第一〇五話 霜月の軍議

霜月も終わりの頃、俺は帰蝶殿にせっつかれて那古野城で軍議を開いていた。


「季忠ちゃんこのコすっごいのよ!!」


帰蝶殿はこの竹中重治という美少年に難攻不落稲葉山城の攻略を吹き込まれ、やる気になってしまっているようだ。


「そういうわけで年明けに稲葉山城に攻め込むわよ!季忠ちゃん!!」


え…どういう事?俺の居ない所で随分盛り上がっていたようだ。当の竹中は帰蝶殿に誉めそやされ顔を赤くしながらプレゼンを始めた。


「もう一度一色式部大輔殿を稲葉山城から追い出します」


も う 一 度


「まず武具を荷に隠し城に持ち込みます」


この前提条件にツッコんだ方が良いのだろうか?


「それは荷を改められて持ち込みを止められたりはしないのか?」


「実績が御座いますゆえ」


難攻不落の稲葉山城の実績の警備の杜撰さ…いつの時代も最も多いセキュリティの穴はヒューマンエラーだ。でも一度通じたからといって二度通じる手ではないのでは?そしてそんな疑問を流すように竹中は話を進めた。


「城に侵入したら武具で身を固め城の奥から兵を撫で斬りにしていきます。反撃を食らっても身を具足で固めていればどうという事はありません、受け流して斬り殺せます」


ひょろっとした美少年だから頭脳派かと思ったら脳筋を超えた何かだった。どうしてこう物騒なヤツばかり集まるのか…戦国時代蛮族多めじゃね?鎌倉時代も大概だと聞くが五百年もかけて人類は進歩しないのか?

俺はこんな蛮性溢れる口車に乗せられない為に一つ疑問を口にする。


「そもそも何故一度城主を追い出した城をまた一色式部大輔に明け渡した?」


撫で斬りにしたのなら怪我人、最悪死者も出ているだろう。そこまでして乗っ取った城をどうしてむざむざ明け渡したのか?これは結構痛い所を突けたのか、竹中はその美麗な顔を歪めて言った。


「……残念ながら城を維持するのに必要な美濃の諸侯の理解が得られませんでした」


稲葉山城は山城、周りからの援助が無く補給が無ければそのままセルフ兵糧攻めだ。全体的に場当たり的な犯行、正直どうしてそれでいけると思ったのか…犯行動機も気になる所だが同じ事をしても結局美濃の諸侯に理解を得られず喧嘩をふっかけただけで終わりそうだと兵を挙げる前に分かっただけでもありがたい。この問題が解決するまで美濃には手を出さない名分が出来たと思った。


だが今回このやべー奴を引っ張ってきた戦国時代一信用の置けない男、明智光秀はしっかり動いていた。


「ですがご心配には及びませぬ。この度は美濃三人衆の了承も取り付けております」


なんとこの不穏な男はいらぬ気を利かせてきた。


「一色式部大輔様は政を疎かにし酒色に溺れる放蕩者にて主としていただくに不適格であると説きました。これには皆憂慮を示しまして御座います」


事実なら主としていただくのは少しは困るだろうがその程度ではよくあるイチャモン付けと思える。なによりその訴えが事実ならそれ以前…竹中もやっていそうな気がするが…

俺はちらりと竹中を見遣ると気まずそうに言葉を紡いだ。


「その…某が同じ事を説きましても動いて下さいませんでした。お二方の心を動かしたのは偏に明智殿の人徳のなせる業で御座います」


同じ言葉でも誰が言ったかで受け取り方が違うという事だろう。竹中は年若いし美形だがこの時代だとそれ故に侮られる事もありそうだ。もう少し強面であるか歳をとって落ち着いた風貌にでもなれば話を聞いて貰えたのかもしれない。


…俺も髭でもたくわえれば静香むすめによわそうとか言われなくなるだろうか?そんな事を考えていると光秀が続けた。


「また斎藤山城守殿の残した美濃を織田弾正忠殿に譲る事をしたためた書状があり、弾正忠殿には五歳になる子が存在する旨を伝えました所、五歳の子なら与しやすいと考えたのでしょう。一色式部大輔様には穏便に隠居して頂けるならば…と了承を頂けました」


正直信長の子うしおの存在は明らかにしたくはなかったが、帰蝶殿はガッツリ引っ張り出そうとしているし隠しきれるものではない。それはここらで諦めるべきだろう。


「特に私の岳父である安藤守就は斎藤山城守殿が残されました美濃譲り状とうしお殿の存在にいたく感激しており、今度こそ一色式部大輔を廃すると息まいております」


そう宣うのは竹中だ。どうやら美濃の有力な諸侯にはこの竹中の縁者もいるらしい。血の気の多いこの時代での勝利条件が一色式部大輔とやらの穏便な隠居だ。美濃で無駄な血を流さない為にうしおを担ぐのも仕方ない事だろう。

だがそうは問屋が卸さなかった


「駄目です!ウチのうしおちゃんを稲葉山城に…美濃などは絶対に行かせません!」


そう言ったのはお祐殿だ。この那古野城…というか尾張は現在彼女の実家である今川の直臣、井伊家の預かりにある。美濃侵攻自体は今川義元の意向であってもこの場で彼女の意思を無視する事は出来ない。いつもは冷静沈着で物事の道理を理解して話す彼女だが、うしおが関わると人が変わる。どうしてこうなった。


だがこれを諭すのは不穏な男、光秀だった。


「お祐様、うしお様を美濃へ連れて行くわけではございませぬ」


お祐殿も聡明な武家の女だ、理屈は分かっているのだろうがうしおへの愛やら慈しみやらが洩れてしまい、俺と光秀を睨んでいたが美濃に連れて行くわけではないという発言に気持ちを落ち着かせたようだ。正直俺まで睨まないで欲しい。


「稲葉山城へは治部大輔様から然るべき方を派遣して頂く所存。そしてうしお様には元服後に美濃斎藤家の後継として斎藤姓を名乗って頂きます。ですがそれはまだ先の話に御座います」


五歳のうしおが元服するのは早くても六年か七年か…もしかしたら十年以上先の話になる。彼女も納得出来たのだろう、大人しくなった。


「…出来れば井伊姓を名乗って欲しかったのですが……名前だって直季か直忠か…直政かと考えておりましたのに…」


お祐殿は誰に聞かせるでもなく文句を言っている…というか元服後の名前まで考えていたのか…?

既に美濃の有力諸侯に理解を得られており、そうしてうしおの教育係兼那古野城城主であるお祐殿の理解も得られ軍議は円満に終わった。

俺は内心尾張から軍を率いて国境越えをするような侵攻作戦ではない事に安堵する。


だがそもそも根本的な問題を忘れていた。作戦の中心は稲葉山城の乗っ取りである。竹中は本気でこのガバい作戦を実行するつもりなのだろうか?

俺は心中不安になった。

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