第三十二話 英雄の弔い
「おう、どうじゃ秀さん」
トラックを一周走らせ感想を聞く、試しに秀さんに馬を走らせて貰ったりしてみたが今の所問題らしい問題は無い。
「最後の坂じゃがもっときつくてもいいかもしれんの」
トラックの中盤から緩い下り坂にしており、最後は少し登り坂になっている。単調な走りに少しアクセントを加える為でもあるが、これは雨が降った後の水を堀に流す為でもあったりする。
「んー秀さんはそう思うかもしれんがお偉いさんの武者だとどうなるかわからんのよな」
秀さんは軽装な上に体も小柄で軽い、お偉いさんが用意した武者が同じ条件とは限らない。
最悪大男が全身フル甲冑を着込んで旗まで掲げている可能性すらある、というか義元は槍まで持たせようとか言っていた。
「その坂でうっかり馬がへばるような装備で出てくる武者も多分いる、あまり勾配をきつくしてこの坂で落伍者でも出たら賭けにもならん。」
つーかそんな最悪のリタイアの仕方をしたら下手すると切腹ものだろう、そんな罪深い仕様にしたくはない、アクセント程度で良いんだよアクセントで。
「そういうもんかの」
まぁ実際に数度レースをやってみて問題がなさそうなら勾配をきつくしてみよう。
あとは雨が降ったらどうなるのか、気にかかるところだ。
排水には出来るだけ気を使ったつもりだが全部泥で流れ出るとか大惨事になりはしないだろうか…こういう土壌改良の方法とか全くわからん。
トラックヤードが出来たら後はゆっくりと観客席を設けていく、溝を掘り柵を作り一般席を斜めに階段状に作っていく。
こういう時にコンクリが使えれば楽なんだがな…と思いつつ無いものねだりをしても仕方がない。
木にするか石で造るか悩んだが数千人が踏む事を考えたら石造りにする事にした。
どうせ一般席だ、不揃いで適当でもいいだろう、本当にコンクリ使えればこんな事で悩まなかったんだがな。
まぁそんな手抜きをして良い所はそれで良いが、一般席の中に二階建てのしっかりした建物を作り二階には畳敷きの貴賓席を設ける。
彼らを特別に歓待する場を設け、此処に至る為の道と階段、門も据える。
こちらは土台から階段から屋根やらしっかり作らねばならない、これには時間もコストもかけた。地位のある人間を此処に上げて崩れたらシャレにならん。責任問題で首が飛ぶ(物理)は勘弁だ。
テロリストが入り込む余地を出来るだけ潰しておきたいので建物には階段で二階から入り、そこから一階にも降りられ直接馬と騎手に触れられる場も設ける。
この貴賓室は権力者の社交場になる可能性すらある場所だ。
義元に提案した競馬の理念上、馬とそれに乗る武者を揃えてレースに出せる者は金持ちか権力者だ。
三河の松平元康、吉良義昭辺りは来るだろう。
後で知ったが義元との会合にいた吉良義昭ってヤツは結構ヤバいやつだった。なんか幕府で将軍の血が絶えたら将軍になるんだとか?いや、現将軍には弟いるからそっちになるんだろうけど。
でも殿中で斬りつけられてその後斬ったヤツの部下に逆恨みされて討ち入られそうな名前だから気をつけてほしいな。
そっちは吉良上野介って名前だったはずだから別人で確定だろう。
そして当の今川義元は…来るかどうか個人的には分からないと思っている。
此処に競馬場を築かせたのは政治的意図であって、競馬を義元本人が能天気にわざわざ駿河から尾張にまでやって来るかどうか…あの笑みの消えたヤクザの表情を思い出し一人肩を震わせる。
もし仮に満員御礼でその噂が駿河まで届いたならまたお忍びでやって来るかもしれないが。
◇ ◇ ◇
競馬場の建築が一段落し鳴海宿と聞いてから一つ、やらねばならぬ事を考えていた。
義元が此処を指定したのも運命的とすら感じる。
競馬場から南へ少し…目的地は今はまだ何もない小高い丘。
此処に来た理由を秀さんは言わずとも理解していたようだ、ここら辺りと言い淀む俺を無言で目的の場所まで案内してくれた。
兵に資材を持ってこさせ丘を登る。
かつて戦があった。
桶狭間の戦い
戦国三英傑、織田信長が敗れ散った地。
その頂で塩と酒で清め手を合わせ祝詞を詠む。
そして小さな社を建てる。
俺の不確かであてにならない未来の記憶で信長はこんな所で死ぬ人間ではなかった。
寺社仏閣を焼き、悪鬼と畏れられ幾度となく死線を潜り抜け、天下に覇を唱えそして人生五十年と唱え燃える本能寺で散った。
そんな波乱万丈の人生を送った戦国三英傑の一人である織田信長のこの世界での一般的な評価は、ただの『うつけ殿』である。
天下布武を唱える前に織田信長は死んだ。
何の因果でどうして負けたのかどうやって死んだのか…俺は知らない。
信長の馬廻りをしていた秀さんもこの激しい戦いの混乱の中、信長の最後がどうだったのかを知る事は出来なかったらしい。
義元に一番槍と向かった小平太は何か知っているかもしれないが、秀さんが小平太にどんなに酒を入れても頑なに語る事を拒否するとの事だ。
…きっとそういう戦だったのだろう、深くは詮索するまい。
新しく出来た社に手を合わせ深く頭を下げる。
二礼 二拍手 一礼
後ろでは秀吉さんも兵達も皆、俺に倣い頭を下げてくれた雰囲気が伝わってくる。
今はただ野望の胸に抱き散った英雄を静かに弔いたい。
祝詞を詠み終え、静謐な空気がその場を包む。
その静寂を破るかのように突如として社の裏から一羽の白鷺が大空に向かい飛び立った。
澄み渡った青い空に白鷺がどこまでもどこまでも飛んで往く。
白鷺が黒い影となり見えなくなるまでそれを見届け…俺は皆に向かい声を上げる
「ここを第六天魔王神社とする!!」
「なんでじゃ!?!?」
秀吉さんのツッコミが春の青い空にこだました。
「いやさ、今川の手前第六天魔王祀ってるとかにしておかないと翻意を疑われるから?」
ふくれる秀さんをなだめる、まぁ確かに我ながら酷い名前だ。
だが信長の弔いに関して今川でも問題になるが、どうやら織田家中でも未だに信長の弔いは行われておらず、俺が勝手に率先して弔うのは尾張でも問題になるらしいのだ。
大っぴらに葬儀も出来ず、事実も少しぼかす必要があった。
「それに信長公はこういう名前絶対好きだぞ」
信長は絶対DQN厨二病こじらせてる系だ、息子に奇妙丸とかつけちゃうレベルだからな。
そして信長の趣味を理解している秀さんは渋々といった感じで納得してくれた。
「しかしそれにしても殿も随分傾いた名前をつけたものよ」
秀さんは呆れながら、笑ってくれた。
しかしまたなんで第六天魔王なんだろな…決してこの邪悪なネーミングセンスを俺の趣味だと思ってくれるなよ?
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