第四十七話 さやの詰問

まだ日が沈みきらぬ夕刻、秀さんと別れ夜闇で足元が覚束なくなる前に羽豆崎の屋敷へと帰路に着く。

俺は一人、酒場での話を反芻していた。

『しずかが石女の噂で気に病んでいる』という話の真偽を確認しなければならなぬと思いつつ、それを彼女にどう切り出したものか悩んでいた。

頭も痛いしうんこもれそう。


重い頭で重い足取り、そんな体で屋敷に戻ると門の前で掃除をしている侍女のと会った。

彼女は俺を見たかと思うと相変わらずの仏頂面で眉間に一層力を籠め、そそくさと屋敷に入り扉を閉じようとする。

まって、締め出さないで。


「…お帰りなさいませ旦那様」


俺の存在に気が付かなかったつもりなのか、フリだったのか、彼女なりのジョークなのか色々理解出来ないでいたが、とりあえず無事に屋敷に入る事が出来た。

すました彼女が眉間の皺を深めつつ俺に挨拶をする、しずかの話を聞く良い機会だった。


「さやさん、話があるんだけど」


「お断りいたします」


なんかにべもなく断られた、愛想が無いとかそういう次元ではない。

しずか付きの侍女とはいえ一応主人に対してその態度はどうなのよとも思ったが、どうしても彼女から見たしずかの情報が欲しい。

自らが撒いた種、自業自得ではあるのだが、この期に及んで俺はヘタレだ。一番近くで彼女を見ているさやの目から見てしずかがどのように感じているのか、俺は知りたかった。


「そう言わずに頼む!しずかの事で相談があるんだ!」


そう言うと彼女は嫌そうな顔を全く隠さずに、全身から嫌々オーラが出て相変わらずの不機嫌そうな様子が手に取るように解った。それでも仕方がないというように俺の話に付き合う姿勢を見せてくれた。


「…それでしずか様のどのような事をお知りになりたいのでしょうか」


そう問われて俺は少し言葉を選ぶ。

さやは口が軽い方だとは思わないが、しずかに気を遣ってこの相談の内容を自らの主人へ伝える事になるだろう。全く気にもしていない事を俺から探られていると伝わればしずかに無用な心配をさせてしまうかもしれない。


「しずかが何か…その…噂とかを気にしていたりしないか?」


悩んだ挙句この期に及んで『石女』という言葉を出す事を躊躇い、主語を曖昧にして聞いてしまう。


「石女の事でございますか?」


ビンゴ、あまり嬉しくない大当たりだ。

しずかに関する『噂』といえば『石女』このド直球な関連付け。

打てば響く、美しく綺麗なピッチャーライナーだ。察しが良すぎて耳が痛いが話が早い。


「出来ればしずかの事をよく知っている、さやから見てのしずかの胸中を聞きたい」


しずかを取り巻く噂とそれに対する彼女の気持ちや姿勢。

ねねさんはその噂を気にしていたが、しずかがそれをどう考えているのかは秀さんを通した又聞きだ。もしかしたらしずかは気にしていないかもしれない。

そんなワンチャンを期待してさやに頼み込む。


「…しずか様はとても悩んでおいでです…ですが私では少々答えにくい事も」


初っ端から直球で気にしているとの答え、救いは無かった…


「言い難い事かもしれないが頼む、しずかの気持ちを出来るだけ知りたい」


答えにくい性的な事柄を上司パワーで聞き出す、セクハラとパワハラが合わさり最悪に見えるが俺も必死だし真剣だ。さやはそんな俺の態度に眉間に皺を濃く刻みながらも語ってくれた。

また目に見えて彼女からの俺の評価が下がった感じがしたがそれは仕方ない。

彼女の目から見たしずかと世間での噂、そして少し躊躇った後にしずかの言葉を聞かせてくれた。


「村の人はまだ嫁いで二年だからと元気づけてくれているが、兄貴はきっと気を揉んでいると思う」

「今はねねも同じ境遇で悩んでくれているが、もしねねが先に妊娠したらあたしはどうしたら良いんだろう」

「帰ってくる度に一緒に寝ているのに一向にややこを授かる気配がない」

「すえただは私を愛してくれているのと感じるのに、あたしの愛が足りていないのだろうか」

「熱田のたあ殿は二人目を妊娠したと聞くのに…あたしは不甲斐ない」

「お百度参りでもした方が良いのだろうか」


と、しずかの悩みを包み隠さずに話してくれた。

九鬼の繋がり、村人の視線、ねねさんという友人、そしてたあと比較した自らの境遇。

俺の時代にそぐわない常識やモラル…俺の嘘が彼女を苦しめていた。


「…言い難い事を言わせてしまってすまない」


俺はさやに頭を下げて謝意を示す。自らの主人の悩みを配偶者とはいえ勝手に漏らすのは望ましい行為ではないだろう。

だが彼女は俺へしずかの気持ちを伝えてくれた。彼女の事を心配しているからこそ俺へ伝えてくれた。


だからつい俺はさやへ何かを伝えたくなった。

こんな事をさやに言っても仕方がない、だがしずかに纏わる話を彼女には隠さずに知って欲しいと思った。

俺はまだ彼女と体を重ねていない事、俺が彼女を騙した話をした。

さやは信じられないといった風に驚き眉をしかめた。


「…何故そのような嘘を?」


さやは眉間に皺を濃く刻み、責めるように…いや正しく詰問される。


「彼女の体でお産をしたら命に関わる…と思っている」


年若い母親が出産時の死亡率が高い事自体はこの時代でも常識である。

しずかはこの時代でも年齢に見合わず小柄な方だ。

しかしそんなリスクがあろうとも平均寿命の短いこの時代、次世代の担い手を求める。

例え一日に千人が死んでも一日に千五百の産屋を建て子供を増やすべきなのだ。

子沢山は名誉であり我々人類は産み、増やし、地に満ちるべきなのである。

そういう常識に照らし合わせ、食うに困る環境でも無い限りわざと子供を作らないという選択はない。

さやは目を閉じ少しの黙考の後に呆れたように言葉を紡いだ。


「しずか様はもう大人でございます、いつまでも子供扱いされますのは失礼にあたるかと」


確かに。

この時代で彼女は既に一人前扱いされる年齢でそんな彼女をいつまでも子供扱いしていた俺が失礼なのだ。

ただその…なんというか、俺の目から見ると少々発育が…と考えているとさやから厳しい言葉を受ける。


「それとも殿はしずか様を疎んじておられ離縁なされるおつもりで?」


さやの目力が鋭く俺に刺さる。


「違う!そんなつもりはない!」


俺はその言葉を即座に否定する。

最初は彼女が年頃になり年相応に気に入った男がいたらその男の元に嫁ぐのも良いと思っていたが、二年一緒にいれば情も湧くし、うしおも可愛い。

一本背負いはほどほどにして欲しいが彼女と末永く一緒にいたいと思っている。

俺の意思を聞いた彼女は詰問するような表情からどことなく表情を緩めて言葉を続ける。


「でしたら一刻も早くしずかさまへ誤解を解いて下さい」


眉間に皺を濃く刻んださやが俺へ向けて紡ぐ叱責だったが、いつものしかめ面なのに声色からは俺を気遣うを感じた。


「ありがとうさや、感謝している」


赤い夕日で照らされた彼女は相変わらず眉間のしわに濃い影を落としたいつもの仏頂面だったが、その雰囲気は少し柔らかい気がした。


「一本背負いかなぁ…」


独り言ちる。

受け身をとっても骨に響く彼女の衝撃の必殺技に想いを馳せ怯えながらも俺は覚悟を決めた。

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