永禄六年(一五六三年)

第三十九話 何度も虚無僧

永禄六年


松の内開け、熱田神宮では二回目になる富くじの神事だ。


今年もくじの売れ行き…もとい寄進の多さから盛り上がるであろう事は予想がついていたが、立ち見であろう者も含めると去年以上の盛り上がりになっていた。

正直こいつ等オラウータンどもはどうやっても木に登る、境内の拡張も視野に入れた方が良いかもしれない。

壇上で慣れた神事を粛々と行うが……境内の後方に見覚えのある恰幅の良い虚無僧が三人


……なにやってんの……


なにやってんの今川義元………?


俺は壇上で神事を行っている、流石に此処から動くことも当然彼らに声をかける事も出来ない。

細かく説明せずに誰か神宮の者に「あの虚無僧捕まえといて!」なんていって失礼を働かれては不味い。

俺は気付かぬように、失礼のないように、恙なく目の前の神事を粛々とこなす事しか出来なかった。


そして今回は百の桁で持っていた富くじを全て分からせられたようで、身悶えしていた。

主催の俺は最後の最後まで壇上から動くことが出来ず、気が付いたら虚無僧共いまがわよしもとはその姿を消していた。


正月明けの寒さだというのに冷汗が背中を伝っていた、後で絶対何か言われそう…

とはいえ今川大帝国のトップだ、俺なんて三下を呼びつけて小言を言う暇が出来るのは早くても二月に入ってからだろう。

その頃にはこの屈辱わからせも忘れてくれていると有難いのだが。


◇ ◇ ◇


鳴海競馬場 一月某日 睦月杯

今回は元康はいないので月の名前を冠に頂く。


ふと一般席を見やると一般席に見覚えのある虚無僧が三人。

あの恰幅の良さ…見間違える筈もない。


マジで…なにやってんすか………


俺は足早に一般席へと向かい、三人の虚無僧の前にドンと立ちはだかる。

そして…周りの者の視線など気にせずおもむろに、三人へ深々と土下座をした。

俺はもう焦りか恐れか憤りなのかわからないごちゃまぜの感情を乗せた震え声を彼らに向かって絞り出す。


「何卒……何卒…あちらへ………」


頭を地面にこすりつけ貴賓席に向かうよう懇願した。

結果、俺は義元ら一行を貴賓室に引っ張り込む事に成功した。


「はっはっはバレておったか!」


はっはっはじゃねーよ!!このオッサン!!

あそこは毎度乱闘騒ぎで大事になるんだからな!!


「…自部大輔様、新年におかれましてもご壮健そうでなによりです」


俺は年初めの挨拶をする。今川大帝国で直接年始の顔合わせに参加出来る程偉くないので、こういう事故のようなカタチでも挨拶が出来る機会は貴重だ。


「いやなに、元康からそなたがなかなかに面白い催しと開いておると聞いて居ても立ってもおられなくなってな!」


そういうのは警備の都合もあるしお忍びで来んなよ…つーか一般席で乱闘に巻き込まれて群衆チンパン共に全裸に剝かれてたりしたら絶対この競馬場取り潰されてったゾ?


しかしまさか年明け早々に貴人を迎える事になるとは思っていなかった。量は少ないが澄酒と鯨ベーコンを用意しておいて正解だった。

一応貴賓室には囲炉裏も完備してある。炙って食べて貰おう。


今川義元とお付きのお二方に澄酒を振舞う。

去年駿府までの道程で世話になった一宮宗是いちのみやむねこれともうお一方は久野元宗くのうもとむねというらしい。

まぁ今はお二方共義元の腰ぎんちゃくぽい事やってるが今川大帝国の序列において俺なんかご機嫌一つで首撥ねられるお立場のお方なので大人しくしとく。この時代とにかく命の価値が軽い、なるべく長い物に巻かれたり大樹の影に寄っておきたい。


先ずは俺が毒見を行い、その様子を見たお二方が飲み、その後で義元が飲んだ。


「うむ、報告にあったこの澄酒とやら、先日その方からの進物を飲んだが大変な美酒であるな。」


義元は澄酒に感心し満足そうにしている。

でもホントこの人の情報網どうなってんの?大体俺の身辺情報全部知ってない?まぁ俺は元織田方だから探られても仕方ないけどさ。


「だがあれだけの進物では全く足りぬ、足りぬぞ!ある分だけ買う!」


ずいと俺に向かって澄酒を強請ねだる。


「申し訳ございませぬ、まだ酒造が納得がいかぬと申す物を私が無理矢理買い上げましたもので全く量がございません…」


嬉しい申し出だけど肝心の中山屋さんもあんなんだし…俺としても早く量産してくれると嬉しいんだけどね…

そして酒のつまみにと出した鯨ベーコンを火に炙る。ほのかな桜の香りが辺りに漂う。


「ほう…鯨は酒の香りが一等だと思っておったが…酒の肴にするにはこの桜の香りは中々雅よな」


「お褒め頂き有難き幸せに御座います」


わりと贈る先々で酒の香りの鯨ばかり褒められるが酒には桜の香りも合うだろう?

