第七十九話 狼藉者御一行

朝、那古野を出発してほどなく清州の城に到着してしまう。この時代ではお隣さん感覚の距離だ。

清須の城の門番であろう男に呼び止められる。


「何者だ!?」


まぁ当然だろう。ここは尾張守護斯波義銀しばよしかねがおわす清州城、なんで突如現れたガタイの良い越後のちりめん問屋のご隠居を通すのかって話だ。怪しいという意味で百点満点の不審者だ。

だがもし今川義元という素性を露にしたからといって先触れアポなしで城に入って面会なんて出来るものではない。一体どうするつもりなんだろうと様子を伺っていると…


「無礼者!」


一宮さんが門番を蹴倒した。

硬直する俺、現実に起きた事への理解が一瞬…を通り越して十瞬位追い付かなかった。

え、入るって物理?押し入り?とか考えていると別の門番の男が城内に向かって叫んだ。


「狼藉者だ!!」


その叫び声に城の中から続々と兵が雪崩出てきた。


まてまてまてまて!!

殺気立つ清州城の面々を制止させる。相手は二十数名、多勢に無勢このままでは切り捨てか良くて不審者として投獄、拷問コースだ。間違いなく尾張と今川にとんでもない禍根が残る、いやそれ以前に俺は拷問は受けたくないし死にたくもない!

だが兵の中に運良く…かは分からないが俺の顔を知っている者がいたようだ。


「千秋……季忠様?」

「なんだと!?」

「熱田大宮司の千秋殿か?」


清州の兵がざわつく。

俺のコトを知ってるのなら話が通じるか!?やはりコトバは相互理解への架け橋!文明万歳!!…そう思ったが残念そこは戦国蛮族だ。


「熱田が謀反か!?」


誰かが叫び場が騒然となる。

ちげえよ!!この人数で謀反も何もないだろ!?どうも最悪の方向に話が流れそうだった。俺達を囲む蛮族共からは俺らを切り捨てた後に熱田を攻めようという異様な熱気を帯び始める。俺はこの場を収めるべく滅多に使わない大声で周りに喚きたてた。


「控えおろう控えおろう!」


俺の呼びかけにざわつく兵。俺は口上を続ける。


「こちらにおわす御方を何方と心得る!!」

「畏れ多くも駿河遠江三河尾張の四国を統べられ…」


「治部大輔殿!?」


俺の声は斯波義銀の叫び声に全て持っていかれてしまった。

命が助かったのは良いが悪を挫いて弱きを助ける某痛快時代劇のように上手くはいかないものだな…と反省しかない。現実は突然押し入って門番に狼藉を働き権力を振りかざすヤバイ奴等になってしまった。最悪である。


◇ ◇ ◇


清須城の控の間で茶で喉を潤す。この穏やかなティータイム…俺は命を繋ぎ生を実感していた。なんだっていきなり殺意溢れる兵に囲まれてマイムマイムを踊らなきゃならんのだ…

俺は出来るだけ穏やかに、出来る限り直球で今回の戦犯へ声を掛けた。


「…一宮様…あの場で斬り合いになったら如何するおつもりだったのですか…」


俺は大きな疑問と嫌味を一宮さんにぶつけた。インコースギリギリを狙うのではなくガチめのデッドボールだ。彼は目を閉じ、お茶を味わうようにすすった。そしてゆっくりと目を開き…俺に目線を合わせないよう義元に視線を移す。

まさか…コイツ…何も考えていない…?

そして一宮さんの視線を感じた義元は頷き応えた。


熱田大宮司おまえがおるならなんとかなるじゃろ」


…ほーん?

なんとかなった?なったのかアレは?というか斯波義銀がたまたま出てこなかったらどうにかなってなかった気もするんだが?


「というかお前がおらんかったらこんな無茶はせんわ」


わははと笑うご隠居様。

えええ……何その迷惑な意味不明に厚い信頼感……

そしてそれにつられ一宮さんも笑っている。オメーのせいってわかってんのか!?いきなり門番蹴倒すとかないからな!?

俺は心の中で怒髪天を突くが如く中指を立てた。


「まぁ流石に城の中から兵が雪崩出てきた時には肝が冷えましたな」


対して久野さんは安堵の息を零した。そう、それが普通の感性だろ…そもそも本来兵が雪崩うって出てくるような事は避けるんだよ!

