三河一向一揆

第四十一話 順正和尚

「首の無い骨…か」


首を取られるような偉い奴だろうか、顔を見知っていた有名人だったのかもしれない。

すっかり白くなった同僚に手を合わせ、土を軽く払い背負い籠に入れ回収していく。

俺は義元に織田の弔いの許しを得たも同然とばかりに競馬の運営は秀さんに任せ、戦没者の骨探しをしていた。


桶狭間の戦いで正確な数字は解らないが織田軍は一〇〇〇人程が亡くなったと聞いている。

そろそろあの戦いから三年になるが、探せば今でも骨はいくらでも見つかる。

ある程度まとまったら第六天魔王神社の境内に戦没者慰霊碑でも建てて弔うべく兵どもの夢の跡を探し始めた。



不意に俺の耳は街道から外れた桶狭間の小道、風の向こうから聞きなれぬ小さな鈴の音を捉えた。

此処は人通り少なく鬱蒼と生い茂る木々の陰の中、本能から人を心細くさせる小道だ。そこに響く澄んだ鈴の音、お化けのご登場…かと思ったら手に持鈴を持った坊さんだった。

ビビらせんなよ…結構本気でビビりまくった…


小道の外へ向かって深々とお辞儀をし、お経を唱えながらこちらへ向かってくる。桶狭間の戦没者を弔っているようだ。

あの様子を見るに今日が初めてではないだろう、もしかしたら桶狭間の戦い以降ずっと皆を弔って回っていたのかもしれない。


正直この時代に来てから俺の坊さんに対する評価は高く無い。むしろ低い、大分低い。

街道を歩いていると自主的に警備()の為に関所を作って「お侍さま、この辺りは治安が悪ぅてございましてな…へへへ何、ちょっとお寺われらに寄進頂ける信心()を見せてくだされば文句ありませんのですがね」そう言って通行料をせびる。

頑強な僧兵数名に囲われて言い放たれた事は一度や二度ではない。

俺の中ではいつのまにか山賊か野党か坊さんか、そういった類の人間と一緒に出来るハタ迷惑を通り越した反社会勢力というイメージになっていた。

このガチ末法の世に令和の坊さんを放り込んだらきっと仏陀の化身か菩薩の救いかと大騒ぎになる事請け合いだ。


そんな偏見に満ち満ちた戦国坊さんへのネガキャンはさておき、善良な一市民の俺としては基本的に坊さんに関わり合いになりたくなかった。

だがその坊さんは法衣に編み笠、手には持鈴という疑いようもない清く正しいお坊さんスタイル、俺はというと頭には汗が入らないように鉢巻を巻き、汚れても良い服を泥だらけにして骨を拾い背負い籠に詰めている。

ハッキリ言って傍から見れば十対〇で俺の方が不審者だ。


そしてそんな清く正しい彼が弔っているのは元同僚だ。

俺は彼に畏敬を感じ、弔いが一段落済んだであろうタイミングで不審者にならぬよう努めて声をかけた。


「もし、お坊様どなたかを弔っていらっしゃるのですか?」


坊さんは静かに、だがしっかりとしたよく通る声で不審者の俺の問いに答えてくれた。


「はい、かつて此処であった戦で亡くなられた全ての方の冥福を祈っております」


織田でも今川でも関係なく…か。えらい。

心の何処かで俺は織田の同僚の為の弔いをしているつもりでいた。今川の兵の骨が混じったらどうしたもんかなんて考えていたが、弔うべきは全ての死者で良かったのだ。この坊さんと話をしてそんな迷いが晴れた気がした。

俺は坊さんに向けて手を合わせ頭を下げた、それに応じるように坊さんも頭を下げてくれた。



桶狭間の第六天魔王神社の境内で持ってきた茶を坊さんに振舞う。


「これは熱田の大宮司様でいらっしゃいましたか。私、円光寺の順正と申します」


目元の泣きぼくろが印象に残る人好きそうな笑顔をした坊さんは、自らの名を順正と名乗った。


「あの戦から時が経ち、私も弔いに来る事が減りましたが…そうでございましたか」


そろそろ桶狭間の戦いから三年が経つ、俺が逃げて逃げて流転していた間この順正さんは彼らの弔いをしていてくれたのだ、本当に頭が下がる。


「遅くなりましたが色々あって今更ながらではありますが、彼らを弔う碑でも作ろうかと思いまして」


別に許可を貰ったわけではないが義元がこの神社を非公式ながら参拝しれくれたのだし、やってもええやろ的なアレだ。こういうのは許可を貰おうとすると横槍が入ってこじれる、やったもの勝ちだ。


「そうでございましたか…昨年の夏頃に階段が出来てその上に突然この社が出来ていて驚いておりましたが、なるほど」


「それにしても第六天魔王神社とは…」


苦い顔をしているが順正さんはくっくっと笑顔をかみ殺しているようだ。

まぁ確か仏教の悪魔かなんかの名前だものな、そりゃ仕方あるまい。お坊さんに苦笑された事でちょっとやらかしたか?と思いもしたが後の祭りだ。


「信長公になら…信長公にならきっと似合うと思い…つい…」


俺は子供の言い訳染みた返答をする。

それがまたツボに入ったのか押し殺していた笑いの度合いが強くなった。


ゲームとかで第六天魔王=信長という構図があった気がしたけど、誰も知らないみたいだし何処のネタだ?

結構後世の創作ネタだったりするのか?そうなるとまさかこの名前をつけた俺が常識外れの傾奇者DQN扱いになってしまうのか?

今更ながらそんな後の祭り感も漂うが踊らにゃ損だからまぁいいだろうと諦めと寛容の精神で第六天魔王神社の社を見上げた。



境内に俺が集めた骨や遺留品をまとめ、それに深く礼をして順正さんは丁寧に念仏を唱えてくれた。

此処第六天魔王神社は信長の社だ。主君と共に散った英霊の魂を一緒に祀るのはきっと喜ばしい事の筈だ。

多分ほとんどは信長の部下だろう…まぁ多少混じってても仲良くしてやってくれ。


一通り弔いを終えて順正さんは帰る事になった。

なんでも円光寺というのは三河にあるらしい、わざわざ国境を越えてやってきてくれていたのだ。


「とても有意義なひと時でした、千秋様にも皆様のご加護がありますよう」


「いえ、徳の高いお坊さんに弔って頂いて皆も満足している事でしょう」


俺は祝詞は詠めてもお経は唱えられない、だが戦没者の中にはお経がフェイバリットという奴もいただろう。そんなニーズに応えられて良かったのではないかと思う。

…別に顧客満足度アンケートとか取った覚えはないが。


順正さんは目元のほくろをゆがめて笑い、一礼して去って行った。


「それにしても…」


彼の後ろ姿を見ながら考える


「坊さんでも良い人っているもんなんだなぁ…」


俺は偏見に満ち満ちた失礼な感想を漏らした。

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