第一〇二話 酒に耽る

帰蝶姫お勧めの有能武将を引き入れる事になった。

俺は何の因果か「戦国時代、部下にしてはいけない男ナンバーワン」武将、明智光秀を部下に持ってしまった。都合俺の立場で断れる話ではなく、心を虚無にして受け入れた。今まではなんとなくのらりくらりと尾張で過ごしていたが、いざという時に軍を率いて京に上れるよう美濃侵攻計画を本気で考えるようになっていた。


そして俺はひょんな伝手から美濃の話を聞いていた。


「シロちゃん一等の売上は美濃だ!」


そう言ったのは熱田一能天気な男、石丸酒蔵の馬鹿息子の常春だ。


「…おまえ美濃にまで売ってるのか?」


この時代酒を運ぶのには時間も金も労力も想像以上にかかる上に野盗等のリスクまである。そんな時代に他国にまで販路を拡大していたようだ。


「おうよ!なんでも美濃のお殿様が無類の酒好きらしくてな、美濃の商人がわざわざウチにまで来て買っていくようになった!」


美濃の現国主…確か斎藤龍興とかいったか、帰蝶殿の甥に当たる男だったハズだ。

まぁ例によって俺の令和知識では知らん無名の人間だ。信長が生きていた世界線なら多分美濃を攻めてなんやかんやで死んでいるかもしれない人物だ。

先代の斎藤義龍は信長さんと随分やりあっていたらしいが、それも既にこの世を去っており死因も病死と聞いた。信長さんに殺されたという訳でもないので、仇討ちの必要もなく戦に明け暮れた先代と違い平和なのかもしれない。


俺だって帰蝶殿の件を除けば隣国という潜在的な敵ではあるだけで無理に事を構える必要はない。だが俺には帰蝶殿から提示された「美濃国譲り状」なんてしがらみがある。

そうして俺は近い将来敵となるであろう斎藤龍興の事を何でも良いからこの能天気男に聞いてみた。


「評判はどうなんだ?」


「おう!一口目は皆戸惑うが飲み慣れると独特の味が癖になると評判だぜ!」


「そっちの評判じゃねぇよ…」


「ああ、美濃での評判か?それが全部お殿様のトコにいっちまうらしいからなぁ。シロちゃんが言ってた「民の為の酒」には少し高嶺の花で美濃のお殿様が片っ端から買っちまうらしいぜ?」


…まぁ庶民の口に入るにはもっと大量の生産が必要だろう。それよりお殿様とはいえそれなりの量を買い込み過ぎではなかろうか?平和に胡坐をかいて酒に浸る余裕があるのかもしれない。羨ましい限りだ。


「それで、品質の方の向上は何か成果があったか?」


一応確認だ、ダメ元で聞いてみる。


「ああ、シロちゃんの言う通り生姜を入れて「薬膳琥珀酒」として売ったらこれも大好評だぞ!」


そうじゃねぇ…俺は後付けの味の事を言ってるんじゃなく品質の事を聞いたつもりなのにコイツは…


◇ ◇ ◇


「殿、美濃の国は一色式部大輔の下で荒れておる様子に御座います」


そう報告してきたのは深々と頭を下げる光秀だった。その頭頂部はまるで金柑であった。一度気にしてしまうと目のやり場に困る。

一色式部大輔…役職名で斎藤龍興の事らしい。名前で呼ぶのは憚られるので役職で呼ぶのが習わしらしいが「左近衛権中将」とか正直誰なのか分からなくて困る。ちなみに最初は「治部大輔」といわれ義元の事かと思ったが、どうやら斎藤龍興の事らしい。同じ役職だともうワケがわからないので区別する為に別名の一色式部大輔と呼んでいる。いやホントもう斎藤龍興じゃダメなの?


「件の一色式部大輔に詳しい者を美濃から連れて参りました」


そうして光秀の後ろに控えていた小柄の…ともすれば女と見紛うような線の細い男を紹介してきた。


「これなるは竹中重治、二年前稲葉山城を落とした男に御座います」


…え?稲葉山城は難攻不落の山城と聞いているのだが…それを落としたのか?見た目と違って随分と武闘派なんだな…


「お初にお目にかかります、千秋様。竹中重元が子、竹中重治と申します」


若い…歳の頃は二十歳前に見える。この若者が更に二年も前に稲葉山城を落とした?正直にわかには信じ難い話だった。


「一色式部大輔様は奸臣、斎藤飛騨守という者を重用されておられました。彼の者は常々某を若輩者と侮り蔑まれておりました」


出来る若いヤツの邪魔をする老害的な精神か?まぁこういう世代間の確執ややっかみは何処にでもあるのかもしれない。


「尻を撫でるなど序の口、接吻や口淫を強要され、拒否しましたところ櫓の上から小便をかけられた事もありました」


…斎藤飛騨守変態だな。


「そして殿…一色式部大輔様は美濃三人衆の忠言までを遠ざけ、この奸臣の言に信を置き酒と色に耽るようになりました。このまま良いようにされては国が立ち行かなくなると思い某は一計を講じました」

「稲葉山城に弟の差し入れと偽り獲物を隠し持ち斎藤飛騨守を誅殺せしめ、その後予め手引きしていた手勢で一色式部大輔様を放逐し、稲葉山城を抑えましてございます」


おお…と感嘆の声が上がる…が、俺はドン引きである。


「言うは易し行うは難しじゃが…それでお味方の被害はどれだけじゃったんじゃ!?」


秀さんが興奮気味に竹中に尋ねている。


「味方の損耗は「無し」にございます」


またしても感嘆の声が上がる…が、俺は重ねてドン引きである。


「とはいえ殿と事を構えるのは本意ではなき故、酒色に溺れ、政を顧みようとしない殿を諫めた……という体で城を明け渡しまして御座います」


一同はこの竹中とやらの鮮やかな奇策?に盛り上がっているが…頭いてぇ…戦国この時代についていけねぇ…正直俺が放逐される未来しか見えねぇ…

そんな事を俺が悩んでいると光秀が話を継いだ。


「そうして滝川殿の手勢にてこの竹中が隠遁している場所を見つけ、某が説得しこうして今に至ります」


「あー…なんだ…苦労したんだな」


俺は口では適当に濁したが心中穏やかではなかった。主君を手にはかけてないとはいえ内紛…いや半分謀反…というか全部謀反か?

聞く限りでは斎藤飛騨守とやらには同情は出来ないが、俺は片方の意見しか聞いていない。本来なら斎藤飛騨守とやらの弁明も聞いて沙汰を下したい所ではある。

謎の行動力とそれを遂行する事が出来る有能な奴なのは分かるが、絶対近くにいて欲しくない。光秀に続いてこんなヤバい奴までも近くに置いておきたくねぇよ…


だが秀さんはその戦術を高く評価しているのか彼をいたく気に入ったようだ。竹中とやらもまんざらでもなさそうである。


「残念ながら奸臣を斬り、二年経っても一色式部大輔様は未だ政を蔑ろにし、酒に耽っておられるご様子」


…あー、その酒の出所ってまさか尾張なんて事はないよな?


「このままでは美濃の民にとっても障りとなりましょう。帰蝶様が美濃を所望致しますなら竹中重治、微力ながら尽力致します」


竹中重治、通称竹中半兵衛はそう宣った。

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