第六十七話 那古野攻防戦

一向一揆との戦が一段落つき弛緩した空気の中、那古野城には織田信清が攻めてきたとの報が入ってきた。

既に二月、正月の雰囲気は無い。城が手薄な時を狙うのは正しい、むしろ遅い位だ。

犬山城から那古野城まで七時間程の距離で岡崎城から那古野城までは八時間程だ。この報が届いている時点でもう戦は始まっているだろう。


「数は分かるか?」


「早馬の報告では千以上かと」


守る方が有利とはいえ城に二百、俺が戻っても三百…現実的に戦にならなくねぇか?井伊のおっさんの手前お祐殿を絶対に見殺しには出来ない、そして那古野城を放棄するのは今川大帝国的にあり得ない。

悩む暇も惜しいがむざむざ死にに行くつもりもない、何か打開する手立てを…そんな中、助け舟を申し出てくれた御仁がいた。

今川義元の側近である久野元宗くのうもとむねだ。


「那古野を失うのは治部大夫様の望むところではありませぬ、差し出がましいようですが私も共に参りましょう」


元々三河の一向一揆の平定には義元も強い関心を寄せていた。そして彼のような側近を何人かこの戦に寄越していたのだが、一向一揆が一段落したとみて那古野防衛を助けてくれるようだ。

ウワーメッチャ助かるゥー久野さんの兵五百名がいればギリ戦っぽい形になりそう!

そうして久野さんは俺の耳元で囁いた。


「その代わり、澄み酒を少々融通は出来ませぬか?」


ちゃっかりしているがこの苦しい時に助けてくれるのだ、その程度ワケはない!このおちゃめさんめ!


「苦しい時に助けて頂きますこの御恩、しっかり返させて頂きます!」


俺も澄酒を横流しするだけなのに調子の良い事を言った。


元康は謀反を起こした酒井某という者の懲罰に動くとの事だ。ここからは一向宗との問題ではなく松平家中の問題になる。今川の治世下にある三河で松平に反旗を翻した者達には厳しい沙汰が下されるだろう。

俺は松平元康と挨拶を交わし久野元宗と共に岡崎の城を後にし、那古野へと向かった。


◇ ◇ ◇


織田信清にどの程度情報が伝わっているのかは分からない、こちらの兵が百程度だろうと油断していたのかもしれない。だが那古野に到着した時、信清の軍は五門の投石器から投射される石礫に盾は次々に破壊され前線の維持が困難になっていた。それに夢中でこちらの到着には気付いていないようだった。


「これは好機とみましたぞ、この機を逃すな!続け!」


側面から腹を食い破らんと久野軍五百が討ちかかった。


「こういう時の先陣は殿がやるもんなんじゃないんかい?」


秀さんは不満そうだ。うっさいな…というか俺も一緒に突っ込んでおけば生存率上がった気はするがもう遅い。久野軍は信清軍の中腹に刺さるように突っ込んでいった。

そして中腹を食い破らんとする謎の援軍の動きをみたのか城の投石器の弾道が変わった。石礫の投射量を抑えて飛距離を伸ばしたようだ。幾つかの礫は本陣と思しき場所に直撃したようで軍に動揺が見て取れる。どうやら今までは前線にだけしか石礫を投射していなかったようで、ここまで飛距離が出せると思っていなかったようだ。


「城の仲間が本陣を指し示してくれた!彼等の意思を継ぐ!いくぞ!!」


俺の言葉を素直に従うとも思えなかったので仲間の為と適当な理由を付けて井伊の借り物軍百名を鼓舞した。

狙うは本陣、織田信清本人がいるかは分からないが指示系統を失えばとりあえずは帰ってくれるだろう。


「かかれ!!」


号令と共に俺は兵百人と一緒に本陣へと斬り込みをかけた。

混乱する信清軍だがそこに更に那古野城の門が開き、そこから二百の兵が打って出て来た。


「続けえええええええ!」


先頭の騎馬は戦場には似つかわしくない女の声で号令をかけた。いやいやいやいや、先頭お祐殿とかありえなくない!?元康もそうだったけどこの時代の人間の蛮勇はなんなん!?


