第三十三話 競馬試場会

松平元康が家臣を引き連れ鳴海の競馬場へやってきた。


「季忠殿、お久しゅうござる!」


快活な元康の声が響く。悪い奴ではないし顔も良い、良いんだがヤクザの若頭のような風体でガタイも良く暑苦しい。


梅雨も明け動くと汗ばむ季節だ。


競馬場の周りは原生林、セミの鳴き声が凄い。


この暑い中で暑苦しい元康に来てもらったのは他でもない、テスト大会を開く為だ。


「いや、話には聞いておりましたが…これはまた広大な…」


競馬場の広さを前に元康が驚く。まぁそりゃそうだ、町が一つ入ってしまう広さだ…これを一月程で作ってしまったウチの工兵も中々に優秀だ。


まぁ細かい事を言えば芝の生育であったり土壌改良であったり堀に石垣を作るだのやらないといけない事はたくさんある…がまぁとりあえずはこれで良いだろう。


「端が…見えませぬ…なるほど…この広さで馬を走らせるのですか」


元康には詳細にルールを含め話をしていたが馬を走らせる平坦で広大な競馬場の想像が今ひとつできなかったようだ。


元康の家臣の者も視察に来た者以外はこの競馬場に驚いたのか一様にヒソヒソと話をしている。


ヒソヒソ話とはいったがヒソヒソではない。無駄に声がデカいのでまる聞こえである。聞こえてくるのは「これだけの土地を無駄に…」とか「その労力をもっと戦に…」だとか否定的なものばかりだ。うるせえな、義元の命令だよこれだから三河武士ネットリ共は!


今回の馬と武者は全て元康と元康の家臣に用意してもらった。

ウチだと馬の数が足りず、レース形式でテストが出来なかった。馬の数と賭けの方法や掛け率も含めて初めてのフルテストだ。


ちなみに今回のレースでウチの馬は入れない。どうしても賭け事で熱くなると元康や三河の将と関係が悪くなる可能性が高いので避けたのだ。

ただでさえ三河武士は何故か俺に対して妙にネットリ絡んできて面倒臭いのだ。


ただ賭けの方には三河武士共にも振るって参加して貰いたい。とはいえ彼らは自分と縁ある武者、馬に賭けるだろうから大な金の流れがないと賭けになるかどうかは微妙な所だ。

上手くいけば強そうな馬に正直に賭けられるこちらが一方的に勝ちを拾えるかもしれないが…まぁそうは上手くはいかないだろうな。


そして掛け率のテスト。とりあえず算盤を十ほど用意して周りからは見えぬよう触れられぬようにして台座の上で計算をしてもらいリアルタイムで掛け率を出していく。今回は秀さん頼りだが将来的には商人から丁稚を短期バイトで雇って動かしたい。


今回の計算は秀さんに頼るが本来彼は体格も小柄で体重も軽い、更には馬廻りで培ったの馬への指示や目端が利く。こういう綺麗なトラックを全力で走るだけなんて今までなかっただろうがアレは絶対に騎手に向いてると確信している。