やっと認められた桜風味の鯨ベーコンに一人顔をほころばせてしまう。

しかしなけなしの澄酒を使い切ってしまった、まぁこれ以上ない場所で使えて良かったと思おう。

また伊勢に行って永吉さんに酒を無心しないとな…でも俺あの人と顔合わせる度に不思議と揉め事になるんだよなぁ…


◇ ◇ ◇


「ぷぉーぷぉーぷぽぽぷぉーーーぷぽぉぽぉーーぷぽぽぷぇーー」


法螺貝の相変わらず間の抜けた音色で勇壮な曲が流れる。


定刻になった、義元とご近習にも馬に触れて賭けに参加して貰う。今日は元康がいないので午前も午後も町衆競馬だ。



「さて各馬準備が整いました!」


義元に目礼をして、スタートの鉄砲のトリガーを引いて貰う。発砲音と共に一斉にトラックへ駆け出す。


「各馬一斉にスタート!先に飛び出したのは伍番水戸屋、続いて捌番呂州屋、壱番鈴平屋!」

「続いて肆番池野屋、拾番山高屋、玖番富田屋、弐番山本屋」

「後方拾番山高屋、陸番上の屋、少し躓いたか遅れて参番岡本屋」


「一番手の水戸屋、二番手鈴平屋、緩やかなカーブを並んで走る!それを追う呂州屋一馬身差」

「追うは山高屋、池野屋、二馬身空いて富田屋、山本屋」

「先頭集団に向かって走る山高屋!続く池野屋一馬身差」

「先頭は鈴平屋が一歩リード!追う水戸屋!」

「緩やかなカーブ外から富田屋と山本屋を抜きいつのまにか上がってきた岡本屋が攻める!速い!先頭集団を食いこんでいく!」

「いつのまにか後ろから上の屋が凄い速度で上がってきた!」

「上の屋の追い上げ!!速い!速い!!」

「逃げる!!鈴平屋!逃げ切れるかしかし速い上の屋!」

「上の屋ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「一等上の屋!二等岡本屋!三等鈴平屋!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


相変わらずの蛮族オラウータンっぷりを披露する一般客席

「駄目だひっぱるな!脱がすな!!」

横目で眺めていると悲痛な警備員の叫び声が聞こえる…スマン…でもホントにあそこに義元が居なくて良かった…と剥かれる彼らを見つつ安堵する。今回は予め着替えを用意しておいたからな…そして当の義元は…


「これは面白い催しだの!!」


賭け自体は外したようだがテンション高く義元がこちらをキラッキラした目で見てくる。四十過ぎたオッサンが上気した顔で目を輝かせていた。


「お気に召して頂けましたようで何よりで御座います。」


満足そうでなによりだ、この好反応にとりあえず大きな肩の荷が下りた気がした。


「これは…是非に儂も武者と馬を出してみたいものよ!」


…あー…まぁそのうちやると覚悟はしてました今川杯すか?

ここ尾張なのに…もう滅茶苦茶に尾張守に喧嘩売ってないすかね?ここははもう今川大帝国の植民地扱いなんですか?自重とかそういう文化はないんすか?


とはいえ既に松平杯も開催してるし今更ではある。主命だし何も考えずサッパリと諦めよう…そう諦観と覚悟を決めた矢先、義元の信じられない言葉が耳から脳に突き刺さった。


「尾張守の斯波しばも呼んで大体的にやろうぞ!!」


「はふぇぇ…?」


やっば…素で義元に顔を上げ変な声を漏らしてしまった、おまけにだらりと口を開け知能指数の低い顔まで晒してしまっている。

義元の笑顔を湛え…ながら相変わらず笑ってないない目を向ける、あーこれなんか変な事考えてる顔だ…


ああおなかが…ほんと圧倒的にうんこもれそう…

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