尾張右往左往

第七十話 栄村

威勢よく秀さん夫婦に啖呵を切ったは良いが、俺は暫く屋敷で呆けてしまっていた。


だが鳴海競馬場で至急の対応の必要があるとの伝えが来てからはのろのろと動いた。もちろん秀さんは偉そうに啖呵を切った手前オヤスミさせてである。

だが体を動かせば良い意味で考えなくて良くなる、これも必要な事だったのだろう。俺は重い頭と重い体に鞭打って鳴海へと向かった。


◇ ◇ ◇


服部小平太がクソデカボイスで難民を誘導している。


「この先に炊き出しがある!大人しく列を作って出身と人数を言え!!」


ガンガンとしゃもじで鍋を叩く小平太。

…耳が痛い、心に刺さるのではなく主に鼓膜とか物理的に。だが時にはこういうパワーイズパワーは助かる。弱った難民達は彼の風貌と威圧の声に恐れおののきながらも炊き出しという甘い言葉に大人しく従っていた。



三河の一向一揆は松平の輝ける葵の御門の下に落ち着きをみせたものの、一向宗側についた者やどさくさで反乱を起こした家内の者には今川への忠誠を示す為にも身内だからと甘い顔は見せられなかったのだろう、処罰は厳しいものとなった。

その余波で統治する者が死んだり寺が焼かれたりで三河領内はかなりの混乱をきたしていた。そうして三河から難民がやってきたのである。鳴海を拠点に持つ俺や服部小平太はその対応に明け暮れた。いつしか競馬場は難民キャンプの様相になり、俺は熱田から米を融通し連日炊き出しを行った。

元康からは侘びが入ったが俺は今がきっと神君徳川家康公の靴の舐め時と一層奮起した。

なんだか字面が酷いが決して妙な趣味に目覚めた訳ではない、いたって真面目に家康の靴を舐めたいだけだ。



難民はいつの時代も放っておくと治安の悪化に繋がる。

というかそもそもこいつ等は食えないから流れて来たのだ、目的は食う為だがもちろん金は無い。じゃあどうやって食うつもりだったのかというと自覚がある奴と無い奴はいるが誰かから奪って食うつもりだ。最初から犯罪目的で流れて来たといっても過言ではない。住み慣れた土地を捨てて家族ぐるみで、家族を捨てて国境を侵してまでやってきたアクティブかつパワフルな犯罪者予備軍…いや勝手に許可なく国境を越えてやってきたので本来なら立派な犯罪者である。


そんな彼らをどう遇するべきか、答えは放置。どうせ戻っても食えない、そういう覚悟で逃げて来たのだから無理に返しても帰り道の何処かでまた逃げるだろう。


「兄ィ…また村を作るって本気か?」


小平太は既に鳴海に来て長い、いきなりのお隣さんの発生に迷惑顔だ。


「そのつもりだ、というか競馬場からは早めに退去して貰わないと競馬大会の運営に支障が出る。それにこの人数に犯罪を働かれたら大惨事だが管理出来れば力になる」


三河から流れてきた民の数は千を越えていた、一家総出という者も多く女子供も交ざっており見捨てるのは忍びない。


この時代色々と問題が多い。

とにかく寒い、周りの奴は生まれた頃からそうだったからかそれに気付いていないようだが、お天道様なにやってんの?そういったレベルでとにかく寒い。この気候が不作と不和に繋がっているように感じる。

そして仕事の効率が悪い。稲作をやっても畑を作っても最低限だけやって後は大体寝てる。一日八時間労働とかない、余裕のある社会といえば聞こえは良いがそれで食っていけないのだから始末が悪い。だがこれは自分の田畑でもないのにあくせく働いても仕方がない、作物を植えれば勝手に出来るという労働意欲の低さもある。出来高制等の勤労意欲を引き上げる仕組みを作れば少しは改善するだろう。

更に社会のルールが曖昧。お上があるだけ税をかすめ取っていく。末端の貧農になると一人で食う量を一人で賄えないなんて不均衡が起こり、口減らしなんて事が起こる。管理と分配が上手くいかないから田畑を広げても働く人がおらずに放棄されるなんて勿体ない事態が生まれる。


この諸問題に対処すべく先ずは流入する難民は鳴海宿の前で堰き止め、難民村を建設し実験をする事にした。難民を炊き出しで囲い、その中から兵として働けそうな者を金で雇う。なるべく皆に仕事を与えて何処かの指示系統の下に置く。長屋に押し込んで共同生活をさせる。そうすれば難民の管理もし易くなるだろう。