俺の中で戦国蛮族のモラルが低すぎてどうにも久野さんの評価が相対的に高くなってしまう。


◇ ◇ ◇


ご隠居様いまがわよしもとは斯波義銀と対談をしている。一宮さんはその側にいるようだが、俺は久野さんと控えの間で今川の今後の話をしていた。この時代の情報の扱いは「都合が悪いから知らせない」「都合が良いから知らせない」という「ほうれんそう」の精神などクソくらえの心意気である。故に正しい情報の価値の高い世の中だ。そして聞けば誠実に答えてくれる久野さんにはただただ感謝しかない。ホントありがたくて千秋ポイントうなぎのぼりだ。


「今川は東の武蔵の北条と北の甲斐の武田と同盟を結んでおります。武田は信濃を、北条は関東を攻めております」

「関東管領の上杉はこの武田と北条を相手に一歩も引いておりません」


あ、それ聞いた事ある!上杉謙信!何かでやったところだ!川中島の合戦とか!!


「上杉政虎、なかなかの戦上手でございます」


スーン…

謙信じゃない、知らない奴だった。どうやら上杉違いのようだ…

でも関東管領って前に酒贈ってその返礼に織物が送られてきた気がする。たあにあげたら喜びすぎてその夜は大変だったのを覚えている。その時の手紙にも上杉とか書いてあった気がするな…どうもこの時代の文字は達筆()過ぎて解読し辛い。


「上杉が倒れると武田は信濃を、北条は関東を纏めると思いますがそうなると今川に攻めてきかねません。ですので出来れば上杉を助けたいところですが…今はまだ静観で良いでしょう」


…?

味方の敵をナチュラルに支援するような発言に少し疑問を感じたが、この時代の同盟なんてそんなものだろうか?


「今川は上杉、武田、北条の戦に関わらぬよう伊勢か美濃へ向かうと思われます」


「なるほど…」


正直伊勢の北畠のお殿様とはもめたくない、あそこには伊勢神宮もあるし中山屋さんもある。別に美濃ともめたいワケではないが、今川のパシリの身分としてはまだ美濃攻めの方が気がラクだった。

だがパシリとはえ俺は動かせる兵が無い。この時代の戦は農閑期に農村から徴兵するものらしいが伊勢や美濃に対抗出来る程の戦力をかき集める力を持っていないのだ。


「戦おうにも兵を何処から工面したものか…」


一応栄村にはいつでも動かせる工兵が居るが戦が出来る数ではない。そういうと意外とばかりに久野さんは言葉を続けた。


「織田の弾正忠が死に、この度織田信清も倒れて尾張を纏めておるのは千秋殿…と言いたいところですが奥方の井伊殿の娘と聞いておりますぞ?」


「え?」


奥方?お祐殿の事か?…変な誤解が広がっている気がする。


「桶狭間で弾正忠を下した後、井伊直盛殿は尾張の国人衆を纏めておられました。それを娘に継がせたと聞き及んでおりました。先の那古野の戦では尾張の趨勢を見るべく日和見を決めた国人衆が多かったのでしょう」


井伊のおっさん…実は有能だったのか…?娘に仕事押し付けてクニに逃げたクソかとばかり…


「ですが千秋殿は先の戦で尾張の守護代を壊滅させる事で武威をも示されました」

「この度の治部大輔様と斯波殿との話はこの辺りを纏める話になっていると思われます」


え、まさか…


「俺が織田の後の守護代に…ですか?」


根耳に水の評価だ…でも俺がもし斯波家の守護代のお殿様になるのならなんで薄い粥ばっか食ってるの?おかしくない?


「いえ…多分今後守護代を置かせないようにする話なのではないかと…」


「あー…」


尾張守護の力を割いて今川の統治力を強くするには守護代はいらないな…それに俺を任命する云々なら会合の席に呼ばれないハズはないわな。

俺はまた暫く続くであろう水多めの薄い粥に想いを馳せる。


「しかし奥方様…お祐殿でしたか、彼女は悪い条件であっても織田の時代より少し良い条件がある所を大きく示し国人衆を纏めているそうです」

「勿論朝三暮四に文句が無い訳ではないそうですが、最悪自分が全て背負って尼寺に入って逃げればよいと腹を括っているようで…流石は井伊殿の娘、肝が据わっていると感心します」


…しらなかった。

常識人の久野さんからお祐殿の高い評価を聞いて俺は彼女の評価を改めざるを得なかった。

ショタコン疑惑から一抹…いや百抹くらい不安があったが彼女がうしおに手を出したような報告は今の所受けていない。それどころか読み書き算術礼儀作法に武芸もきちんと教えている。

うしおに「おばさま」ではなく「お姉さま」呼びを徹底させている以外はわりとまともだ。

それで井伊のおっさんがうっちゃけた那古野城を継いで国人衆を纏めているときたもんだ。あれれ…?まさかお祐殿…本当に有能なのか……?


俺は青空に浮かぶこめかみに青筋を立て笑顔で中指を立てるお祐殿を幻視し…心の中で少し詫びた。

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