「殿ももっと声張り上げんと!」


(俺が目立ってどうするんだよ!怖えだろ!するわけねーから!!)


心中で秀さんのその申し出を全力で聞かなかった事にした。


俺達は静かに本陣に斬り込むと石でも食らったのか昏倒している身分の高そうな男を背負って連れ出そうとする老兵を発見し、勢いに任せ容赦なく斬り伏せてしまった。正直自分の事ながら勢いとはいえよく老兵と怪我人を斬り殺そうと思ったな…足が遅いからつい…

こういう時の作法がいまいちわからん…後ろからの斬りつけは不作法なのか…一言名前を聞いておくべきだったか?完全に勢いでやっちまった感がある。後で首実検をしようにも、そもそも俺は織田信清の顔がわからん。どうしたものか…

そうこう考えていると外池が敵の大将と思しき者の首を切って持ってきた。

丁度近場で怯えて足がすくんだのか動けない少年兵が恐怖に濁った目でこちらを見ているので尋ねた。


「この者は誰だ?」


「……織田…信清様でございます」


彼は恐怖で引きつった顔をして哀れなほどに膝をガクガクと震わせている。

どうやら当たりだったようだ。まじで?

正直余りこういうのを見せびらかすのも気が引けるが早く決着をつけて双方槍を下ろして貰わないと無用な怪我人、死人が出る。それは本意ではない。俺はありったけの大声を出して戦の終了を宣言する。


「織田信清ぉぉぉぉぉ!討ち取ったりぃぃぃぃぃ!!」


それを聞いて戦場に動揺が走ったのが分かった。そして外池の手に掲げられる信清の首。それを見て、そしてその言葉を聞いて立ち尽くす者、戦う意志を挫かれた者が続出した。


「者共!勝鬨を上げるぞ!!」


無用な争いを早く鎮める為にも徹底的に戦場に心理攻撃だ。


「「「うおおおおおおおおおお!!」」」


「「「エイエイ!オオオオオ!」」」


勝鬨を聞き、既に態勢を崩していた織田信清の軍は散り散りに一人また一人と潰走していった。


「千秋様!!」


兵二百を引き連れ、敵兵千の中に馬で突っ込んできた勇壮な女武者が馬を降りてかけてきた。

戦場のテンションなのか包囲していた敵軍から解放された安堵からなのか、お祐殿は人目も憚らずに俺の胸に飛び込んできた。


「よくぞご無事にお戻りになられました!」


なんか勢いでお祐殿を抱きとめてしまったが…くっさ…何日も鎧を着て籠城してればなぁ…

正直向こうも俺の事を臭いと思ってそうだが俺が臭いのはもう仕方がない。だが女性は戦場になど出ないで身だしなみをきちんと出来る安全な場所に居て貰いたいものだとつまらない事を考えていた。


戦場で抱き合う男女、その後ろにまだ血が滴る首を掲げた男、勝鬨を上げる男共。

ホントに戦争は地獄カオスだった。


◇ ◇ ◇


その晩、秀さんが羽豆崎から文を貰っていた事を明かしてくれた。差出人はねねさんで岡崎城の秀さん宛てであった。

内容は彼女の近況としずかに子が生まれた事が軽く書かれていた。どうやら一月の末には生まれていたらしい。どうも戦が終わるまで俺にその文の事を明らかにしないで欲しいと丁寧に書かれていた。

昼行燈していたから子供が生まれた事を知ったら帰ってきかねないとかの配慮かもしれない。


「そうか生まれたか!」


何かを考えている秀さん。


「…どうも内容が殿宛てだと思うんじゃがのォ?」


三河一向一揆と那古野城での戦と都合三月も留守にしてしまった。

初産に立ち会えないのは相変わらず俺は間が悪すぎる、早めに羽豆崎に向かおうと決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る