「俺が訓練教官の千秋先任軍曹である!」


そして比較的元気そうな男連中を雇い、工兵として使う事にした。支払いは銭だ。先ずは森を切り開き村と畑の建設を始める。元々俺直下の兵は三十名程と少ないが、鳴海競馬場を作った経験のある連中だ。更にそいつらのあたたかい指導を受けた彼らの手で村の建設が行われた、その数は三百名。

…あばら家でもこの時代雨風が防げればオーケーなのだ、補修は…まぁそのうち…な。


先任教官共とのあたたかい指導と仕事の後には家族にと少量の鯨のベーコンを渡した。

難民になるだけあって皆栄養状態が悪い。炊き出しを行ってはいるが最低限で足りなかったのだろう、この鯨のベーコンのおまけに釣られ明らかに未就学児であろう子供までも兵の募集にやってきた。世知辛い…


「難民を兵になどして大丈夫か?」


小平太は訝しんでいた。俺もわからん、この時代の蛮族は何をするからからんから怖い所ではある。


「生活が安定すればその生活を守ろうとすると思うんだよな」


何処も余裕がない。俺は都合色々と阿漕な稼ぎ方をしているのでたまたま余裕があった。だが競馬や富くじの場には活気があるが、それは余所から余裕を奪っているだけで抜本的な解決になっていない。与える物にも限りがある、だからここいらで未来知識を総動員してチート能力とか…したい…したいなぁ……


とにかくエネルギー改革と効率化だ。

人にも社会にも栄養、熱源、熱量が足りていない。人間温かいだけで気分は高揚するし病気への抵抗力も上がる、先ずは熱だ。

切り開いた森を木材に、端材を薪に、良く伸びる竹の地下茎を植えては竹を育て竹炭にする。

炭自体は存在するのだが炭焼きは炭焼き名人の爺さんが技術の流出を恐れて一人で山奥でやるのが当たり前らしい。

それを聞いて俺は試行錯誤した、昔一斗缶を使ってやった覚えがある…もちろんこの時代に一斗缶は無い、地面を掘って炭焼き用の窯を作り端材を詰め込み窯から出てくる煙の色が変わったら蓋をして冷ますとかだった気がする…

実際にこの時代には竹炭は存在しているのに一生懸命作っている俺を見て周りからは微妙な顔をされてしまう。だが俺が望むのは量産だ!試行錯誤して教えを請ったりとして竹炭の生成になんとか成功した!

…とはいえ竹炭の出来は微妙なもので三分の一くらいは灰化しているし三分の一くらいは生焼けだったりする。

着火にも手間がかかり難しい、燃焼時間も炭焼き名人の炭より大分劣る…が、大きな窯を作って何人もの人で竹炭を作っていく。粗悪品が多いのだがその中でも良い物は余所に売って金にし、粗悪品はどんどん村で使って竹炭を作る。

廃熱を利用して白湯だけは村の連中がいつでも飲めるようにした。将来的には燻製も作りたいし風呂も作りたい。

皆に熱を!もっと熱を!


そうしてそんな村を作っている最中に羽豆崎から秀さんがやってきた。村の人の名前やら何処に住んでいるのか、家族構成やらの戸籍管理をテキパキとやってくれた。千人以上いた難民を瞬く間に管理してしまう手腕は流石手慣れたものだった。


「殿、これは竹炭か?」


「そうだ」


「他の樹木でやった方が質の良い炭が出来んかの?」


「木は育つのに時間がかかる、それに木を伐りすぎてはげ山にしてしまうと土砂災害が怖い。竹は早く育つからな」


俺は間伐のやり方とか接ぎ木のやり方をよく知らない。接ぎ木の効果が出るのは十年単位だろう、半端な知識でやって出来なかった場合が怖いのであまり手をつけたくなかった。だからエネルギーの供給源はよく伸びる竹だ。何も考えてないわけじゃねーぞ!


「ふむ」


そうして秀さんは少し考えた後に俺が苦労して試行錯誤して作った窯を少し改造…いや、改良を施した。俺の窯の問題点を解消した圧倒的に良い窯で出来上がった竹炭は目に見えて質が良くなっていやがった…

俺が頑張った成果をコイツ一瞬で…いいもん!みんなに役に立つならなんでもいいもん!

俺は心の中ですねた。


そんなこんなでなんとか村としての形が出来た頃には田植えシーズンだった。この頃には難民…いや新しい村の連中ともそれなりに打ち解け村一丸となって田植えに精を出した。

この難民の村も栄えるといいなと思い、安直ではあるが栄村とした。



そして那古野城にうしおを連れてくる事ができたのは永禄七年の六の月だった。

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