第三十六話 第一回鳴海競馬大会松平杯

永禄五年十月

伊勢から鳴海の競馬場にとんぼ返り、競馬の本大会である。

鳴海宿ではそのような催しをやると月初めから広告を打っておいた。


第一回鳴海競馬大会 主催 松平元康による『松平杯』が開催される事になった。


「なぁ…殿…ええんか?これ?」


競馬場に架かる達筆な書を見て秀さんが聞いてくる。


「分かる…分かるんだが…」


俺も不味いとわかってる…頭が痛い。

試場会で元康を呼んだ手前、来ないでくれとは口が裂けても言えない。


「松平杯がダメなら…三河守…杯?」


秀さんがつぶやくがそれはもっと不味い。


「もっとダメだろ…なんで三河国のトップが尾張の競馬場の大会の主催やってんだよ…」


だが来賓で一番偉い奴を差し置いて他の名前を出すのはそれはそれで言語道断だ。

いっそ偉い奴が来なかったら神無月杯で良いんだが…


「絶対に尾張守の耳に入るだろうなコレ…」


尾張守…斯波氏とかいったか…もう色々と諦める。

こういう不穏な種を蒔くのが今川義元の目的なのだろう、掌の上で転がされている気がしてならない。



前回の試場会の失敗から学んでの本レース、今回は失敗させるわけにはいかない。

前回は一般席とトラックを仕切るのは縄で囲っただけの柵だったが今回は竹製の格子に変えた。

視認性は落ちるが安全面を考慮すれば仕方がない。

これで蛮族共もトラックに雪崩れ込めないはずだ。


「そういや秀さん、ねねさんが子供に算盤を教えてるって言ってたな?」


ねねさんは羽豆崎で子供を集めて寺子屋のような事を始めたらしいのだ。


「おう、まぁそうはいってもまだ教え始めたばかりだからの」


「そっかー」


今回の計算も秀さんに一任してしまっている。

何でも出来る秀さんに頼りっぱなしなのは心苦しいが、算盤を弾ける人材が不足しているのだ。

ねねさんの寺子屋からそのうちに秀さんの代わりに計算を任せられるような人材が輩出できればとは思う。

まぁ将来が楽しみな学校だ。


ちなみに鳴海宿の商家に算盤が出来る丁稚を借りれないかと打診したが断られた。

バイト代を弾むとも話したが、どうやら算盤やらの技能を他で使われたくないようだった。

門外不出の技ってほどじゃあるまいし…稼がせてやれよ。


そして俺は掛け算九九は出来ても算盤は出来ない。

エクセルか電卓ならいけるんだがな。


◇ ◇ ◇


東海道を三河へ半里程下り待っていると向こうから元康が家臣を連れてやってくる。

国境の関所どうなってるんだろ…既に尾張は属国扱いなんだろうかと不安に思いながら三河の主へ挨拶をする。


「よくお越しくださいました、元康殿」


「今日を楽しみにして参りましたぞ!!」


馬の上から相変わらず恰幅の良い強面若頭スマイルだ、今日の競馬大会の主催だ。

強面だが家族にも会って大分慣れたが俺はこの若頭のデコピンで吹き飛ぶ雑魚である事をよく認識して緊張感をもっておかないとな。

俺が元康の馬の手綱を引いて先導する、後ろから元康の家臣がぞろぞろとついてくる。


「…皆様のお顔ぶれが大分違いますな」


俺が元康へ疑問を口にする、試場会の面子と大分違うのだ。

競馬のルールを理解し、とにかく早い馬と騎手を揃えてきた感じだ。

鎧を着ている者もいない。


「うむ、あれから皆それぞれで馬を早く駆れる者を探したようでしてな、今回は前回に増して良い競馬になると思いますぞ!」


「それは楽しみですな!」


人選は実力やいろいろな思惑があってやったのだろう…が、一筆書かせたが腹を切らされた奴とかいないだろうな…?

