弔え!!」

「お前が仏門に入るんだよ!!」


順当にいけば俺より十は若いであろうコイツより俺の方が早く死ぬ。死は年功序列とは言わないが、だからといって命を粗末にして死に急ぐなんてのは論外だ。


「旦那ァ…まだ諦めてなかったのか?」


龍興は苦い顔をして笑う。


「あったりまえだ!」


その時俺の腹の虫の鳴き声が響いた。

中天に上った日の下、程よく働いて…そして騒いだ。小腹も減るというものだ。


「…メシにするか」


「しまらねぇなァ」


塩多めの握り飯に竹筒に入った水、それを二人で分け合う。握り飯を頬張り龍興がこぼす。


「…とりあえず美濃より尾張のメシが美味いって事を知ったのも生きていればこそか」


それは多分働いて腹を空かせて食うメシが美味いというだけで特段尾張のメシが美味い訳ではないと思う。


塩だけの握り飯を美味そうに食う龍興を見て思う。俺は史実で斎藤龍興が何を成したのか知らない。もし知ってれば道に迷える若者に何か助言が出来たのだろうか?

ガラにもなく若者の未来の心配をしていたら米粒が気管に入った。

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