永禄八年(一五六五年)

第八十九話 三人組

家の者に三人組と言ったのがフラグだったのかもしれない。

確かに義元一行は松の内開け前に熱田にやってきた。だがその姿は馬に乗り堂々とした旅装の侍装束、お供は総勢十名にもなっていた。

虚無僧三人組か越後のちりめん問屋の御隠居様が来たらと家の者には言いつけておいてこれである。

熱田の者は皆困惑していた、当然俺も困惑している。


「…これは…治部大輔様…あけましておめでとうございます」


「なんじゃ年明けからシケた面をしておるな」


俺から一本取ったと確信し馬上からドヤ顔をしている義元。そして俺はこの義元の出で立ちで面倒事を予感していた。


「えーと…この度は随分と立派な出で立ちですね…」


「当然じゃ千秋の。京に行くぞ供をせい」


「…は?」


イキナリ何言ってんだこのおっさん修学旅行だってもう少し準備するだろ?


話を聞くにどうやら義元は富くじの後に京に上り時の将軍とやらに会いに行くらしい。

だが俺は時の将軍、足利なんとかさんとか名前すら知らんし立場的にも陪々々臣辺りなので顔を見るどころか屋敷に入れてもらえるかすら怪しい。ハッキリ言ってわざわざ京都まで行くメリットなど毛ほども感じない。

そうして『そうですか、頑張ってください、俺は行きませんよ?』という事をオブラートに包みながら義元に何度も話をしたが、「一度くらい京を見ておけ」だの「将軍への謁見は叶わぬだろうがそれも経験ぞ」だの的外れな事を言ってはぐらかされる。どうやらどう足掻いても俺が付いて行く事は義元の中で決定事項のようでオブラートに包んだ反論空しく京にお供する事となった。

もしかしたらオブラートはこの時代にはまだ開発されていないから通じなかったのかもしれない。

文明の敗北である。


◇ ◇ ◇


というわけで急遽決まった京都遠征には荷物持ちに秀さんと滝川のおっさん、そして用心棒役に最近鋤術が板についてきた疋田を選んだ。


酒は普通に重い、だが義元はそれ目的で俺に供をしろと命じたのが言葉の端々から伝わってはいた。ご要望とはいえ大量に持っていくことは出来ないが手土産としての使い勝手は良い。

澄酒は近年は京や堺でも噂になって重宝されているとは聞く。まぁ大量生産出来ないので結局流通させるほどはなく贈答用か身内で呑んでおしまいだった。


そういうのもあり、先日熱田の酒蔵に酒を造らせてみた。まぁ俺が久しぶりにビールを飲みたくなったからなのだが。だが麦では糖分が不足しているのか酒にならなかった。麦の品種改良でもすればワンチャンあるのかもしれないが、そんな面倒な事も出来ないので結局手元にある麦に麦芽糖…水飴を入れて加糖する事になった。結果コストが高くて気軽に飲める酒ではなくなってしまった。しかもこのビール何かが足りない…泡もあんまりないしぬるい。そしてなにより苦味?ホップ?なんだかとても物足りないビールだった。

酒蔵は「全然イケますぜ旦那!」なんて言っていたがわざわざ高価な水あめを投入してまでビールではない何かを作ってもなぁ…というわけでもう少し改良できないものかと酒蔵には話をしておいた。

そもそも高価な水飴を使うなら酵母さんに任せればなんでも酒に出来てしまう。

水飴を使わないならワインか芋焼酎か…でも俺はビールが飲みたいのだ。


話がはぐれたが海上輸送でもしない限り酒の輸送は難しい、だが陸路で義元にお供をする為には義元のお供が十名だがこちらは四名と比較的大所帯になってしまった。


そういうわけで荷物持ちを頼んだ秀さんは、


「そうじゃの、そろそろ紙の在庫に不安があったんじゃ帰りに堺の紙問屋で買うてくるわ!」


と前向きに応えてくれた、この旅に乗り気でない俺を気遣っての態度だろう、だが疋田は心底面倒臭そうな顔をしている。


「殿、おめでとうございます免許皆伝でございます。だから護衛はいらぬでしょう」


なんでだか俺はめでたくも年の始めから免許皆伝になった。だからといって俺はコイツを用心棒から外すつもりは毛頭ない。


「俺だけなら別に良いが今回の旅には治部大輔様もいる、腕利きが必要だ」


そう義元をダシにして嫌でもついてこいと強要した。


「なに俺とお前、免許皆伝が二人もいれば治部大輔様を守り易いだろう」


まぁ嘘だ。イザとなったら俺は疋田の後ろに隠れて滝川のおっさんを盾にする。

疋田はイラっとした顔をこちらに向けて言った。


「…殿は足手まといになりませぬよう滝川様の側を離れませぬよう願います」


よし、これで用心棒は確保できた。疋田は最近脇差に鋤を担いでいる傾奇者スタイルだ。

彼の持っている得物は確かに鋤なのだが、それには見慣れない位置に把手がついていてまるでトンファーのようだった。見かけこそ木で出来た鋤だが中には鉄心が入っている為、小ぶりだが見かけよりも随分と重い。鋤剣法とか意味不明なものを勧めた自分が言うのもなんだがコイツが何処に向かっているのか分からなかった。



せっかく京都旅行だ、だれか知り合いでもいたかな?と考えたらこの間年始の挨拶をわざわざ手紙まで寄越してねだってきやがった近衛前久なんてのがいた事を思い出す。一応ねだってきた分は贈っているが…まぁおじゃるハウスに年始の挨拶とか言って顔を出せば悪いようにはしないんじゃなかろうか?

なんにしても修学旅行以来の京都旅行だ、清水寺にでも詣でてみようかな。

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