第三十四話 あいつこそが徳川の家康様
鳴海宿を出て松平元康が三河に戻る道中、俺も国の境まで供をしている。
「昨日はなんとも盛り上がりましたな」
昨日の多分日本初くらいの競馬を元康は楽しんでくれたようだ。
「いやはや、元康殿のおかげで無事に終わり本当に感謝しております…」
俺は肉体的というよりも精神的な疲労を強く感じていた。
元康のおかげで無事に終わったというのは比喩でも誇張でもない。
昨日はあの後もう二レースやり、合計三レースやった。本来は二レースの予定だったのだが、盛り上がりが収まらず最後は三河の家臣共も血眼になり本気で馬の状態を見分し予想をし、外していた。まぁ当たった奴もいたが、そういう目敏い奴は騒がず冷静に換金所に向かった。
問題は三レース共決着した後にトラックに蛮族共が雪崩れ込んだ事だ。
この蛮族の定義は三河武士も熱田の俺の部下もとにかくアホ共全員の事だ。
その度に元康に静止をしてもらったが、毎回蛮族共を静止できるカリスマがいるわけでもない。俺は今後一般に向けてやるに当たって本気で対策に頭を悩ませていた。
「本当に…元康殿がいてくれなかったら…どうなっていた事か…」
正直この時代の蛮族性に頭を抱える、今回はこれでも三河の家臣団という上下関係もあったが、本番では絶対乱闘騒ぎが起きるだろう。
令和ボーイの俺がこんな蛮性への対策に頭を痛めないといけないとは…
「はっはっは、では次回開催する時にはまたお邪魔致しますかな」
元康が良い笑顔で快諾してくれる。
「本当に…心からお待ちしてます…」
次は公式第一回の大会になるだろう、俺はこの
この時俺はその言葉の意味を理解せずに、俺の心が楽になるまま答えを返してしまっていた。
◇ ◇ ◇
ふと街道を歩いていると元康が馬を止めた。
何も無い…とされている場所だが…家臣から何か聞いているのかもしれない。
「この辺りに神社を祀られたと聞きましたが…」
バレテーラ
これは確実に桶狭間で散った信長を祀った神社を探している。
隣の国同士何か交友があったのかもしれない、今更隠しても仕方がないので慌てず腹を決めて案内する事にした。
「こちらになります」
家臣団の何人かが一緒に丘に登ってくる。
「ほう…」
開けた小高い丘の上、静謐な場に小さな神社を臨む。
第六天魔王神社
その珍妙な神社の名前を見て元康が思わず苦笑する。
「ふふ、第六天魔王神社とは…吉法師殿らしい」
やっぱそう思うよな!
後ろで聞いていた秀さんも苦笑いを浮かべている。
元康は深く礼をし信長の御霊を丁重に弔ってくれた。俺も秀さんも目を瞑り黙祷をする、三河の家臣も主君に倣ってくれたようだ。
死の喧噪に塗れた桶狭間、今は静かに風の音だけが響く。
小さな境内で元康が昔を懐かしむように話を始めた。
「吉法師殿とは幼少の頃に縁がありましたからな…」
吉法師……信長の幼名…だったか?この口ぶりからすると元康は信長の子供時代を知っていたのか。季忠の記憶では三河と尾張は余り仲が良かったようには思えないが…
「某が五つの頃、当時の尾張を支配していた信長殿の御父上、織田信秀にこの身を攫われましてな」
え…攫われって…犯罪じゃん…
「織田に人質として囚われ、座敷牢で親を想い夜な夜な枕を涙で濡らし憔悴したものです」
「座敷牢とはまた…」
ガチなヤツじゃん…織田信秀最低だな!ただまぁ犯罪だからこそ攫った子供を自由にしておけないか…でもなんかこのエピソードどっかで聞いた事あるような?
「そこを吉法師殿が無理矢理某を外に連れ出して頂けましてな」
…人質を不用意に外に出しちゃ不味いような気もするが…でもまぁ信長の優しい一面の良エピソードか。
「しかしまぁこれがまたはた迷惑なものばかりで呆れるやら…頭が痛くなるやら」
「…寺に忍び込み仏像は壊すわ、徒党を組んで店先にある物を片っ端から盗んで散り散りに逃げたり地元の子供を焚きつけて石投げ合戦はするわ伊勢にまで出向いて海賊共とつるむわ、女装して近習の者に掘らせるわ…」
信長の評価を上げたと思った瞬間全力で落としにかかってきたな…
綺麗な想い出話なんてない、碌な事してねぇ…あとさらっとやばい性癖暴露したな…俺は大人だから聞かなかった事にしよう。
「ですが…不思議と憎めぬ御仁でした」
「ははは…」
俺は苦笑いで返す。
元康ゥ…あれだけメタクソに言っておきながらそんな投げやりなフォローで評価を戻せたと思うなよ?俺の中の信長の評価は大きくマイナスに振り切ったからな!
「いずれは戦場で敵として刃を交え…あの御仁と敵対した時には敵わぬだろうと半ば覚悟をしておりましたが、こんなにも早く逝かれてしまうとは…這って泥を啜ってでも生き汚く生き、結局長生きされる方かと思っておりました」
幼少期から近くで見たからこそ信長に感じる所があったのかもしれない、秀さんも同じような感想を抱いていた。
後ろでは秀さんが頭を下げ神妙な面持ちで元康の話を聞いている。
未来の知識を持ち夢なのか幻なのかも分からない歴史を知る俺からすると、その評価は酷く真っ当に思う。
だが道半ばで散った『うつけ殿』を後世の歴史家は評価しないだろう…
だがそれとは別に攫われエピソードを聞いてふと疑問が頭を過ぎった。
「…元康殿のご幼名は?」
唐突に話題を変えてごめん、妙な顔をしながらも元康は答えてくれた。
「竹千代にござる」
不思議そうな顔をしても答えてくれる元康いいヤツだな…って違う、家康じゃんおまえ?
信長とズッ友だった家康じゃん!!
天下泰平大神君徳川家康じゃん!!
おまえこそが徳川の家康様じゃん!!
竹千代って…何でしれっと息子に自分と同じ名前つけてんだよ!?
途端に元康にまばゆい後光が射した気がした。裃の葵の御紋が眩しい!!
俺はコイツの腰巾着を一生やると決めた!今決めた!!
靴だ!急いで靴を舐めなきゃ!!
だが元康は草履を履いていた、世の中ままならぬものである。
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