第八十四話 理解者と信頼感

夏も終わり稲穂が垂れる頃、義元は「また来るぞ!」と無駄に力強い言葉を残して駿河へ戻っていった。だが言葉とは裏腹にその表情は何処かいつもの快活さがなく、息子である氏真とどう相対するべきか悩んでいるようであった。



俺は滝川のおっさんを伴い羽豆崎を経て伊勢へ向かうべく知多半島を南下していた。

滝川のおっさんは甲賀の出らしく伊勢の土地にも多少明るいらしい。

腕はそこそこ立つことは知っているがこのおっさんは俺の事を織田弾正忠家に報告していたのでイマイチ信じられないと感じていた。

信じられないと言いながらも俺はこのおっさんを臣従させたわけでもないし織田弾正忠家に報告しないよう言いつけてもいない。借金の肩代わりをしてやったんだからなんとなく空気読めよ…みたいなハナシで、正直な所滝川のおっさんからすれば俺に関して後ろ暗い所などないのだ。

この賭け事で身を持ち崩す獅子身中の虫をどう扱うべきか悩み、試しに俺の身辺警護として今回の旅に同行させてみる、そういった事を帰蝶殿に申し出たところ、


「あら!旦那様の為だもの!たっちゃん、すえちゃんのコトヨロシクね!」


と快諾されてしまった。帰蝶殿が何考えてるのか分からない。厄介払いが出来たと喜んでいるのか、それともそもそも本当に横領の件がバレていないのか…逆にもやっとしてしまった。

俺が疑心暗鬼になり過ぎている気もするので下手な考え休むに似たり、腹を括ってコイツに貸し付けた三百二十貫の元をとらせるべく旅に同行させる事になったのだ。


◇ ◇ ◇


「殿!!ようお越しなされました!!」


羽豆崎では秀さん夫婦が出迎えてくれた。栄村が落ち着きつつあるので身重のねねさんの側に出来るだけいるよう羽豆崎で勤めさせていた。

一応この村の村長(中間管理職)だしな。


「滝川様もしばらくぶりでございます!」


「様などいらん!ねね殿は身重か!体をいたわられよ!」


幸せそうな秀さんとねねさん夫妻、そして偉そうに二人をいたわる滝川のおっさん。

無論俺も秀さん夫婦の幸せを祈ってやまないのだが、どこか浮足立っている所があった。それというのも俺だけが滝川のおっさんの評価に乖離があるからだ。普段のおっさんは実に気の良い世話焼きの良いヤツなのである。気遣いも出来るし声も快活なのだ。

なんだろう…コイツが賭け事にドハマりして借金漬けのクズである事を知る同志というか理解者というか…もちろんそんな事を言った所で俺に利など無い…それどころか債権の回収すらおぼつかなくなるであろう…そんなリスクをわざわざ被るつもりはないのだがそんなモヤモヤを共有出来る仲間が欲しと思っていた。


そんな妙なモヤモヤを抱えていたが、羽豆崎に来た俺は別にやるべき事がある。

心の空隙を誤魔化すように慌ただしく働いてまともに動けるようになったのだが、それでも彼女の事は忘れたくなかった。

今更何の罪滅ぼしにもなるものではないが彼女…しずかの墓前に椿油を供えてやりたかった。


しずかの侍女だったさやはそんな俺について一緒に椿の実を収穫してくれた。今は俺の娘、静香の養育もやってくれている。

昨年の収穫は全てさや任せであったが、今年は俺も一緒になって収穫をする。さやは何故か珍しくご機嫌よろしそうだ。


椿を機械的に収穫しながら考える。羽豆崎は真水が貴重で井戸を掘っても塩っぽい、椿はそれでも比較的元気に育つのだがもっと食えるものを作りたいものだ。なんかねーかな?

などと淡々と椿の実収穫マッシーンと化して暫く、珍しく一緒に作業をしていたさやが声を上げた。


「…叔父上…?」


おじうえ…?さやの縁者か?

そしてその視線の先にいたのは滝川のおっさんがいた。


「……さや…か?」

「おお…大きうなって…」


…叔父上?え、きみら血縁者?そう俺が思った時さやが俺に向かって叫んだ。


「殿!こんな社会不適合者クズとつるんではなりませぬ!!」


なんとさやは叔父と呼んだ滝川のおっさんを見るなりクズとこき下ろした。

さすが人を見る目がある女だ。


「ク…クズとはなんだ!?さや!酷いではないか!」


酷くない、全然酷くないぞ。俺は意外な所にこのクズを理解する者がいたことを内心嬉しく思った。


「酷いのはお家の金を持ち出して賭場に突っ込んだ叔父上でしょう!!」


…まぁコイツの酷さは知ってはいたが本当に酷い。コレ絶対俺の件とは別件のヤツじゃないか?


「その上、他国に逃げて…殿!!このクズをお側に置いておけば必ず…必ずお家の災いになります!!」


凄 い 信 頼 感


さやは外聞も気にせず滝川のおっさんを指差し俺に訴える。反面滝川のおっさんはぐうの音も出ないというような苦悩をその表情に出していた。

滝川のおっさんの身内というさやからの厳しい評価に俺は眉を顰ませながらも内心で秀さんや小平太からの評価と乖離した自らの評価が妥当であったと確信し安堵していた。

そしてそんな内心を悟られないようおっさんに近付き大仰に頷き肩を叩いて釘を刺す。


「二度と…やるなよ…?」


「は…ははー…!」


俺の言葉と渋い表情を見てさやは何かを察したようだ。いつもの二倍渋い顔をしていたがそれ以上の言葉は飲み込んでくれた。


二度ある事は三度ある、暇になるとまた賭け事やって身を崩す気がするのでコイツにはそんな事やる時間無いくらい仕事を負わせた方が良いだろうと心に決めた。

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