第七十二話 深まる疑惑

朝から服部小平太のクソデカボイスが村民と俺の耳に響く。


「オラ!朝飯だ!テメェら椀を持って一列に並べ!!」


俺は一向一揆で荒れた三河からの難民を集めた村、栄村で相変わらず炊き出しに勤しんでいた。

雑穀中心の水分多めの粥、戦で田畑が荒らされ食うに困り流れて来た彼らは、文句も言わずに現代では健康志向といわれるであろうディストピアメシを味わっている。隠し味は素材の味を大切にするほんのり塩味だ。

餓死や凍死が当たり前にある世の中である、火を通して熱々の粥に彼らはそれでも喜んで食べているようだ。

もう少しまともな物を食わせたいし食いたいとは思うのだが、今の所この村のメシ代は全て俺の懐から出ている。千五百人を越えた難民を毎日二食でも食わすのはなかなかに大変なのだ…


「かぁちゃんはもうおなかいっぱいだからね、おたべ」


「でもこれ…」


「いいからおたべ」


「…うん」


…俺は村人の心温まる会話を聞きながら村民と一緒に同じ釜のディストピア飯を平らげた。


◇ ◇ ◇


俺は難民を工兵見習いとして片っ端から町の開発をしていった。森林の伐採に土壌の改良、田畑の区画整理、そして長屋や蔵を忙しく建てていった。本当にゲームのような早さで村が出来て拡張されていく。数は力だな。

近くには鳴海競馬場もあり、競馬大会が開かれる折には市が開く。兵に多少の銭を握らせると市場で物を買ってきて食べたりしている。

だが賦役なのだし無給でやらせれば良いのにどうして銭を出すのかと皆疑問のようだ。


「ここから更に逃げられたら困るし悪銭鐚銭でも喜んでくれる、それで市で買い物をすれば地域経済も回る」


「ほーん…殿も考えとるんじゃなー」

「???」

「………」


俺の言葉に対して反応はまちまちで秀さんは全体的に俺の経済理念を理解してくれたようだ、小平太は最初の部分の逃げられたら困るの部分、治安の部分だけ理解したようだ。外池は全部意味がわからんといった様子だった。


村の建設には経験のある賢くワーカーホリック気味の秀さんは優秀だった。計画を彼なりに嚙み砕いて理解した上でより良いものに仕上げてくれる…のだが「銭を払っているのだし動かさねば勿体ないじゃろ」と平然とのたまいやがった。これはブラックにならないよう注意が必要だ…

小平太は皆が待ち焦がれる朝夕のゴハンの配膳担当だ。見た目が威圧的で村の皆のお腹を掴んでいるのでコイツの存在感はデカい。何せ見た目から逆らえない上にコイツに目をつけられると容赦なく飯抜きになる。現状栄村の支配者といっても過言ではない。

だが女子供、特に子供には少し目をかけてやっているようで粥の内容物を少し良く配膳しているようだ…良いと言っても芋のカケラが入っている確率が高いとかその程度だが。

「とりあえず体を動かしておけば治安は悪くならん」と現状の方向性に問題はなさそうだった。多分近場の競馬場の治安を気にしているのだろう。

外池は…穀潰しだ。お祐殿からまたコイツを伴にとつけられた事に気心が知れているからかとも思ったが穀潰しだからだろう。「こんな奴等のを訓練したところで戦になったら逃げるだろう?」とのたまいやがる。着の身着のままで逃げてきたぼろ雑巾のような難民部隊を仲間と認めていない…というより一緒にされたくないのかもしれない。だが村の連中はそんな外池の気持ちもわからんでもないくらい汚れているのも確かだ。疫病対策も兼ねて出来るだけ清潔にしてもらう。

だがお湯を沸かすにもコストがかかるし体を拭く為の布だってまともに手に入らない。そこでみんな大好き藁だ、藁は万能である。蓑に蓑笠、草鞋、茅葺きの屋根、寒い夜は藁束に包まれて寝れるし、なんなら着る服がないなら腰蓑だ。万能過ぎて涙が出る、綿花とか欲しいなぁ…

というわけで藁を近隣の村からから大量に運んできた。藁に包まって寒さを凌ぐと…これは納豆になれそうだ…納豆…作れるのかな?


◇ ◇ ◇


そんな俺には心配事があった。那古野に残してきたうしおの事だ。

お祐殿の目がいつもの生ごみを見る目ではなく爛々と妖しい光を湛えた野獣のような眼光で「旦那様、うしおは私が厳しく躾けます!」と食いつかんとばかりの勢いでのたまわれるととても「やっぱりやめます」とは言い出し辛く、そのままお祐殿の下に残してしまったが…心配だなぁ…


その心配を解消するべく先の三河の一向一揆で都合三ヶ月の間同じ釜の飯を食った井伊のおっさんの家臣、外池にお祐殿の人となり噂なりを酒の肴にと話を聞かせてもらった。


「なぁ外池、お祐殿の元婚約者殿はどんな男だったんだ?」


「お、なんじゃー殿?姫の昔の男に嫉妬かー?」


全然違うが?


「…まぁ男として知っておきたいわけよ」


俺が心配しているのはうしおくんの貞操で、お祐殿は俺の中でショタコンの嫌疑が掛かっているとは少し言い辛かった。


「お祐さまはな…不憫なお人じゃ…」


夜闇の中囲炉裏の火が爆ぜ外池の顔を照らす、そうしてお祐殿の過去を語ってくれた。


「お祐さまは幼い頃、歳の近い従兄弟の亀之丞さまとご婚約されたのだ」

「なんでも当時お祐さまは亀之丞さまとそれは仲睦まじい様子であったとか」


なるほどその亀之丞さまとやらがお祐殿の初恋の相手か。


「だが許嫁の亀之丞さまの父親に今川の殿様への暗殺未遂と謀反の嫌疑をかけられてな…連座を回避する為、内々に甲斐に預けられた」

「この事は当時伏せられていてな…てっきり処罰をされたものお祐さまは大層悲しみ御霊の安寧を願うと寺に入られた」


暗殺未遂に謀反で連座で処罰のコンボとかこの時代どうしてそんなスナック感覚で血の雨降らそうとするの?頭おかしいの?蛮族なの?


「そうしてお祐さまが二十歳の頃だったか…ほとぼりが冷めた頃に甲斐から亀之丞さまが戻ってこられてな…立派になったと喜んだのも束の間、亀之丞さまには既に妻とお子まで生まれておいでで…お祐さまは相当落胆されたとの話だ」


そうして無事に行き遅れたというワケか…

井伊のおっさんが寺から戻している辺り妻子持ちの亀之丞くんとでも結婚は考えていたようにも思うが普通武家ならそうなったら無理にでも結婚させそうな気もするが…どうもお祐殿が身を引いた…というより無理矢理距離を取ったようにも感じるのは俺の邪推だろうか?

想い出の中のかわいかった亀之丞くんが立派な青年になってショタの面影が消え落胆して興味を失くしたとかじゃなかろうな?

あれれー?


俺の中で彼女の疑惑は一層深まった。

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