第八十三話 駿河への人質
織田弾正忠家の者は佐久間某の山崎村に引き上げていった…姦しい帰蝶殿も無事にお持ち帰りされ那古野城に平穏が訪れる。
「季忠ちゃんの妻として
とか騒いでいたが丁重にお断りさせて頂いた。
しかし皆めっちゃ熱田の近くに潜んでいたんだな…しまった、柴田勝家にサインボール貰うの忘れてた…まぁご近所さんなんだしまた会う機会もあるだろう。
そして方向性として美濃攻めが決まった。そうなると本格的に軍備を整えないといけない。
だが俺には大正義最先端兵器の鉄砲を大量に手に入れられるほどの金も人脈もない。あと運用方法もぶっちゃけよくわからん。三段撃ちが強いって聞いた覚えがあるがアレって鉄砲を豊富に所持する事を前提として野戦で自陣に塹壕と柵を作った上で有効なんじゃなかろうか?なんだか一次大戦みたいな布陣だな…
鉄砲が大正義なのは否定しないんだが訓練にかかる費用もある。小説の主人公で賢い人なら火薬も作れるみたいだけど俺の知識だと硝石と硫黄となんだっけ?灰?その配合比率もわからないしそもそも硝石がどういったものなのか見た事ないのでわからない。一目見てわかるもんなんだろうか?
そしてなにより…硝石は便所に出来ると聞いた事がある…この時代の便所は気が狂う程臭い。本当に…アレは本当にヤバい……あんな所の土を掘って確認しようともしたいとも思わない…謎の虫も滅茶苦茶多い、湧くわ這うわ…そして落ちて来るわ…小説の主人公はそれにめげずに火薬を作ってて本当に偉い…英雄すぎる…
話は逸れたが俺は自らの無能さを呪いつつお金が入ったら鉄砲を買おうと心に誓った。
それより俺が持っているアドバンテージは型で自由に形を作れるコンクリートと水兵上がりの工兵だ。
彼らには槍や刀ではなくスコップを持たせようと考えている。「戦争で一番敵を殺したのはスコップだった」みたいな格言もあった気がするしワンチャンいけるのではなかろうか?北畠のお殿様に頼んでスコップ指南役を一人でも融通してもらえないものだろうか。
こんな事を頼もうと思えるのも美濃を攻める為に伊勢とは関係を密にする方向になったからだ。美濃攻めはアレだが…伊勢と敵対する事にならなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
それに今すぐというわけではない。俺が帰蝶殿と婚姻を交わし織田弾正忠家を纏め、そして義元が駿河に戻り諸々の準備をしてからだ。
織田弾正忠家が纏められるのかも問題だが、今川の家内の問題も大きい。義元は既に隠居の身、現当主である氏真をどう説得し動かすのだろうか…それに関してはノリノリだった義元も表情を曇らせ言葉少なく寝所へと向かってしまった。多分今の所無策なのだろう。
そうして静かになった豆腐城の一室で俺はうしおと対面していた。
「うしお、今までだましていてすまない!」
開口一番俺は謝罪をした。正直ここで大人しくお祐殿に武芸を習い、尾張の一武将として育ってくれる事を期待していたが、織田弾正忠家が出てきて担ぎ上げてくるとは…いや、心の片隅で「昔の同僚は今頃なにやってんだろうなー」位は思っていたし犬山城が落ち着いたらその動向を滝川のおっさんに報告させるつもりだったのだが…まさか帰蝶姫自ら親権を奪おうとここ那古野城に乗り込んで来て、更には美濃攻めまで唆してくるとは想像の外だった。
「いいえ、父上としずか母さにまは本当に良くしていただきました。」
「ぼうが父上におんぎをかんじることがあっても何をあやまられることがありましょうか」
本当に良く出来た子だ…
「だがお前は何があろうと俺の可愛い子だ、その事は忘れないでいてくれ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるうしお。
「ですがもしも今川さまがぼうの身を求められるようでしたら、その時はよろこんでするがにまいるしょぞんにございます」
この歳で覚悟キマリ過ぎだろう…これがきっと英雄の相とかいう物なのかもしれない。今川家も代替わりして人質を求めていると義元は話していた。ウチにも人質の要求が来るかもしれない。だが自らの実の父親を殺した者の下にうしおを人質として出すなんて事は考えたくなかった。
「絶対に駄目です!!」
そう言ってお祐殿がうしおを制止させる。彼女も大分うしおの事を気にかけてくれている。
俺は彼女の教育に満足している。読み書き礼儀作法に剣術、弓術、水練までやってくれているようだ。俺としてはうしおの教育はこのまま彼女に任せたい。
「季忠様…どうかうしおをこのまま…私の下で育てる事は出来ませんでしょうか」
いつもの凛々しい彼女ではなく珍しく悲嘆に暮れた様子で俺に懇願してきた。お祐殿は立派な武家の娘だ、もし今川から人質の要請があった場合俺の立場ではどうにもならないと道理を弁えていても諦め切れないのだろう。
「今川家からそのような要請があった場合、質は当然出す…が、少し考えている事がある」
俺は少々人質というものを軽く考えているかもしれないが、記憶にある歴史で家康は人質時代にしっかりと駿河で教育を受け天下人になったはずだ。今川に臣従した以上避けられない話なら前向きに考えるしかない。
「うしおには話でしか聞かせた事がなかったが、熱田には楠丸というお前の義弟にあたる子がいる」
そう…それならもっと教育を受けさせたいのがいる。
熱田神宮の嫡男、楠丸。
決して血を分けた実子が可愛くないという事ではない、だが義元の前での態度を思い出すとちょっと甘やかしが過ぎたとの後悔がある。あのハナタレはこの機会にしっかり教育を受けさせた方が良いと痛感した。
「くすのきまる…」
「そのおとうとはいったいいくつなのでしょうか?」
「…今年で五歳だったはずだ」
「それでしたらやはりぼうがするがへまいります」
…この気の使いようである。
「これは楠丸にこそ必要な事だ」
俺はうしおの頭を優しく撫でて諭す。
武士にならなくても最低限読み書き算術程度は身に着けてもらいたい、それこそ親心というものだ。アレの頭が弱いのは俺の血を引いているからではなく、きちんとした教育を受けていないからだ…きっと。
「お前は心配せずしっかりお祐殿から学びなさい」
「ああ…季忠様……よかった…うしお…」
お祐殿はうしおを抱きしめ喜びに涙をこぼしている。彼女は随分とうしおを大切に想ってくれているようだ。
打てば響く、教えれば教えるだけ吸収していく賢い子だ。それが彼女から愛情を受けて育てばきっと情け深い良い男に、そして間違いなく一角の武将に育ってくれることだろう。
「お姉さま…」
うしおの性癖が歪まないか一抹の不安を感じるが…ここは言った通り彼女に任せる事にした。
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