第四十六話 石
羽豆崎で秀さんがよくわからない報告をしてきた。
「殿…できた」
「…何が?」
主語がないので良く分からなかった。愛人との不逞の結果子供が出来たとかなら許さんぞ?
「いや、殿から聞いたこんくりいとという物が出来た」
あー…そういえば前に秀さんにそんな絵空事を語った気がした。
「え、まじで?」
「なんで指示出した殿が驚いとるんじゃ…」
確かに俺が作れとは言ったが本当に作れると思わなくて…というのと、その…まさか本当にそんな絵空事を研究してると思わなくて…ついそんな言葉が出てしまった。なので驚きの半分を隠して話す。
「いやぁ…本当に出来ると思わなくて…」
「いや、ワシもおどろいちょる」
よくあんなふんわりオーダーで開発しようと思ったな…いや、やらせたのは俺だったな…しかも完璧に忘れてた、すまん。
研究所のような掘っ立て小屋は小さな川のほとりにあった。
その川に掛かる水車で昼夜を問わずにこっそりと石灰岩を粉にしているそうだ。こっそりという音ではない、もし近隣に住民がいたら騒音問題で大変そうだ。
だが近くに民家はない、夜は蛙の大合唱で問題ないそうだ。
俺と秀さんの無茶振りに応えてくれた開発担当者の田助という男が概要を説明してくれる。
どうやら技術的には漆喰に似たモノだそうだ。砂や粘土を混ぜる事で漆喰のような白さは失われるが重く硬く、水に強くなるらしい。多分俺が想像していたコンクリートだ。
「自由に石を作れるのなら柱の礎石に利用出来そうじゃ」
秀さんは型にはめる事で自由な形の石を作れるという所に魅力を感じているようだ。
…正直いまいちピンとこない。型にはめてゆるキャラっぽい礎石とやらを作るつもりだろうか?
象とか亀とかの形の礎石とか宇宙を模してそうで売れそうな気もしてきた。
だが秀さんから出たアイデアは俺のふわっとした案とは違っていた。
「木の柱と同様のつぎをこのこんくりぃと石に施す事で絶対に倒れない家を建てられるかもしれん!」
秀さんは俺より
俺はしたり顔で大きく頷きながら秀さんの話を聞く。ちょっと専門的で俺には分かりませんね…
そもそも俺の想定していたコンクリの使い方はマンションや塀、道の舗装等のとにかく大量生産大量消費だった。
漆喰よりは砂や砂利、粘土、水を入れる事で嵩を増す事で大量に作る事が出来るらしいのだが、この量だとマンションどころか家の基礎を作る量の確保も難儀しそうだ。
ともかく今は俺が思っているようなコンクリートを大量に使用する方法は望めそうにない。秀さんの言う通りピンポイントに必要な形の石を作るのが良いだろう。
型を作れば装飾を施した柱や像も作れるとは思うが…そんなもん大量生産しても需要がないだろうなぁ…
埴輪とかタヌキの置物か根付でも作るか?
ただ秀さんは田助と『石』『石』と連呼していると何故か徐々にテンションが下がってきた。
どうしたのか尋ねると、
「あー…まぁ殿ならええか、ここではなんじゃ後でな」
そんな要領を得ない答えを貰った。
◇ ◇ ◇
その夜、いつもは使わない酒場で秀さんと飲んだ。
少し酒を入れて顔が赤くなり、口が少し滑りやすくなった頃秀さんが話し始めた。
「ワシら結婚してそろそろ二年にもなるのに一向に子ができんのじゃ…」
結構深刻な話だった、なるほどそれで悩んでいたのか。
家には跡取りが必要だし、沢山子供がいればそれだけ働き手も増える。
そしてこの時代の子供の死亡率は高い。流行病、不慮の事故、子供はいくらいても良いというのが常識だ。
ねねさんが秀さんのトコに嫁いで来てそろそろ二年、一向に子供が出来る気配がない事を悩んでいるようだ。
「なんだ秀さんそんな事で悩んでいたのか、まだねねさんだって若いんだしこれから頑張れよ」
俺はなるべく明るく元気づけようとするが秀さんは不満顔を向けて話す。
「嫁いで三年経つと『
この『石女』の迷信はわりと一般的で、当然のように村人も皆知っている。狭いコミュニティだとこういう面倒な噂もかなり問題になる。勿論そんなものが村や土地を枯れされるなんて与太話までは信じてはいないようだが、そんな与太話であっても子供が出来ないという事実に秀さんと彼女は心痛めていたようだ。
正直令和ボーイの俺からすると馬鹿馬鹿しい、そんな事あるわけない。この中世ならではの非科学的すぎる感覚に驚きを通り越し呆れすら覚える。
「そんな迷信、信じるだけ気苦労を背負うだけだろうに」
「迷信であってもねねは村の人の目を気にして心痛めとる」
願っても子を授かれない、ねねさんは村のまとめ役もやっている、そんな立場もあって村人からの視線を気にしているのかもしてない。確かにそれは気を病む原因になってしまう。
だがこの時代、根拠不明なモノなら沢山あるが不妊治療なんて高度なモノは存在しない。
鯉こく?を食べると元気になるとかあった気がするけどアレは子供のいる母親の話だったろうか?
それにしてもやる事しっかりやってんだな、まぁ秀さん女好きだしそのうち出来ると思うんだがな。
俺が気楽に考えていると秀さんが酒がしっかり入った赤ら顔で物申してくる。
「殿だって似たようなモンじゃろ」
「俺が?」
突然俺に矛先が向いた。確かにしずかには手を出していないから子供が出来ていないが、たあには第二子が出来ていたし俺自身そんな心配を全くしていなかった。
「ねねが言っておったが同じ頃に殿の元に嫁いだしずか殿も相当気にしているらしいぞ」
…そういえばしずかは「ややこが欲しい」と言ってた。
それから羽豆崎で俺と彼女は寝所を一緒にし『寝ている』
…寝ているだけだ。
彼女を迎えてからずっと彼女を騙し続けている事を思い出し、俺の背筋を嫌な汗が伝った。
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