第九十話 七氏野権兵衛

「かけまくもかしこきーいざなぎのおおかみー」


松の内も明け熱田大富くじ大会で俺は福籤修祓長などという役を任せられていた。一体いつの間にそんな役職が出来たのか…?内容は前もやった祝詞を読んでくじを取るだけの役目だが年々高尚な雰囲気になっている気がする。もう何十年かしたら寄進の為に始めたこの行事は本当に何らかの神事になってしまいそうだ…あまり妙な文化を後世に残して妙な歴史改変をしてしまわないか不安だが、そもそもここは信長が死んで義元が跋扈する意味不明世界線だ、気にしてもしょうがない。これからどうなってしまうのか…そんな漠然とした不安を表には出さぬよう粛々と式を進めた。


今回は毎度売り切れになる富くじに業を煮やし、社務所や参道で全裸になって抗議するバカが後を絶たないという事で好きな四桁の数字を選ばせるナンバーズ形式にした。

当選者が複数人出る可能性もあるが、それより怖いのが当選者無しの場合だ。その場合戦国蛮族モラルに則り暴動から一揆のコンボを決めてくる可能性すらある。というわけでその場合は四桁目をもう一度引き直し、当選者が出るまで続ける事になった。


そうして今年も年初めから元気に今川義元は右手奥の楠の付近に陣取っている。今年は立派な侍装束で余り隠すつもりがないから護衛もつけているのが例年と違う所だろう。謎の偉いお侍さんが来ているというのが噂にでもなれば長期的には良い影響があるかもしれないし、短期的には暴動の抑止になってくれるかもしれない。

周りの民は義元のオーラに中てられてか少し距離を取っている。ウチの領民を無駄に威圧しないでもらいたいがそれはそれ、暴動は怖いし更には俺は義元に文句をつけるような胆力も無い。

ちなみに一万分の一がそうそう当たるはずもなく、今年は二桁で義元は膝から崩れ落ちていた。


そして当たるはずはない、そう考えつつ同時に今回は全く選ばれていない数字もあって当選者が出なかったらどうしようと悩んでもいたのだが、無事に当選者が出て今年も富くじ大会は盛況のうちに終わった。

相変わらず授与式では壇上の当選者が喜びの涙を流す。もちろんそれはなるべく印象深くなるようこちらも演出をしているのだが、何故か毎度もらい泣きまでする奴もいる。

この時代の人間はエンターテイメントに慣れていない、それを純朴だと言い切るのは早計で、気分が高揚すると全裸になるし脱糞をし始める。そして糞を踏んだと殴り合いに発展し暴動が起こり何故か一揆に繋がる意味不明な蛮族性を持っている。モラルが高いとか低いとか一言では語れないあたおか精神性が此処にはあるのだ。

俺はうっかり当選者が出なかった場合、この戦国蛮族の野蛮な精神性を遺憾なく発揮され、正月から一揆が起こり最悪後世で「熱田の乱」と伝えられるかもしれないと密かに覚悟をして多めに警備兵を配備をしていたりもした。

だがその心配も杞憂に終わり、無事富くじの神事を終えて新しい年が始まった事を喜んだ。


◇ ◇ ◇


今川義元はお怒りである。


「お前にはもう少し慈悲というものは無いのか!」


俺は酒に酔った義元に富くじで外れた文句をぶつけられ、理不尽な叱責を受けていた。


「治部大輔様、福男は熱田の大神の御心でございます。どうかお鎮め下さい。忖度も八百長も御座いません、正しく神のみぞ知る所です」


全部熱田の大神様のせいなんで俺に八つ当たりはやめてくださいという事をオブラートに包んで言うが、酒が入った義元は鎮まらない。面倒くさいから酒で紛らわそうと酒を勧めたのが不味かった、むしろ発言をエスカレートさせてしまった。


「だがあれだけの数を用意してかすりもせぬとは…」


一体何口購入したんだこのおっさん。


「ですがもし当選した場合どうされるおつもりなのです?」


「なにがじゃ?」


「いかさまをしていない事の証明に毎回当たった者の出身と名前を公表して祈っております」


「ふむ」


毎度やってる当選者への祝いの儀式だ。義元は今年こそ侍装束だが例年は虚無僧姿でわざわざ正体を隠して参加していたのだ。お忍びで駿河からやってきているのに名前バレなんてしたくないだろう。


「もし治部大輔様が当たった場合は『駿河の国ー国主ー治部大輔ー』とあの壇上で紹介させるおつもりですか?」


そう言うと義元は腕を組み目を閉じ、何やら思案しているようだ。そして暫くの後、目を開いてのたまう。


「うむ、真に気分が良いの!」


なんだか思ったのと違う反応が返ってきた。そして機嫌が少し良くなった。どういうことだ…


「まぁ…確かに名前を出されてはかなわん…その時は駿河の国の七氏野権兵衛とでもしてもらおう」


また適当な事を…


そうしてようやく無事に酒を盛ったかいもあり義元はうつらうつらとし始めた。無事文句を吐き出して穏便に終わったのか、それとも酒の力を頼って挙句暴言に晒されただけだったのか、正しい事は分からなかったがここで潰れられるのは不味い。明日は京へ向かう予定なのだ。俺は義元を気遣い声をかける。


「七氏野権兵衛様、酒が入っているとはいえこんな所で寝ると風邪をひきますよ」


潰れた義元をお付きの一宮さんと久野さんが介抱し寝所へと連れていく。

一宮さんは怪訝そうな顔をし、久野さんは笑いを堪えて潰れた義元を運んでいった。

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