第一〇一話 たのしいなかま

足利義輝と近衛前久が死んだ。

俺は滝川のおっさんをこの報を一刻も早く今川義元の元に届けるべく、その日のうちに駿府に走らせた。更におっさんの配下の者を京へ遣り事件を詳しく調べるよう言いつけたが…既にそれは派遣済みだったようだ。

うーん…まさかの滝川のおっさん有能説が現実に…?三百貫以上の働きをしてくれていそうだ…


そうして尾張では夏が過ぎ十月となった。

集まった情報は酷いものだった。


三好三人衆という狼藉者共は義輝の二人いる弟のうち一人をその日のうちに僧籍に入っているにも関わらず手にかけ寺に火を放った。もう一人は三好の重臣である松永某という者の手によって興福寺に匿われてここでは三好三人衆の企みは一旦失敗した。


そして五月の終わりには朝敵となった三好三人衆を主君である三好義重は良しとせず、その場で三人に蟄居を命じた…のだがその沙汰に納得がいかないと逆上しこれを殺害。三人衆は朝敵の上に主人殺しまでやってのけたのだ。


そして三人衆は義輝のもう一人の弟、覚慶という者を殺すべく動いた。だが殺された三好義重の忠臣、松永がこれを逃すべく朝倉に渡りをつけようと動いた。だが三好家は既に身内に朝敵がおり交渉は思うように進まず物別れに終わった。そしてどういう伝手なのかは分からないが、義輝の弟である覚慶を守ろうと呼応した細川某と共に興福寺に籠り朝敵三人衆と相対した。だが松永、細川連合軍は興福寺にて奮戦したが、三好三人衆に打ち破られた。松永、細川は討ち死にし、覚慶は逃げたところを捕らえられ斬首されたという。


その後三好家は三好康長派と三人衆派とに分かれた。これは「主流派」と「朝敵派」であり、当初こそ三人衆は勢いこそあったものの長い目で見れば組すれば朝敵だ。選択の余地は無く徐々に家内でその勢いは衰えているようだった。


◇ ◇ ◇


その日俺は仕官の面談をしていた。面談といっても形だけのものだ。何故ならこの度の話は帰蝶殿の推薦で俺から断る事は出来ない。普通ならはいはいとサインでもハンコでも押して右から左へ流して終わりなのだが今回はそうもいかなかった。


「美濃奪還の為に力を貸してくれる、妾の親戚筋にあたる者じゃ!」


その男は俺より二十は年上で老年にさしかかろうという者だった。だがその貌に残る数多の古傷からこの戦国時代において幾多の戦場を駆け、乗り越えて来た古強者であることを示していた。


「仕えていた細川様が戦で亡くなっちゃってね。目をかけられていたのは良いんだけど尊敬していた主君と肩を並べて戦えず、忠義から腹を切ろうとも考えたらしいんだけどそこで声をかけたってワケ!」


主君が死んだら腹を切る。正直そういう戦国時代特有の感性にはついていけない部分もあるが、主君に対し忠義を尽くす忠義者…という事なのだろう。


「武勇に富むだけでなく歌も詠まれるのですか…」


驚きを含んだ滝川のおっさんの言葉だ。彼の来歴を記したものを見て驚いている。

今まで越えてきた戦の歴々が連なっていたが、それだけでなく公家が参加するような連歌会にも参加しており更には医術にも明るいようだった。

剣を振るうだけの猪武者ではなく深い教養を感じさせる…俺はつい疋田に目をやるがコイツは勘がやけに鋭かった。


「殿に必要な教養を身に着けておられます御仁ですな」


とは疋田の言葉だ。教養が足りない事を俺に擦り付けてきやがったなコイツ…


(これはとんでもない人脈の持ち主ですぞ!)


秀さんはそう耳打ちをしてきた。三者共にこの完璧超人に驚いているようだったが…俺は恐怖に慄いていた。


俺が戦国時代の武将で知っているのは「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」「武田信玄」「上杉謙信」「伊達政宗」そして「今川義元」くらいだ。

それも名前が違ったり没してしまっていたりで正確に追えていない。

目の前にいる男はその中には入っていない…が俺はその名を知っていた。

俺はこの有名人を忘れていた、乾いた口内で無い唾を嚥下しようとする。


「明智十兵衛光秀と申します」


(らめえええええええええええええええ!)


俺は心の中で叫んでいた。

この男に関わってはいけない!全力で逃げたい!だが周りの期待感や雰囲気、状況的にこの仕官の申し出を跳ね除ける事は出来なかった。


「美濃の人にも土地にも詳しいからなんでも頼ってね!」


帰蝶殿はそう死刑にも似た宣告をする。

織田信長は死んだ、だから本能寺の変も起きない…と思いたいが、なんでか世界がうっかり俺を持ち上げたりして意味不明に謀反を起こされて殺される可能性は十分にある。


前世で読んだ戦国時代に自衛隊でお邪魔してヘリやら戦車やら現代兵器無双する小説は正しくそんな感じで謀反を起こされて死んでいた。俺がもう少し歴史に詳しく、明智光秀が本能寺の変を起こした理由を知っていれば謀反を起こさないよう立ちまわれるのかもしれないが…残念ながら俺は戦国時代知識が無さ過ぎた。

クソ…なんで謀反を起こしたんだコイツ?さっき忠義者云々と言われていたが帰蝶さん全然違うんですよ!コイツ謀反起こすんですよ!?


そう思いつい光秀を凝視してしまう……歳もあってか大分後退している額が目についた。そういえば信長さんって昔見たマンガで「このキンカン頭!」とか言って罵ってたな…確かにこれは立派なキンカン頭…これは決して歳だけのせいではないだろう…

すると俺のその視線に目敏く気付いてしまった光秀が所在なさげに言葉を紡ぐ。


「これは…お見苦しい物を…」


「い、いや違う!顏にこさえた数多の古傷を見て驚いていた!他意はない!」


ハゲいじり、絶対ダメ!俺はこの男に帽子を贈ろうと心に決めた。

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