第三十七話 羽豆崎の喧噪
色々問題だらけではあったが結果として競馬大会は成功裏に終わった。
競馬大会は何事も無ければ今後一月に一度の定期開催を考えている。
乱闘騒ぎ対策や今後規模が大きくなった時の為の観客席の拡充、警備員の増強に公衆便所の設置等々考えないといけない事は山積みだが、運営自体は概ね問題は無いだろう。
あとは施設の管理だ。
俺の認識ではただの競技場だがこの時代では砦もしくは城の規模だ。
わりと水気の多い土地だったので排水にも気を使った結果、競馬場の周りには堀まである。そんな施設を武装組織にでも占拠されたらかなわない。
「というわけで鳴海の競馬場の番をして貰えないか?」
伊勢で部下数名と用心棒のような事をやっていた服部小平太に頭を下げる。そういう力頼りな場所はこの大男が適任ではないかと思っている。
「鳴海…かぁ…」
対して小平太は渋い顔だ。
この偉丈夫がトラウマを抱えているであろう、酔っても絶対に話そうとしない戦があった桶狭間が目と鼻の先にある施設だ。
「秀さんにも相談したんだが首を縦に振らないんじゃないかとは聞いている、どうしても無理なようなら他を当たる」
無理強いをしても仕方がない、彼が都合良くトラウマを克服して納得をして受けてくれるとも思ってない。そうはいっても人手が足りずアテも無いのでとりあえず頭を下げて頼む。
腕を組み、長考した後に小平太がつぶやいた。
「……殿は信長様を祀った神社を建てたんじゃろ?」
第六天魔王神社の事だ、元主君を祀った神社の名前を聞いてぶっ飛ばされないか若干心配でもある。
「うむ…尾張ではまだ葬儀も行っていないようだから大っぴらに祀る事も憚られるので内密にな。もちろん小平太が参拝してくれるというなら歓迎しよう」
なんやかんや俺も秀さんも小平太も信長の部下友だ、桶狭間に思う所がある。
「…そこに案内してくれたら考えてもいい」
「分かった、案内しよう」
考えてもいいと言う明確な回答は避けたが、どうやら前向きに考えてくれそうではある。
◇ ◇ ◇
数日伊勢に逗留し小平太とその部下を連れて舟で羽豆崎に帰ると、しずかの侍女さやに捕まった。
かなりの強制力を伴う眼力で圧を掛けてくる。正直恐ろしいので促されるがまま倉庫に入ると椿の種が詰まった籠を渡された。
「旦那様、椿の種でございます」
「ア、ハイ」
さやはなかなか羽豆崎に帰ってこない俺の代わりに椿の種を収穫してくれていたようだ。
去年しずかに椿油を贈った所大層喜んでくれた。それを彼女は知っている。
だから今年も作って贈ってやれという事だろう、いや方々出歩いてうしおくんまで押し付けちゃったからな。喜んでくれるのならこれで少しは労をねぎらってやらねばならない。
しかし俺に対してわりと厳しい視線を向けるさやさんだが今日は特に冷ややかだ。
…勿論別に忘れていたわけじゃないぞ?忙しかっただけだからな?だからそんな目で見ないでくれますかね?
殻を剥いて中身を粉々にして蒸す。
今俺が使っている蒸し器は新設された施設の物だ、蒸す間の時間にゆっくりと周りと見渡してみると羽豆崎には新しい施設や建物、家屋が増え賑やかになった。
この蒸し器一つとっても必要だから購入したのだろう。
「皆…頑張ってくれているんだな。」
何もなかった一年前と比べてしっかり発展している羽豆崎に嬉しくなった。
「しずか様も毎日うしお様の子守を頑張っております。」
ア、ハイその節は本当に感謝しておりますので。
俺はしっかりと種を圧搾し、油を濾して綺麗な黄金色になった椿油を作った。
去年より設備が良くなったからか透明度も高く良質である事がうかがえる。
ちなみにさやさんは去年は殻剥きとか少しは手伝ってくれたのに今年は俺の監視だけで手伝いの類は一切してくれなかった。
◇ ◇ ◇
「しずかーうしおー元気だったかー?」
「ぱーぱ!きゃははははは!」
しずかとうしおに声をかけ、一年で圧倒的にデカくなったうしおを抱き上げたかいたかいをする。
「おい!アタシをうしおと一緒にすんな!」
しずかはうしおと一緒にされた事に文句がありそうだったのでせっかくなのでうしおくんと同じように抱き上げたかいたかいしてあげた。
「ちょ…やめろバカ!!下ろせ!!」
…ピコーン!閃いた。さしもの七転八倒姫も足が地に着かなければ一本背負いをする事は出来ない…これはせっかくなので日頃のお礼()も兼ねてしずかさんを持ち上げたまましばらく高速回転をする。
「ちょ…すえただ!!」
俺の肩と頭の上で回転するしずか、だが俺は彼女のフィジカルをこの期に及んで侮っていた。脚を首に巻き付け俺の重心を崩してくる。あぶねえ!!
足元にいたうしおくんを避け、しずかを庇い畳に肩からスライディングーーー!そのまま柱にしこたま頭をぶつける。
いてぇ
「……っっっ」
視界に星が飛んだ、漫画的表現ではなく本気で星が飛んで見えるものなのだと感心する。だがこれ以上頭が悪くなるのは結構本気で困る。
チカチカする視界に俺を覗き込むしずかの姿を確認する。
俺の腕の中にはしずかがしっかり収まっている、柱や壁にぶつけたとかはなさそうだ。
「………スマン少しはしゃぎすぎた」
「このバカすえただ!!心配かけるな!!」
涙声でしずかが罵声を浴びせてくる。
どうも自分では頭を打って一瞬のつもりだったが、少し意識が飛んでいたようだ。心配かけてしまった。
しずかは怒りと安堵が半々のような表情だ、目には涙が溜まっている。
俺は指でそれを拭う。
「すまない…心配をかけた、しずかは怪我ないか?」
「…ないよ……ばか」
目に涙を溜めて鼻水をすするしずかだが、一向に俺の上から退こうとする気配がない。
彼女は頬を染めじっと俺の顔を…目をみつめ…唇が…近付いてくる。
「しずかーーうぉぉーうぉうぉーまってーん!」
そこに空気を読まないうしおくんが謎の雄たけびを上げながら俺としずかの間に乱入してきた。
おもむろに俺の頬を両手で伸ばしにかかる。
…これはしずかがうしおくんによくやっているどちらが上位の生物であるか『わからせ』る構えだ。もしかして俺の方が格下なのだろうか…
「ちょっ、ちょっとコラうしお!」
慌ててしずかがうしおくんを振り払い尻もちをつくうしおくん、その瞬間
「ブボボモアア…」
辺りに悲しき焼き味噌の香りが漂う…
「うんぎゃああああああああ!!」
「ああコイツ!またやりやがったな!!」
羽豆崎の夜に賑やかな声が響く。
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