第六十一話 式年遷宮
伊勢神宮の式年遷宮がしめやかに行われる。実際には数年かけて色々な用意と祭事を行い、本日の遷御の儀に至った。
本来は二十年毎に行われるはずの遷宮は今年都合約百年ぶりに執り行う運びとなった。この儀式をやるに当たって百年以上前の文献やら日誌やらを読み漁りながらで随分と苦労があったらしい。
正直百年途絶えてるってそれはもう途絶えたのでは?不敬にも思っていたのだが、こうしてしっかり継続出来ているのを見ると神宮の禰宜の苦労が偲ばれる。
夕刻になり神宮の儀式は未だ続いているが、自分まで貴賓室とやらに追いやられた。儀式は深夜まで続く長いもので外部の者には見せてはいけない儀式もあるだろう。
今日の主役、伊勢神宮の外宮の宮司、
この貴賓室には尼さんやおじゃるまるもいらっしゃっり談笑している。
清順さんという尼さん、今回の式年遷宮の立役者だ。十年以上も朝廷やら全国の大名家やらに寄進を願い、今日の式年遷宮に至ったのだ。喜びもひとしおだろう、目に涙を溜めて喜んでいる。
その遷宮の立役者の横にいるのはおじゃるまる…いやそんなかわいいものではない。アレだ、アスキーアートで見たことがあるヤツだ。白塗りに黒い歯、まんまアレだった。
「そうでおじゃりますな」
すげーな、おじゃるなんて言う奴初めてみたわ…ホントに言うんだな…歯黒いし……宇宙人か?
そんなおじゃるまるをガン見しながら失敬な事を考えていると不意に後ろから押し殺した声で叱責された。
「馬鹿者!頭が高いわ!!千秋の!!!」
そして後ろから首をパシリと軽く横薙ぎに払われた。軽い木で出来た扇子の薙ぎ払いはそれはそれは軽く、優しく凪いだだけだった。だがその感覚は今までに一度も味わったことのない奇妙な感覚、首の骨に「これが最良の角度、そこを通されると首が離れる」と自覚出来る絶死の薙ぎ払いだった。
一撫でで俺は死んだ。
だが生きている、俺は生きていた…
「なんじゃ鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしおって…」
俺の首を刎ねたハズの北畠具教が怪訝そうな顔でのたまった。
首を刎ねることに定評のある北畠具教の貴重な薙ぎ払いを首に受けるという貴重な経験に俺は放心していた。
「あ、はい」
心ここにあらず…という風のつまらない受け応えをする事しか出来なかった。
刀じゃなくて本当によかった…
「よいよい、熱田の大宮司殿でごじゃろう」
ごじゃろう…まるで邪気の無いといった風な空気を纏い、宇宙人がじゃれ合いを仲裁するかのように殺意の渦中に割り込んできた。
今こちとら首を刎ねられるかどうかだったんだよ必死だったんだぞ、何も知らない宇宙人が口出すな…混乱した俺はそんなことを考えていたが、また具教から殺気を感じた気がした。
北畠具教はうおっほん!と一つ大きく咳払いをして宇宙人の紹介をする。
「こちら関白
はえー?なんだか俺がまだ呆けた顔をしているのを見ると押し殺した声で言葉を続けた。
「関 白 左 大 臣 ! 従 一 位 のどえらいお人じゃ!!お前なんぞあの方の毛の一本にも劣る御方じゃ!」
尾張守で信長の主君の斯波義銀が従四位で、従三位のこの首斬りのおっさんをめちゃくちゃ偉いって言ってたのに従一位?しかも関白って豊臣秀吉じゃん、めちゃくちゃ偉いやつなんじゃね?
