第七十一話 お祐大ハッスル

うしおは年齢不詳気味の子である。

歳の頃は六歳か七歳くらいか…小学一年生位だと思うのだが彼の正確な生年月日が分からない。どうにも同年代の子より背が小さいように思うのだが話をしてみると思ったより物事をしっかり考えていて言葉の端々にインテリジェンスの光を感じる…こう言ってはなんだがしずかより確実に聡明であると感じた。…というか…いや、死人に鞭打つような言は良くない。しずかは賢くお淑やかで決して姦しくなどなかった。大和撫子の見本のような女は一本背負いなどしなかった。


そんな彼に実の父、信長の城を見せてやりたいとの事をお祐殿に話した所、彼女は思いの他乗り気でうしおに是非会ってみたいとの事だった。

彼女はどういった経緯か寺に入っていた時期があるらしく、その寺の教育にて読み書き算盤が一通りできるというこの時代では珍しい才女であるとのアピールを強くされた。そんな才女がどういう風の吹き回しか彼に直に武家教育を付けてくれるというのだ、俺は少しの引っ掛かりを覚えながらも彼女の善意に甘える事にした。

実のところ羽豆崎でさやとねねさんに教育を任せるつもりだったのだが、これ以上あそこにいると九鬼嘉隆に海の男にされかねないと秀さんから物言いがついていたのだ。実際既に何度か海に連れ出され情緒教育()を施しそれていたようだった。俺としてはうしおには戦国の世を纏める三英傑の一人くらいの男に成って欲しいと思っているので羽豆崎から出してここ那古野にやってきた。


話が変わるがなんと喜ばしい事に羽豆崎を出る直前にねねさんがご懐妊が発覚した。秀さんと二人で涙を流して報告してきた。

俺の知ってる歴史の秀吉も子煩悩と言いながら二人くらい子供いた気がするし働き過ぎでねねさんと一緒にいる時間が取れなかっただけなのかな?

兎にも角にも無事に元気な子を産んでもらいたいものだが…義理の息子となった秀さんの子って…まさか俺の孫になるのか…?

この歳で俺おじいちゃん?


◇ ◇ ◇


那古野城

高層建築物の少ないこの時代において目の前に鎮座する白く美しい三階建ての謎の威容を誇る直方体の建物は那古野において何よりも目立つものであった。


「うしお…お前の父の城だ」


…全然季忠の記憶にある歴史上の「那古野城」とは違う異様な建築物、ここに信長が住んでいたと思われると「心外だ!」と墓から這い出てでも怒りそうな気すらする。

そんな彼の実の父、信長の事は少しぼかしつつ城の紹介をした。まだ本当の親とか何故死んだとかを彼に教えるのも憚られた。一応対外的には今は俺の城でもあるらしいので嘘というわけではないので誤魔化しておいた。


「…ちちうえ」


うしおは奥歯に物が挟まったかのような歯切れの悪い言葉を紡いで俺を見上げていた。俺が本当の父親ではない事を匂わせてしまったのか、何かを誤魔化した事に気付かれてしまったか…そんな彼の言葉に内心焦りを感じ次の言葉を待った。


「…とうふのようなりっぱなおしろなのですね」


ああ…そっちか…やっぱりそう見えてしまうか…

そうなんだ…俺が見せたかった那古野城は改築をして既に原型を留めていなかった…見せたかったはずの実父、信長の居城は立派な豆腐に変わってしまっていたのだ…

俺は自らの不徳に思わず天を仰いだ。

吹き抜ける美しい青空、白い豆腐、それらをバックに中指を立てる良い笑顔の信長の姿を幻視した。


◇ ◇ ◇


「おはつにおめにかかります、せんしゅうすえただがこ、うしおともうします」


那古野城の広間でうしおが挨拶をする。対するはいつもより優しい慈しむようなにこやかなお祐殿。俺に対する生ごみをみるような目とは対照的である。正直スパルタな教育を施すのではないかと内心心配をしていたがこの様子なら大丈夫なように感じた。

そしてうしおは多少口足らずではあったが、しっかりと自己紹介をした。こういう作法の基本ってやっぱりねねさん辺りが教えてくれていたのだろうか…自分が見ていない間に随分と立派になったうしおを見て影ながら支えてくれた人に内心感謝した。


「おゆうさまにおかれましてはごきげんうるわしゅうぞんじあげます」


俺の目からは立派にも見える…まぁ身内贔屓な所も多分にあるかもしれないが、そんな年の割に立派な我が子に対して井伊の才女、お祐殿の反応は…


「ヒュッ…」


口を押え小刻みに震えていた。なんだ…?いつもの凛とした表情が今日は陰っているように感じる。


(尊い…)


彼女の固く押さえられた口から妙な呟きが聞こえた気がした。正直彼女に一抹の不安を感じたが事は無情にも才女の崩壊へと歩を進めた。


「千秋季忠が妻、祐と申します!!」


え………そういう自己紹介しちゃうの?


っていうか輿入れしてないしそれに彼女からは最初に「私には心に決めた殿方がおります。紆余曲折あって結ばれること叶わぬ事となりましたが、それでも私はその約束を違えるつもりはございませぬ」なんてガッツリ釘を刺されていたんだが…実際今まで彼女とそういった関係になってはいない。


俺はお祐殿の事を「お前に必要な武士としての教育をしてくれる才女」と言ってある。ようは彼女は教師で…そしてうしおは俺の妻をしずかだと思っているハズだ…なのにコイツ突然何を言い出しやがる…案の定うしおは困惑し驚きの表情で俺に視線を向けた。ちげえ!ちげえから!!俺は小刻みに横に震えて違うと必死にアピールをした。そうして彼は俺に何を感じ取ったのか落ち着き改めてお祐殿に向けて言葉を続けた。


「おゆうさまにはこれからぼうのてほどきをしていただけるときき、ぼうがいのよろこびでございます。なにとぞよろしくおねがいいたします」


深々と頭を下げるうしお。混乱しているだろうに先の発言を華麗にスルーした。幼いながら空気を読んだ応えだ…俺より賢いんじゃなかろうか…


「かひゅ…」


彼女の口は声には出さずパクパクとさせている、俺は読唇術なんて出来ないが彼女の唇の動きを見て確信があった。


(て ほ ど き て ほ ど き)

(かーーーわーーーいーーーいーーー)


…彼女は幼い頃に許嫁を決められ、そして彼に恋をしたと聞いた。その相手も当時の彼女と同じ年の頃の少年だったと聞く、その頃の恋心を引きずり、拗らせ、立派なショタコンになったのだろうか…?


「この祐を母と思って甘えても良いのですよ!」


彼女は潤んだ目でテンション高くうしおに宣言しやがった。

甘えて…?教育では…?俺は才女であるはずの彼女の評価を一気に下方修正した。

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