第四十二話 鳴海城の岡部

大規模文化施設()鳴海競馬場の近くには城が存在する。

規模を見れば城のように大きな競馬場だがこの軍事拠点があるからこそ防衛力皆無に等しい文化施設()なんてものを建てる事が出来た。

結構マジでデカい城だ。


そこには岡部元信おかべもとのぶという将が駐屯している。

年の頃は義元と同じくらいだろうか?

元々今川に仕えていたが武田に仕え、今川に戻ってきた。そんな妙な経歴なのに義元に重宝されているフシがある。脳筋だが義元への忠誠心は確かなようだ…というか憧れ?一種のファン意識のようなものを感じる。


この岡部のオッサン、元織田方の俺を良く思っていない事が態度にありありと出ていた。俺に好意的でないのは分かるが正直一時期武田に行った経歴もあるのだし似たようなもんだろうと思ってしまう。まぁ頭脳派()の俺としては脳筋&蛮族味を感じる岡部とは少し距離を取るつもりでいたが今回そうもいかなくなった。


どうやら開催を考えている今川杯(仮)での出場枠が一枠彼に与えられたらしい。

そういうわけで競馬とはどういうものなのかを聞きだそうと俺を呼びつけたのだ。


「我が岡部配下の馬を必ず勝たせる!」

「そして治部大輔様のお目に留まりたい!!」

「あわよくばお褒めの言葉を頂きたい!!」


無駄にデカい騒々しい声で叫ぶ体育会系暑苦しいマインド、うざい。あと変な欲望丸出しでキモイ。


「勝つのはとにかく足の早い馬です。馬を駆り一番早く目的の場所に到着した武者と馬、そのあるじに栄誉が与えられる競技です」


「なるほど…騎馬戦か」


久々に聞いたな…競馬に対する積極攻勢蛮族ムーブ。何がなるほどなんだよ、馬鹿なんじゃねーの?


「…競い合いでございます」


「槍も弓も持てと?」


だから武器を持ち込む発想やめろや?俺の言葉全く脳に届いてねぇじゃねぇか。馬の脚の早さを競うんだよ、いや義元も同じような事言ってたけどさ。

キレ散らかさぬよう心を落ち着け、下等で小さな蛮族脳にも分かるように努めて穏便に、言葉を選んで優しく言葉を続ける。


「数多の馬から逃げ切り一等となった者に栄誉が与えられます」


「逃げ切るなどと武家らしくもない、倒し切る覚悟が必要なのでは!?」


…うっせーな…重ね重ね馬鹿なんじゃねーの?俺は説明は諦め実際に競馬を見て貰う為、二月の松平杯にこの岡部のオッサンを招待する事にした。


◇ ◇ ◇


二月 松平杯


松平元康以下家臣団

岡部元信のオッサン

そして義元の腰ぎんちゃくだった久野元宗くのうもとむねがやってきた。


「治部大輔様お抱えの武者が無様を晒さぬよう、何卒学びの機会を頂きたく。」


久野元宗くのうもとむねさんは俺なんぞに頭を下げた。腰ぎんちゃくとはいったが久野城ってトコの立派な城主様でめっちゃ偉いらしい。


「松平様のご家臣は皆、切磋琢磨され現在最高の仕上がりであると思われます。何卒より一層素晴らしい競技会の為にもよろしくお願い致します」


この人はなんとなく俺と同じインテリのかしこい匂いを感じる。

義元に無茶振りに突き合わされて正月に熱田くんだりまで富くじやりに来させられる程度には義元に信頼されている。

なんとなく中間管理職味を感じて親近感が湧く人だ。


ちなみに岡部のオッサンはもう酒をあおって出来上がっている。澄酒は無いのでにごり酒を与えておいたが問題なさそうだ。


対して久野さんは酒は飲まず騒がず、手元に線香を用意して火をつけている。



競馬大会も開催するごとに規模が大きくなっていく。

計算は秀さん一人では早々に厳しくなったので熱田の商家から丁稚を借りてきた。そして馬の半数も熱田からに出させるようにした。

こうなってやっと鳴海宿の商家からも丁稚を出しても良いとの打診が来た。

今回からそんな熱田の商家も馬を出してきているが複数店舗の名前を書いている騎手もいる。

なんでも出馬の権利を巡って俺のあずかり知らぬ所でイザコザもあるらしいが、俺に迷惑かけてくれるなよとは思う。


午前中の町衆競馬は雌馬のみの比較的大人しい走りだが、松平元康率いる武者競馬と違うのは服装が自由過ぎる所だ。

とにかく服装を派手に色をふんだんに使い、出資店舗の名前を目立たせようと旭日旗っぽい図案の中に店の名前を入れたりリーゼントっぽく髪型を極めてきたりとなかなか傾奇者じみている。

過去には背中に旗を二本差して店を喧伝するスタイルもあったが、走りの邪魔になるのか大体最下位争いになるので今は鉢巻に少し旗を差す程度になっている。

全体的に珍走団のような見た目が多いのが特徴だ。

どうしてこうなった。


「時間になりました」


元康に目配せをして出走の願いを出す。


パァン!

元康が引き金を引くと乾いた鉄砲の音が響き、同時に一斉に馬が飛び出る。


久野さんは出走と同時に線香の火を細い線香に移した。

…なるほど細い線香が燃えた量で時間を測るつもりか…この情報を持ち帰って同じ距離を走らせ松平の兵に負けない強者を選抜するのだろう。

かしこい…


この時代時間を測る方法は限られている、日時計とか水時計があるとは聞くが一般的ではない。

特に一分一秒のような短い時間の概念はあやふやだ。

砂時計とか作れそうな気もするが…ガラスを作れる気がしない、今度竹筒で作ってみるか。


岡部のオッサンは自分の買った馬を大声で応援ばとうしている。


「鈴木屋!もっと早く走らんか!気合が足らんわ!早く早く!!」

「もっと、もっと早く走らんか!おのれ!!早よ走らんと打ち首ぞおおお!!」


オッサンやめろや…それは応援とはいわねぇ…


「一等播磨屋!!」


「うおおおおおおおおお!!」


大歓声が上がる、岡部のオッサンは興奮しすぎて荒い息を吐き、目が血走っている。どう見てもヤバイ人だ…大丈夫かコイツ…?


「鈴木屋をここへ呼べい!!」


「無理でございます」


「なんじゃとおおお!!」


「負けた騎手はああなります」


二階にある貴賓室の小窓から一般席を眺めるといつも通りの乱痴気騒ぎが広がる。

「やめろ!俺のふんどしだ!返せ!!」

二月の寒空の下、勢いで全裸に剥かれた警備員の悲痛な叫びがこだまする。

酒に酔っていて騎手本人かどうかも確認していない岡部のオッサンは、全裸に剥かれた哀れな警備員を見て少し溜飲を下げたようだ。


「ふむ、そうか」


と言い座って酒をあおった。


実際はそうならないよう騎手は大会が終わるまで控室から出さないようにしている。

だが切実に警備員は増やす算段をつけてあげたい…

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