俺の表情は口ほどに物を言っていたようだ。
「偉いんじゃよ!!!」
具教の殺意を押し殺した声にさっき叩かれた首筋が反応する。
「ははーー!」
俺は時代劇よろしく頭を畳にこすりつける程に深々と土下座をかました。
◇ ◇ ◇
「千秋のおまえまさか酒を振る舞って酔わせれば全て誤魔化せるとか思っとりゃせんじゃろうな?」
ギクリ…図星すぎて冷や汗が背中を伝う。場を和ませ色々有耶無耶にしようという魂胆は見透かされているようだ。
「まさか…式年遷宮の清めの酒……伊勢の清酒で身を清めて頂ければと……」
俺が出してきた澄酒を訝しむ具教だったが、俺から銚子を奪うと近衛前久の盃にうやうやしく澄酒を注ぎにいった。
確かにあのおじゃるを酔い潰して失礼を誤魔化しておきたいのもあるが、念の為具教も酔い潰しておきたい。
「これは…噂には聞いておじゃったが本当に透明でおじゃるな…」
へぇ…都でも噂になってたのか、なんだか嬉しいものだ。それなら持ち帰って貰ったらよいお土産になるかもしれない。
俺はその後皆の盃に澄酒を注いでまわる。そして尼僧の清順さんからは拒否されてしまう。
「私は僧籍ですよ、貴方もほどほどになさい?」
至極当然のように拒否されてしまった。
そうだ、僧侶は酒を飲まないのだ。この時代自称僧侶のヒャッハー共が白昼堂々と般若湯を片手に酒ではないと嘯き、街道で自称関所を作って堂々とタカリをしたりしていた。
世は正に末法の世の様相…
そしてこの徳の高い尼僧は当然そんなヒャッハー共とは違う、俺は侍女に彼女の為の茶を頼み、俺は最後に自らの盃にも澄酒を注いだ。
その場にいる一同が俺に視線を向けていた。お?乾杯の合図か?そんな事を思っていると
「莫迦!毒見じゃ毒見!」
そう具教が口パクで伝えてきた。
ああ、なるほど…俺は皆の前でぐいっとわかりやすく見せつけるように盃を傾けた。
芳醇な香り辛めののど越し、そうして熱い澄酒が体内に火をつける。空となった口の中には果実のような仄かな甘みが残る。
くわっ相変わらず永吉さん良い仕事をするな…そう思いながらせっかくの透明な酒なだ、盃に「寿」の字を入れて慶事を祝いたいものだと思ってしまった。でも漆塗りの職人にアテなんてないなー…
うっとりとそんな事を考えつつ暫くの間、俺の様子に問題がない事を確認し関白殿下が音頭をとる。
「今宵は神宮の百年越しの目出度き日、我々もささやかに祝うでおじゃるよ」
参列者各盃を傾けていく。俺は睨む北畠具教の盃が空になるのを狙って酒を注いでいく。数度盃を傾けると次第にニッコリと目尻が下がり口角が上がっていく。
バカ殿が出来上がった。チョローい!
この時代酒が貴重なのもあって酒が嫌いな人間はそういない、こういう場となるとつい飲み過ぎてしまうまであるのも無理はない。
暫くするとそこには打ちあがったあざらしのようになった北畠具教が完成されてしまった。
酒は飲まれるまで飲むのが悪いのだよ…!
「これは…美味い酒でごじゃるの…」
おしろいごしにも顔を赤くした宇宙人がたそがれている。そこにそっとお酌をしに滑り込む。
「関東に残してきた友が酒好きであっての…このような美味い酒を一緒に飲み交わしたかったのう…」
なかなか会えない友人を酒で思い出していたようだ。この時代戦争やったりしてたら本人に手紙を送るのも一苦労ではある。
宇宙人の目から涙が零れる。この宇宙人の涙のツボがわからんが、変に喋ると馬鹿がバレるのでお酌をしながら控えめに相槌を打っておく。
「前線の城におったが故あって京に戻ったのじゃ…じゃが麻呂が京に戻った後に
うーん…ギルティ?
前線の戦場で何があったのかは知らないがそう思っても顔に出してはいけない…しかし関白様が前線に行くのも正気の沙汰ではないな。
「それでは自分から其の御方に近衛殿下からと言付けて贈らせて頂きましょう」
流石に俺もこれは酒を強請られているのだと気付き空気を読んで口を挟んだ。
「おお!それはまこと嬉しい事よ!…してこれだけの美酒じゃ、帝にもご賞味頂きたいと思うのじゃが…」
チラチラとこちらを上目遣いに見てくるおじゃるまる。まぁ帝への献上とか普通に光栄な事なんだろうけど分かりやすくタカリにくるなこの宇宙人。
「御心配には及びませぬ、帝への献上品と殿下への酒もご用意させて頂きます」
初めて貴族ってのに会ったけどみんなこんな感じなのだろうか?
前線に出たとか言ってるけど信じられん…というかよく出したな…友人とやらの苦労が偲ばれる。
「気を遣わせて済まなんだのう、関東管領殿には麻呂からも文を送っておく故お頼み申しましたぞ」
そう宇宙人はおしろいの下からでもわかる赤ら顔で黒い歯をニッコリと喜色を示した。
関東管領とかどんなヤツなのかしらんがきっと偉い奴に違いないしこの宇宙人の機嫌をとっておいて悪い事もあるまい。
そうして俺はこの宇宙人も打ち上げられたあざらしにする為、空になった盃に酒を注いでいった。
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