将来的に熱田の代表として走ってもらいたいものだ。


そして参加する馬主と武者に宣誓を行ってもらう。


『勝ったとして自慢せぬ事』


『負けたとて恨まぬ事』


『この競馬で意趣遺恨一切を残さぬ事』


これに馬主と武者にサインをしてもらう。


ハッキリ言ってこの時代のモラルとか俺は全然信じてないからな、こういう宣誓をしっかり元康の前でやっておかないと家に帰って腹を切らされたりするかもしれん。


馬の名前はない、回を重ねれば馬の強さに感心が移っていくと思うが今回は馬に乗る武者が中心だ。


「壱番 中村和弥」

「弐番 秋山義春」

「参番 緒方伸弥」

「肆番 太田一」

「伍番 梅下巻兵衛」

「陸番 宮本安之助」

「漆番 青木康彦」

「捌番 佐藤五郎」

「玖番 清水鈴之助」

「拾番 皆川保則」


馬と武者を直接見分し賭けの判断材料にして貰うのだが三河の連中は縁ある者に賭けていた。自分の上役の馬以外何処の誰が良いとは言い出し辛い雰囲気のようだ。


だが熱田ウチの連中は容赦ない、元々海賊上がりで今でこそ工兵なんてやらせてはいるがお行儀の悪さは人一倍だ。もう大騒ぎである。


「宮本某やる気じゃねぇか!!」

「伍番の馬毛並みが良いな」

「玖番の脚太いな!強そうだ!!」

「捌番あんなひょろくて最後まで走れんのか!?」

「参番アイツブ男だな!!!」


言いたい放題だ。顔は関係ないだろう顔は…

三河武士の七割くらいの連中がこちらに白い眼を向けてくる、視線が痛いし胃も痛い。だがこいつらその熱視線に全く気が付いていない。ほんとおなかいたい、おといれいきたい。


だが残りの三割はこちらの評価を聞き耳を立てこっそり買い足しをしている奴もいる。それでいい、楽しんでくれ。

馬券は木札に番号を記入し判を押して渡す、後で回収して表面を削ってリサイクルだ。

紙の馬券が作れる日は来るのだろうか?



馬と武者もスタートラインにつき準備が出来た、ほら貝を鳴らす。


「ぷぅおーぷぅおーぽぁーー ぷぱぱぱぁーーぷぽぷおぉーー」


「定刻となりました、鳴海競馬場第一回試験競馬大会、本日はお日柄も良く…」


それっぽく紙を丸めた拡声器もどきでアナウンサーを努めているが正直ヤジが五月蠅い。


「さて各馬準備が出来ました!」


元康に目配せをし、貴賓席の二階でこの場で一番偉い元康に上に向け固定設置している鉄砲のトリガーを引いて貰う、もちろん弾は入っていない。

鉄砲から火薬が爆ぜる音が轟き、その音と同時に吊った板を勢いよく引き上げられスタート、馬が一斉に駆け出す。


「一斉にスタート、肆番太田良いスタートだ」

「続いて捌番佐藤、弐番秋山、拾番皆川と続いていく!」

「良いスタートを切ったが肆番太田、これは旗印が風に煽られる!気合で態勢を整え走る!」

「実に三河武士だ!!」

「鎧武者姿の壱番中村!巻き返すことが出来るか!?」

「緩やかな円弧から二八〇間の直線だ、弐番秋山、捌番佐藤、参番緒方の順!」

「おおっと!ここで伍番梅下が出てきた!伍番梅下伍番梅下!」

「先頭に躍り出た梅下!梅下!」

「緩いカーブ!おおっとここで先頭集団を外から入ってきた!陸番宮本!」

「速い!速い!速い!宮本!宮本!梅下逃げ切れるか!?」

「宮本ぉぉぉぉぉ!!!」

「一番宮本、二番梅下、三番佐藤!」


「うおおおおおおおお!」

「やった!あたった!!」


大歓声、狂喜乱舞、悲喜交々である。


そして…


賭けに負けた三河武士ばんぞく共が一番遅かった馬と武者に襲い掛かろうと場内に雪崩れ込む。それを見て血が沸いたのかアタマの沸いたウチのバカ共も場内に乱入していく。馬に乗った武者達はそのまま馬で逃げ出した、もう場内は大混乱だ。


「何をしとるか!!!!」


元康の大音声が辺りに響く。

三河家臣団も「殿の前で何をしておるか!」「莫迦者!!」と必死に止めている。

そうしてなんとか事なきを得た。


元康…助かったわ…正直この時代の人間の蛮性を侮ってたわ…


統制のある程度利く武士でこれでは一般の観衆がどういった行動に出るかわかったものじゃない…蛮族共がトラックに入れないように柵…いやいっそ牢くらいに堅固にしないと駄目か?

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