第四十五話 たまたま順正

昨晩は搾り取られなかったので疲れがなかったからだろうか、珍しく朝早くに目が醒めた。

まだと楠丸は眠っている。二人を起こさないよう静かに部屋を出る。

せっかく早く起きたのだから三文の得とガラにもなく雇いといわれる見習い達と一緒に神宮の前を掃き清める事にした。


三月の朝、この時代は本当に寒い。温暖化が進行していないからなのかはわからんがとにかく寒すぎる。ハッキリ言ってわざと温室効果ガスを出しまくって少しくらい暖かくしたいくらいだ。

「牛のゲップが温室効果ガス大量に含んでるのだったか…?」

妙な令和知識を覚えていたので大量に牛を飼う事を一瞬考えたが、神宮として畜産業を営むのは憚られたので頭から消した。



そんな寒さの中、見習い達は俺が珍しく朝から働いているのを見て驚いている。中には天を仰ぎ手を翳し、雨が降らないか確認している者もいた。

失敬な。どうみても雲一つない晴れ渡った空、雨なんか降るワケないだろ…


するとそこへ一人の坊さんが近づいて来た。


「これは千秋殿ではございませぬか?」


笠を上げるとそれは桶狭間で戦没者に手を合わせていた泣きぼくろがチャーミングな男、順正さんだった。

なんだこのナイスなタイミング、こんなに朝早くから托鉢だろうか?


「熱田に来て千秋殿が熱田神宮で大宮司を務めていらっしゃったと思い出し立ち寄ってみましたらまさか大宮司様自ら掃き清めていらっしゃいますとは…」


「天のお引き合わせですかね」


はははと笑った。

見習いの皆は前もって俺達がここで落ち合う事を約束していたのかと勘違いをしたのか、納得したような顔で俺と順正さんを社務所へと案内した。いや、全くそういうのないからね?


◇ ◇ ◇


「熱田の街を一通り見てまわりましたが何処も活気がございますね」


順正さんの言う通り羽豆崎の鯨の流通が安定してきて競馬で獲得した金は街道の整備と羽豆崎と熱田、鳴海のインフラに回している。働き口は多く労働の後の酒場も賑わっている、金の回りが良く好景気に沸いている。


「皆良く働いてくれているようです」


順正さんは茶をすすり、重い調子で言葉を続けた。


「今…隣の三河の民は困窮しております」


なんだか重い話にする気だった。


「今川様が定めました仮名目録の追加の条項は今まで民に寄り添ってきた我々寺院の窮状を考えぬ一方的なものでございます」


この今川の仮名目録の追加には寺の権益と影響力の削減を目的とした条項があった。

順正さんの言った事は民を人質とした脅しの言葉ではなく、きっと事実なのだろう。


「今まで私達の寺でやっておりました民への炊き出しすら滞る有様です」


街道で自称関所を気取って金をふんだくる糞坊主共も裏でそんな慈善事業をしていた可能性が…?

いやいや、無いだろと思いつつも目の前の順正さんは本気のようだ。


未来の知識がある俺だが家康が信長の裏で何やってたのか…武田の信玄さんと戦って負けてたくらいしか覚えてない。

当然領民がいて神社も寺もあったのだろう、勝手に仲良くやっていたもんかと思ってた。だがそういう訳ではなさそうだ。

彼に対して同情の気持ちが無い訳ではない、慈善事業をし社会保障の一翼を担う彼の行動には敬意を感じる、だが少し心に引っ掛かるものを感じた。


( は た ら け )


この時代何もかもが足りていない。食う物も着る物も足りない、住環境もお粗末なものだ。新たな産業をいくらでも求められている。

義元はそこを理解している。産業と流通の発展、金の巡り、それに伴う民の生活の向上。そういった事を考え奨励している。


だが順正さんは既得権益の中だけで完結する事に重きを置いているように感じた。

清貧は尊ばられ、人が動くエネルギーの方向は産業の発展に向けられるのではなく、信仰に傾けるべきと言葉と行動から感じる。

まぁなんでも金に換えようと考えてさっきも畜産業を云々した信仰心の薄い大宮司おれとしては少し爪の垢を煎じて飲んだ方が良いかもしれないが。


「…順正さんは皆が幸せになる為にはどうしたら良いと考えておられますか?」


「はい、富める者は慈悲の心で貧しき者を助け皆が清貧を心掛け、そして」


Oh…なんと共産的な…


「南無阿弥陀仏と一心に唱えれば阿弥陀如来がこの世に極楽浄土を顕現せしめるでしょう」


順正さんはキラッキラした純真な瞳で俺を見ている。

共産主義と宗教が合わさり最強に感じる…


だが俺には戦国この時代の蛮族ヒャッハー共に阿弥陀如来様というのが降臨されて極楽浄土を顕現してくれるとは到底思えない。

降臨するなら世紀末の救世主みたいなヤベー奴だろう。


令和の人間は間に合わないからと野糞を、立ち小便なんて、ぼた餅といって馬糞を食わせ、街中だろうが店の中だろうが構わず一本背負いを極め

そんな聖人だらけの令和の世であっても争いは無くならなかったしクソのような炎上騒ぎは日常だった。そして未来の記憶では極楽浄土とやらが顕現した覚えはない。


そんな事を考えていると順正さんは俺に対し頭を深く下げてきた。


「どうか…どうか何卒…この窮状を守護使不入の約定をお守り頂けますよう…松平様のお耳にお届け頂きますよう…」


正直俺は元康とそこそこ話せる仲だとは思うがこれは政の話、他国の話であり内政干渉、越権行為もいい所だ。俺はそんな踏み込んだ意見を具申出来る程偉くない。

そもそもこの話は今川の法の話でこれを突っぱねろというのは松平に今川に楯突けという事になる。常識的に考えてそんな大それた事、俺も松平も立場上出来ない。


「頭を…あげて下さい」


彼は今、民の為にその頭を下げている。

それは尊い事だと思うが自分はどうにも釈然としなかった。


◇ ◇ ◇


帰り際、順正さんは俺に丁寧に礼をして思い出したかのように語る。


「そういえば五月の頃、今川様が鳴海にあそばされるとの噂」


ん?うん。そうだね、鳴海競馬場で今川杯(仮)やるね?


「ご縁がありましたらまたお会い致しましょう」


そうして順正さんは去っていった。

順正さんは最後に何が言いたかったんだろうか…まさかとは思うが松平を通り越して今川義元に直接陳情するつもりじゃないだろうな…?


うおおい!?その警備責任者俺だからね!?

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