腹を切らされないまでも前回負けた騎手の事を想像し少し不憫になり、そしてこれからまたこの中の誰かが不憫になる未来を想像しながら鳴海競馬場へと向かった。


◇ ◇ ◇


元康一行を貴賓室に通す。

時間は午前、茶でも飲ませ待たせる。

レースは午の刻(正午)と申の刻(午後四時)日に二回だ。

正午からを町衆競馬、申の刻からを武者競馬とした。

町衆競馬では雌馬で走り、武者競馬では雄馬で走るようにし住み分けをするのだ。


この時期米の収穫も終わって懐に余裕がある季節だ、賭博をやるにはもってこいの季節である。

賭け事をやるには貨幣…レートが必要不可欠だ。


この時代貨幣は大小あったり粗悪な物もあったりでレートが安定していない。

貨幣は中国の輸入品だったり国内の個人で作ったりとまちまちなのだ。

賭けをする馬札の購入は楽通宝銭とし、こちらで用意した。

競馬場の前に換金所を用意し、なるべく何でも…米や野菜でも一定量があれば永楽通宝銭と交換する。

勿論他の貨幣…鐚銭びたせんも含めて一定の交換レートを以て永楽通宝銭と交換する。

永楽通宝銭で馬札を買い、回収する。

そして勝った者には鐚銭を渡す、だがここの換金所を使えば一定のレートで他の貨幣へ換金可能だ。

この換金レートは秀さんと一緒にかなり頭を悩ませた、後付けで変動相場制には出来るだけしたくない、信用が落ちる。

鐚銭を渡された勝者は市で買い物をしても良いし、永楽通宝と換金しても良い。

銭の巡りが安定するんじゃなかろうか?

そんな事を秀さんと話し合う。


「支払い率は七割五分…こちらで掛け率を変えられるとはいえそう上手くいくものかね?」


一番人気の馬に全員賭けたりしたらそりゃ赤字になる。

だがそんな事はないだろう、試場会ですら賭ける先はバラけたのだ、規模が大きくなれば尚更だ。


「短期的には赤字になる事もあるかもしれん、だが長期的に見れば黒字になるのは間違い無い。」


何事も継続が大切だ、一回の赤字で引くつもりはない。それと同時にこの換金所も続ける事で信用を築き、銭のレートの安定に一躍買ってくれる筈だ。


そんなわけで競馬場の前は市場になっていた。

換金したい人でごった返している。


「場内の警備はどうなってる?」


とりあえず今回はトラックに乱入は出来ないように万全にした…が蛮族共は確実に乱闘騒ぎを起こすに決まってる。

これに関しては予言に近い確信がある。


羽豆崎ウチの兵三十人、刺又を持たせて配置しとる」


それを防止する警備員の配備した、とはいえ換金所周辺と貴賓席周りに二十名を配置してあるので場内はその規模の割に少ない。


だが俺はこの警備員も蛮族であると信じて疑っていないのでこの警備員も乱闘に巻き込まれるのではなく乱闘に参加すると予想している。

そういうわけで警備員にも刀や槍ではなくみんな大好き刺又を支給した。

棒だからとりあえず切れないし殴る事は想定できるが警備員を含めた乱闘騒ぎになっても誰かがこれを使って蛮族(警備員含む)を抑えれば騒ぎは小さくなるだろう。


それでも蛮族こいつなら…蛮族共こいつらならきっと俺の予想の斜め上をいく…

俺は俺の想像もつかない蛮性を発揮するであろう原住民オラウータン共を警戒した。



「ぷぉーぷぉーぷぁーぷぱぱぱーぷぱぱぺぇーー」


法螺貝の間の抜けた音が勇壮な曲を奏でる、記念すべき第一回公式大会『松平杯』の始まりだ。


「さて各馬準備が出来ました!」


元康に目配せをし、スタートの鉄砲のトリガーを引いて貰う、鉄砲の鋭い発砲音と共に一斉に馬がトラックに駆け出す。


「各馬一斉にスタート!先手を取ったのは陸番上の屋、続いて壱番鈴平屋、参番岡本屋!」

「続いて玖番富田屋、捌番呂州屋、伍番水戸屋、漆番石森屋」

「後方拾番山高屋、弐番山本屋、肆番池野屋」

「一番手上の屋、二番手は鈴平屋、間が開いたが緩やかなカーブで並んでいく!」

「だがそこに外を使って富田屋が上がっていく!」

「先頭集団順に上の屋、続いて岡本屋、鈴平屋、富田屋」

「外から狙う富田屋、その更に外へ水戸屋、それに続くは呂州屋」

「さて最後のカーブから…後ろから富田屋と水戸屋を抜き去り池野屋が詰める!攻める攻める!先頭集団を追い込んでいく!」

「池野屋が追い上げきた!速い!速い!!ごぼう抜きだ!!」

「速い速い!!池野屋ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「一等池野屋、二等上の屋、三等水戸屋!!」


「うおおおおおおおおおおお」


熱狂の大歓声と共に何故か始まる乱闘騒ぎ。

勝った者を嫉妬してか、嫉妬ならまだ理解出来る…がコイツ等はただの勢いで騒ぎたいだけのように見える。

それを止めに入る警備員、それにくってかかる観客ばんぞく共、ここまではまぁ想定内。


そして原住民オラウータン共は何故か警備員の服を引っぱり脱がせ始めた。

警備員の「やめろ!脱がせるな!」という悲痛な声が喧騒の中から聞こえ、素っ裸にされている。

その脱がされた服を着込む原住民オラウータン

嗚呼駄目だこりゃ…

別に服を脱がされたわけでもないのに自主的に全裸になる者、溝に脱糞をしている蛮族もいる。



そういう方向できたかー…俺は頭を抱えた。

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