第五十四話 脅威の一向宗

この場で一人勝利者として君臨した義元。

皆代わる代わるその札を見ては義元に対して驚き露わに賛美した。太鼓持ちやご機嫌取りのような者もいるだろう。競馬の熱は帯びていたが皆まだ『遊び』と思い気軽にその賞賛の言葉を浴びせていた。

なるほどこれは政治の一環なのだろうと思いつつ、その思惑は上手くいっているようだった。

すっかり潰れて正体不明となったオットセイ吉良義昭一人を除いて。


◇ ◇ ◇


午前の町衆競馬が終わり一刻程間を空け武者競馬を取り行う。

いつもなら酒を片手に他愛ない次の予想にと花が咲くのだが、今日は集まったメンツが面子だ。義元は斯波義銀と吉良義昭を引きずり…もとい伴い歓談室に籠った。

どんな話をしているのかは気になる所だがトップシークレットだ。


俺も別室で元康とOHANASHIをする。もちろん内容は順正さんからの文の事だ。

正直午後に家臣の出走を控えている元康には余り時間は無い。早速問題の文を懐から取り出し広げ読み始めた。目線を動かし文字を追う元康、そして暫くすると眉間に皺をよせて頭を抱えた。

俺に文を渡してくる元康。

え…俺にも読めって?その頭抱えるような内容が書いてある文を?

俺としては面倒事は避けたいのだがもう避けるといっても無理があるだろう。だから出来るだけ浅くと思うのだがこれを読むと確実にハマっていくのは確実だ。嫌だが読む事を拒否するとそれはそれで元康からの評価が落ちそうなので未来の徳川家康の靴を舐めるつもりで仕方なく内容を確認した。


…あぁいかん…これは面倒事だ。


手紙の内容はかいつまんで言うと定番となった寺と民の窮状の訴え、幕府によって定められた守護使不入の権を今川と松平は守れとの要求、そして今川仮名目録には従わないというオブラートに包み損ねた明確な拒絶のコンボだった。


「一向宗側も既に人を集め戦の準備をしております。これはその最後通牒ですな」


この文には人を集めているという話は書いていなかったが、元康は元康で独自に情報は集めているようだ。


「既に信頼出来る者を数名、一向宗側に忍び込ませておりますが思った以上に自主的な離反者も多く、頭を痛めております」

「戦は収穫明けの秋から冬の頃になるでしょう」


米を収穫し食い扶持の確保は大切だ。年を跨いでの戦は富くじの神事にも影響が出そうだし勘弁して貰いたいところだが、そこは親父殿に相談しておこう。

そんな事を考えていると元康は一向宗という存在の事を語ってくれた。


「彼らは信仰に依って集まった者であり、数は多いですが弱兵です。兵…というかほとんど装備も持たぬ民です。中には祭りと勘違いしているような者もおりますがとにかく兵の数が多い。過去加賀では兵百に対し一万の民を充て、圧し潰されたという事もあります」


何そのムリゲー…


「統率が取りにくく暴走しがちで、前進しか出来ませぬ。軍としてみたら下の下といえましょう。ですが弱兵と舐めてかかると痛い目をみます。」

「竹やり木の棒、石で叩いても人は死にます。一部は死を厭わず、信仰により殉じれば極楽浄土に行けるという信念の元、矢で射っても鉄砲を食らってもこちらへの歩みを止めない者さえおります」


信仰の力こわ…


「また遠距離においては兵の数にものをいわせた投石を行います。一万の兵がそれぞれが石を十も持っていれば十万の石が雨あられと降ってきます」


普通に石を投げられるだけで驚異だな…


「訓練された兵の組織的な動きには弱い部分はありますが、数で圧倒されると囲う事もままならず、それを補って余りある数で飲まれます。」


数が多すぎて軍略が通じない事があるか。勿論事前に兵の数を知る事、それを把握させない事も作戦のうちなのだろうが、それでも圧倒的数の暴力こわ…


「そして恐ろしいのは敵対する者、仏敵と認めた者に対して慈悲がありません」


敵に慈悲が無いのは当然だとは思うが…?


「捕虜を取りません、皆殺しです」


え、やだこわ…


「彼らの信じる仏に逆らう不心得者へは何をしても良いという風潮があり、兵は嬲り殺しになります」


ウワァー…蛮族ゥー…


「ですが人間は信仰の下に一切の恐怖を感じずに行動出来る訳でもありません。一度統制が乱れると散り散りに逃げ出し戦にならないという脆い部分もあります。逃げ出した者の一部は少数で木々の中に隠れ潜伏し、隙を伺いこちらを刺しに来る事もあります」

「そして危険であると理解して戦術を用いたりすると綺麗に引っかかる事があります。川を挟んで橋で待ち受けると意識の高い者から順に死にに来ます」


…ゲームの頭の悪いBOTみたいだな。

ルール無用の性質の悪い連中だというのは理解できた。聞けば聞くほどそいつらのいる戦場に出たくない。正直弱兵だろうが万の数と聞いて俺の胸の内に去来するのは自らの手勢。その数二十人程…正直気が滅入る。


「我が家内でも一向宗門徒、仏に弓引く事に忌避感を覚える者も多く一向宗側に付こうと考える者まで出る始末。まともな戦になるのかと危惧しておりましたが、我々は熱田の大神に護られている神兵であると印象付けられれば家内も纏まりましょう」

「何卒頼みますぞ、千秋殿」


元康は俺の目を見て手を握ってくる。

そこは発端は今川の仮名目録なんだし法による統治を推していこうよ?とのツッコミなど出来はしない。

なにせこの男は将来徳川幕府を作る神君徳川家康なのだ!そう今こそ靴を舐め恩を売る絶好の機会なのだ!!

俺は目を逸らさずに元康を見て言う。


「勿論です。私に、熱田に出来る事は全てやってみせましょう!」


しっかし最悪宗教戦争になりそうだけど大丈夫か?…いや元々宗教戦争だったか。

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