第六十二話 分かつ道
今年は米の収穫の時期に台風も来なかったので良い収穫量だった。
この時代だと野分とかいうらしい、最初聞いた時はちょっと意味がわからなかった。
「ソーレ!ヤーレ!ソーレ!ヤーレ!ヌウオオオオオオ!」
謎の掛け声やら合いの手を聞きながら俺は熱田の家の者と一緒に千歯扱きを使って米の脱穀をやっていた。なんだかお祭りのような賑わいだ。
「凄いですねこれは!いくらでも出来る!驚きの速さで脱穀が済みますよ!!」
熱田神宮の見習い、茂吉がテンション高めに語る。
以前は家人総出で大きな箸みたいなもので黙々と籾を落としていたのだが、どうにも効率悪そうだったので小学校の歴史教科書の記憶を頼りにこの千歯扱きを作ってみた。正直出来映えは怪しいものだ、稲穂を振るう度に倒れそうになる。どう考えても俺の設計上のミスだが、こんなものでも皆は随分と重宝してくれているようだ。
あれー?俺またなんかやっちゃいました?
棘付きのドラムを回すヤツもあった気がするが、木の棒に鉄の棘を刺すだけの千歯扱きでも設計上の問題を感じている。複雑な回す機構を考えるより暫くはブラッシュアップを考えよう…そう考えていると秀さんが俺に話を持ち掛けてきた。
「殿、コレもっと作って売らんか?」
「…売れるかコレ?」
「自分で作っといて使えないと思っちょるんか?」
「いや…でも木の棒に鉄の針を立てただけだぞ?」
この千歯扱きの原理は木の棒に針を立てただけだ。もっと研究して試行錯誤でもすれば籾を落としやすい角度とか程よい隙間の大きさ等があるかもしれないがハッキリいって今素人の俺が作ったコレは材料さえあれば誰でも作れるような代物だ。
「それでもこの針を用意してまで作るのは面倒じゃ、売れるじゃろ。なぁに羽豆崎に鯨が入ってない時にでも村の連中に作らせる」
羽豆崎は米が採れる土地ではない、だから米を買う為の産業が必須だ。鯨も海運もあって今の所はそう困る事はない。だが産業が多くて困る事もないだろう。
それに半分軍事物資を想定したコンクリと違ってこれは民間用の生活の為の機械だ。積極的に産業にしていこうとする秀さんのたくましさを心強く思った。
「…そうか、それならせっかくだし今川様に献上する用の物も一つ作っておいてくれるか」
俺は偉い奴への土下座と
「…殿、そういうのは出来の悪い物だとかえって心象悪くなるぞ…」
秀さんは量産品を作りたさそうな顔をしている。うむ、だが一番良い物を頼むな。
「ついでに松平のも」
そう、ついでなので将来の神君徳川家康公へもゴマすっておこう。
「だから…」
秀さんは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
そうやって皆で稲の収穫に沸く中、熱田神宮に一人の客人がやってきた。
三河円光寺の住職、泣きぼくろがチャーミングな男、順正さんであった。
◇ ◇ ◇
「何卒千秋様におかれましても我々と一緒に松平様、そして今川様の圧政に対し抗う力になっては頂けませぬでしょうか」
そう言って熱田の屋敷の奥座敷で順正さんは丁寧に俺に向かって頭を下げた。
丁寧な口調とは裏腹に反社会勢力へのお誘いであった。
「松平の家臣の方々からも相当な数、我々と運命を共にする旨の答えを頂いております」
誰が裏切っているのか内情は一切聞こうとは思わない。聞き出せば俺の手柄にもなるだろうが、この場は明確に俺の立場を表明するだけにしようと心に決めていた。
ただ俺のお粗末な戦国時代の知識では一向宗が元康と戦う事を知らないんだよな…戦ってたとしてもフツーに鎮圧された些事だったんじゃね?と思う。
なにより元康は大神君徳川家康として江戸幕府を開くご予定だ。そのおこぼれに預かる気満々の俺としては元康の肩を持たないという選択肢が無い。
まぁこの時代今川義元が存命だからどうなるのか全く分からないのだが。
クッソ…チ●レンジあてになんねーな…
そんな事を考えながら俺は順正さんに誠意を込めたような視線を向け言葉をつむぐ。
「神と仏、祈る先は違えど民を想う順正様のお気持ちは理解致します」
貧民層に向けて寺が炊き出しをして社会奉仕をしている事は知っている。
それで生を繋ぐ者がいるのもわかっている。
「ですが民を導く者は民を縛るのではなく、民の幸せを願い可能性を与えるべきであると考えます」
炊き出しに甘えさせ、依存させてはいけない。それは枷になる。
自分で稼ぎ、食っていけるように教育し、大きな社会の輪の一部になれるようにしないといけない。
祖先が切り開いた田畑をただ守り、念仏を唱えるだけでは稲の収穫量は増えないのだ。
ましてや炊き出しの粥の雑穀を徐々に薄くして「食えないのは政が悪いからだ」と為政者を呪うように仕向けるのは論外だ。
だが食い扶持を得て読み書き算術を知れば
それでも俺はそれらを数多に積み重ね研鑽した遥か未来を知っている。人類は蛮族から脱して未来へと進むべきなのだ。
そして今川義元はそれが出来る男だ。
「どうか慈悲深き阿弥陀様の救いの御手を血で穢しませぬよう…お考え直し下さい」
「仮名目録の追加を皆さまが受け入れた上で民の生活の為になる事でしたら私も助けとなる事をお約束致します」
そう言って俺は頭を下げる。
明確な拒絶の意だ。
俺は順正さんが桶狭間で散った信長、そして
だから出来れば決起などせず、順正さんにはその徳をもって人々を導いて欲しいと思った。この時代の蛮族味溢れるDQN僧侶共と違い、彼は人々に必要とされるべき人であると信じている。
「…そうですか」
そう順正さんは心底残念そうに呟き、それ以上言葉を出さなかった。
彼と俺は今ここで決定的に袂が分かれたのだろう、次に会う時は戦場かもしれないと覚悟を決めた。
屋敷の広間には千歯扱きを使って籾を落としていく家人の活気溢れる声がどこか遠く響いていた。
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