第六十四話 漆喰!豆腐城!
三河の元康の元に向かう前に井伊のおっさんの娘、お祐殿がいる那古野城にやってきた。城主不在の那古野城に織田信清が侵攻してきた時の為に投石機を配備する為だ。
俺は仮初の城主とはいえ三河の一向宗を相手にドンパチしている最中を狙われる可能性がある、押し付けられたとはいえ一応の責任がある…というか那古野城を井伊直盛のおっさんから引き継ぎした早々この城を失ったら今川大帝国での立場は無い。それこそ俺の首もなくなるかもしれん。三河の戦の助太刀に出ていましたで免責になるものではない。
考えたら怖すぎるのでこうして少しでも防御を固める為にやってきたのだ。
暫く振りに来たみすぼらしい灰色の胡麻豆腐城、もとい那古野城は白い漆喰で丁寧に塗りたくられその姿はすっかり綺麗な白へと変貌していた。
白い…圧倒的白い直方体…どうみても豆腐…白い立派な豆腐城がそこには鎮座していた…またしてもやっちまったなぁ……
それどころか窓と出入口のカタチから今にも「ハーイ」とお声掛けしてきそうである。
俺の心中はまたしてもやらかた事にざわついていたのだが、城主代行であるお祐殿の機嫌はすこぶる良かった。
「まるで豆腐のようですわね!素敵ですわ!」
テンション高く満面の笑みで喜びを顕わにしていた。どうもお世辞ではなく本当に喜んでくれているようだ。
もしかして自分の感性がおかしいのかと彼女の周りの兵の顔色をそっと伺ったが、どうにも周りの者も皆渋い顔をしているようなのでこれは彼女だけの不思議感覚なのだろう。
やらかしてしまったものは仕方がない、こんな外観だが中身はコンクリなので案外強いハズだ、豆腐城に詰める皆には諦めて貰おう。
豆腐城の屋上に登る。
平城とはいえ元々一段高場所に三階建ての屋上だ、わりと見晴らしが良い。物見櫓も顔負けの高さである。
とはいえ山にでも登ればこの程度の高さなど珍しくもないが屋上には投石器を五機程は置けるであろうスペースが存在する。
「これは…飛砲…ですか?」
前に俺に生温かい視線を向けたお祐殿の側近っぽい男が言葉にする。
あ、やっぱり投石器は存在するのね。
「知っているのか?見様見真似で作ってみたのだが、どうだ?」
どうだというのも俺はその飛砲というのを知らない。
そして俺が作ったのはローマで使われたようなバカでかいカタパルトではない、でかい弓だ。これがその飛砲とやらと構造が同じなのか分からなかったので聞いてみた。
「いえ…某も見るのは初めてでござる」
残念、投石器の概念はあるようだが秀さんも言っていたようにかなりマイナーな兵器のようだ。
投石器を屋上で組み立て、発射テストを行う。
那古野城の二重の掘りの外側、距離は五十メートル程だろうか?石の大きさは一抱え…十キロ程の重さのものを使用する。それを匙のような部位に載せて弦を引き絞り調整を行い発射。珍しく素直に上手くいった。誰ともなく「おおっ」と歓声があがる。
試射を繰り返し、石の重さと弦の引き絞りの加減を覚えれば覗かなくても狙った場所に落とす事が出来るようになった。
弦をしっかり引き絞り、石を小ぶりなものにすれば三百メートル程度は飛ぶ事も確認出来た。嫌がらせには丁度良いだろう、これだけ飛距離が出ればもしかしたら本陣を狙えるかもしれない。
試しに盾を持った兵を配備して単発で試射を行ったが拳より一回り大きい石は重力加速度をつけて木で出来た盾にぶち当たり粉々に破壊した。また誰からか「おお……」と歓声が漏れた。
結構コレおっかねぇな…
「この高さからなら普通に投石しても良さそうだな」
俺が珍しく上手くいったので調子にのると秀さんからは色よい返答は返ってこなかった。
「やめとけ殿、投げれる程度の小石なら向こうもその石を投げ返してくる、それより種子島で狙撃される事もあるやもしれん、頭を出さん方がええ」
確かに下から見ればただの豆腐だが上に人がいるのが分かったら狙撃の良い的になるな…今更だが狭間を作っておくべきだったか…
「何より此処に余り人を多く上げとうない」
秀さんはこの屋上の耐久力に余り自信がないようだ。
施工「責任者」の秀さんにそう言われるとちょっと怖くなってきたな…
施工「責任者」の秀さんの言葉はしっかりお祐殿に伝えておこう。
弦の破損時の交換方法等やら注意点を教え兵には毎日手ごろな石を城内に持ってきて備えるように言い含めておいた。
それと石は重いので使う度に下から持ち込んで屋上には保管しないようにと注意しておく。
そんな事を説明するとお祐殿から望外の申し出があった。
「これだけ防備を固めて下さいましたのに城主様に何もしないのでは井伊の名折れでございます」
「外池」
「は!」
外池と呼ばれた側近の男が返事をする。
「貴方は百名の兵を連れて千秋様にお供しなさい」
「心得ましてございます」
なんと岡崎城へ向かう俺に百名、兵をつけてくれるそうだ。
「それはありがたい申し出だが…その良いのか?」
この城の防備として井伊直盛のおっさんから借りた三百の兵のうち百人も俺に預けて大丈夫なのだろうか?
俺は元々工兵二十五名で三河に向かう気だったからありがたいのだが…
「堅牢な城と投石器とやらで百人分の働きは出来ましょう。それにいざ籠城となりましたら兵は少ない方が兵糧も持つというものです」
確かに算盤の上で食い扶持が減った方が長く籠城はできる…が、兵が少ないというのは単純に心許ないものだ。
肝が据わってるのかそれとも現実逃避しているのか…前者なら間違いなく大物だなこの姫様。
「望外な申し出感謝する。必ずこの外池ら百名、姫の元にお返ししよう」
「外池といったか、よろしく頼む」
「は!」
兵はありがたく借りる事にする。俺も未来の大神君徳川家康もとい松平元康にちょっとは良いトコを見せて信頼度を上げておくチャンスなのだ。
それでも出来るだけ迅速に兵を戻すよう努力はしよう、俺が百人も兵を連れて行ってお祐殿に何かあったら井伊のおっさんに何を言われるかわかったもんじゃない。
しかしいきなりの大所帯になった、熱田で米の無心をしてから三河に向かおう…
◇ ◇ ◇
その晩はお祐殿自ら腕によりをかけたという夕餉を振舞ってくれた。
椀には立派な白い豆腐が鎮座していた。
一同は「スーン」といった風であったが、お祐殿は終始ニッコニコであった。
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