第七十四話 滝川一益という男

結局借金は俺がなんとかする事になった。二度と賭け事をしないと念書を書かせ、「お家」から横領した分を補填しておく事を厳命した。


そして強欲坊主共に利息も含めて…総計三百二十貫の出費…

令和の金に換算すると約三千……懐が痛いなんてものじゃない…考えたくない…難民村を立ち上げて俺も一緒に薄めの雑穀健康雑炊を啜っている最中に胃に穴が開くような出費だ…だがこれでも一応考えなしの出資ではない。


このおっさん甲賀出身の忍びらしい、素波というようだが先の体術も忍術の類…というほどの精細な動きではなかったがハラも減っていて、体力も限界だったのだろう、仕方がない。ここはオークが闊歩しエルフが飛び交い兎が首を刎ね花が喋くる愚かなファンタジー世界ではない、人類を超えた動きは出来ない。だが忍者だ!忍者だよ忍者!?ロマンじゃん!?

それは置いておくとしてどうやら横領が「お家」に見つかった気配はないらしいので織田家に探りを入れるには丁度良いスパイになる。むしろこれこそ忍者の本分だろう。


「その代わり働いて貰うからな…織田弾正中家の事も報告してもらうぞ…」


そう言うと滝川一益は渋い顔をした。


「しかし…いくら恩人の言でも主家を裏切るワケには…」


こ の ご に お よ ん で ど の ク チ が い っ て ん だ こ い つ


俺は眩暈を覚えた…オメーに選択権ねーから…という心の叫びをぐっと押し込み言い方を変える。


「別に裏切れと言ってるワケじゃない。ウチだって織田様の元家臣だ。良い時宜に橋渡しになって欲しい」


俺…千秋家は桶狭間の後には今川に一早く臣従したが、織田弾正中家が今川に臣従したという話は聞かない。これでも熱田の千秋家はわりと名が知れている。向こうがこちらの動向は当然知っていていると考えた方が良い。一方的に知られているのも癪なのもあるがこちらには織田弾正忠家の嫡男である奇妙丸ことうしおがいる。彼の存在は弾正中家再興ワンチャンあるので彼らとしては取り戻したいだろう。ただ戻せるのかどうか、織田家が今どのような環境なのかを見極めたい。家中がうしおを担いで今川に弓引いて尾張の独立とか盛り上がったり、傀儡にして政争の具にしたりするようなら黙って俺の息子「うしお」として育てるつもりだ。

可愛いうしおの為だ、そういう理由もあって三百二十貫を諦め俺は薄い雑炊を啜る。


「相分かった千秋殿、この恩は決して忘れぬ。三百貫分の働きをすると誓おう」


あ げ た わ け じ ゃ ね ー か ら な ?


か  え  せ  よ  ?


地味に二十貫切り捨てしやがった滝川のおっさんに対して俺は心中、中指を天に起立させる。

そして最初の仕事を与えた。


「犬山の様子を調べてきてはくれんか?」


「犬山でございますか?」


世間知らずな俺としては色々と知りたい事がある。織田弾正中家の内情は勿論気になるのだが俺にとっては元主家、このロクデナシにとっては現主家だ。初っ端から裏切りを強要するほど俺も鬼畜ではない。コイツは織田家中の貴重な情報源だ、その辺りはメシでも食いながら世間話程度に引き出そう。

それより先の戦の織田信清亡き後の犬山の状態が知りたい。あの時俺はうっかり織田信清を討ち取ってしまったのだ。仇討ちの戦など計画されているようならこちらも対策をしないといけないし忍者なんて抱えていたりしたら暗殺を計画されてもおかしくない。

憎しみは憎しみを呼ぶ、これだから世の中戦が無くならないのだろう。


「家督がどうなるのか、相続人の俺に対する感情と評価、その人物の家臣や領民の評価、真偽に乏しい噂話でも構わん。あと金の流れ的に戦が出来る状態なのかするつもりはあるのか、どれくらいの兵を集められるのか忍びはいるのか…そんな辺りを知りたい」


「全て調べようとするとそれなりに時間が掛かりますな…」


「持ち帰る情報が多いに越したことはないが無理はするな、捕らえられても面倒だしこっちもお前を救う手段がない、安全第一で頼むぞ」


「…救って貰えるんで?」


一益はちょっと驚いた顔をしていた。


「だから手段がないって言ってるだろ…」


捕まって処されたら俺にとっては三百二十貫丸損なのだ、無駄死になんてさせるわけがない。


「情報を持って帰って貰わないと困るし捕まってこちらの事が露見するのも都合が悪い、足りない情報は日を改めて探ってくれて良い」


緊急性のある情報なら是非持ち帰って貰いたいものだが、それも結局時の運次第だろう。


「はっ!手の者にもそう厳命致します!」


…え、部下いるの?


◇ ◇ ◇


そんなこんなを村長宅という事にしている栄村のあばら家で滝川のおっさんと二人、囲炉裏を囲っていると小平太にでも聞いてきたのか秀さんが駆け足で入ってきた。

息を荒げそしておっさんの顔をみるや顔をほころばせる。


「滝川様じゃありませんか……!」


秀さんも滝川一益という男を知っているようだ。顔見知りどころか秀さんの口調からかなり親しかった事が感じられる。


「知ってるのか秀さん?」


「ワシが信長様の馬廻りをやっていた頃、滝川様はそのまとめをやっておられたんじゃ!」

「信長様の意を汲んで一歩先の仕事を的確にしなさる、先を見通す目には感心したものよ!」


「なんの木下…いや今は千秋秀吉殿か、切れ者と思っていたが今や千秋殿の右腕となり尾張中で腕を振るっておると聞き及んでおるぞ!」


…なんだか出来る男達の邂逅という雰囲気だが片や時と運が味方したら天下を取る英傑、そして片や業務横領の上に多重債務に首が回らなくなったロクデナシだ…どういう運命の歯車でこの二人が噛み合ったのか全く理解できん…しかし小平太もそうだったがこの滝川のおっさんロクデナシのくせにやたらと人望だけはあるな…


「殿ォどうやってこんな良いお人を見つけて来たんじゃ!?」


「…まぁな!」


もう面倒で投げやりに頷くが秀さんの言に眩暈がする、正直俺はこんなヤツ見つけたくなかったけどな!だが借金云々の話は俺と小平太の心の中にだけ仕舞っておく事で纏まっている。俺の指示で働いて貰うにしても無駄な情報は枷にしかならない。三百二十貫も投資したのだ、しっかり…本気で、命懸けで、命を賭して!…働いて貰わないと困るのだ。


「はっはっはっ仏の巡り合わせ、いや熱田の大神の巡り合わせであろう!」


調子の良い事を言う滝川のおっさんに俺は今度こそ気が遠くなった。

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