第八十話 風車
無事に清須から出られた事に安堵する。一歩間違えば拷問→斬首→獄門のコンボが決まる所だった。やはり今後尾張をうろつくなら今川の家紋入りの印籠を用意して貰う事を進言しよう。
そうして現在ご隠居様一行は茶屋で一服している。目的地は那古野か熱田か。俺の立場ではご隠居様の足の向く方向に文句をつけられない。この旅にいつまで付き合わされるのかと微妙にうんざりしながら茶を嗜んでいると後ろから風車をぶつけるアホが湧いた。
「厠へ行ってまいります」
俺は久野さんに断り茶屋の裏手の薮の中に入る。勿論本来の目的はトイレではなく風車をぶつけてきたアホに文句を言う為だ。そして茶屋の裏手にはあまり汚くない滝川のおっさんが膝をついて待っていた。
「…千秋殿」
「どうした?こんな所で呼び出すとは穏やかじゃないな。何かあったか?」
自称忍者の小汚いおっさんがわざわざ危険を冒してまで義元の前で俺を呼び出すのだ、余程の事があったのかもしれない。季節は夏、犬山が兵を挙げるにはちょっと無理な季節だ。だがあえて無理を押して兵を挙げないとも限らない。だがどうも違う用向きのようだった。
「…身内の恥を忍んでお頼み申す、どうかどうか那古野へ…一刻も早く…我々ではお方様をお止め出来なんだ…」
身内ってなんだ?滝川の本家?……違う、コイツがいってるのは…
「織田…弾正忠家か!?」
「……はい」
その時後ろからガサガサっと薮を掻き分ける音がした。そしてご隠居様御一行が俺らの眼前に威風堂々と並び立つ。はわわ……蝉の声がやけに大きく印象的に耳に響いた。
「じ…治部大輔…様………」
滝川のおっさんがいらん事を言う。初対面なのに義元知ってるって変だろおまえ…自分が忍者というかスパイだって自己紹介してるようなもんだろうそれは…
逆光で表情がよく分からない義元、同様に近習の二人の表情も伺い知る事が出来ない。笑っているのか怒っているのか…それとも殺意に満ちているのか…そうして暫くの間蝉の声だけが響き、義元が口を開いた。
「儂らも小便じゃ」
緊迫した空気の中、三人で連れションとは大所帯だと思いながら用を足すなんて隙だらけの時間に護衛は必要か…などと考えたが、小便と言ったくせに手ごろな岩にどかりと腰を下ろす義元。その傍を一宮さんと久野さんが固める。そして義元が滝川のおっさんに問いかけた。
「正直に申せ。昨晩のネズミはその方か?」
義元の前で土下座をしている俺達。なんで俺まで勢いで土下座してしまったのだろうか…
「…………はい」
ネズミって…おまえスパイ?なんで!?
土下座をしている手前、軽率に発言をするわけにもいかないので滝川のおっさんに全力で目は口程に物を言うを体現して抗議をする。
そうしてそれに対しておっさんはまばたきやらウィンクやらアイコンタクト染みたものをこちらに飛ばしてくるが心がこもっていないのか全く意図が伝わってこない。そんな事をしていると義元が滝川のおっさんに問うてきた。
「…昨晩の話をそなたが織田の者に漏らし、家中の者が「うしお」の身柄を確保しようと動いておるという事か?」
え、ちょっとそれはかなりまずくないすか?今尾張が織田を排除して今川と斯波の下新体制で安定しようとしているのに織田弾正忠家の嫡男を担がれお家再興なんて事になったらまた尾張は混乱する。
「…おそれながら…」
マジかよ…俺は滝川のおっさんに分かるようにアイコンタクト…ガンを飛ばした。
「那古野へ向かうぞ!」
義元はそう言って街道へ向かった。俺は急いで四人分の茶の代金を支払い、那古野へ向かう皆を足早に追った。道中滝川のおっさんは義元から叱責を受けていた。
「儂の回りを嗅ぎまわるのは止めよ、せっかく旅を謳歌しておるのに不快じゃ」
「も、申し訳ございません!」
「だが儂も隠居の身、話せる事は話してやっても良い。その代わりその方も面白い話があるなら儂にも聞かせよ」
なんか滝川のおっさんは悪即斬…ではなくギリ許されるようだ。ホントにコイツ悪運強いな…しかし良かった、俺は多額の金をこのロクデナシに貸し付けている。首を刎ねられると債権が回収不能になるので俺は彼が許された事にあからさまにほっと胸を撫で下ろした。
それをみて久野さんが生温かい目をして俺に話かけてきた。
「彼が助かってよかったですな」
人の好い久野さんは俺が慈悲の心から奴の命が助かった事に胸を撫で下ろしていると勘違いしているようだがもちろんそんな事はない。むしろこういうクズを世にのさばらしていてはお天道様に示しがつかないんじゃないかとすら思っている。ただ残念な事に俺は正義の味方ではない、悪を積極的に挫く云々な奉仕精神は持ち合わせていない。俺はこのロクデナシから借金を返してもらうその日まで世にのさばらせておかねばならない。世界よすまん。
そんな事を考え、奴がどれだけ頭おかしいクズであるのかを久野さんに説明しようと思ったが、かなり面倒だと思い直し一言「はい」とだけ言って濁しておいた。
「じ…治部大輔様…?」
おずおずと聞く滝川のおっさん。本来今川義元は俺ら木っ端が話しかけるのはNG、直答も許可ないとダメな殿上人だ。おっさんもどう対応すれば良いのか悩んでいるようだ。
「儂の事はご隠居と呼べぃ!!」
出たなご隠居様プレイ。
「ははー……?」
滝川のおっさんは勢いで肯定したが、一瞬の後に言葉の意味が良く分からなかったのか言葉尻に疑問符をつけ、顔には困惑の色を浮かべていた。
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